若者たちは、今夜も帰らない
夜のユースセンター
「夜の時間帯を開けたいです」
長年、若者支援の現場を支えるある職員が言いました。コロナ禍以前、ときどき、日中の活動の流れで、そのまま夜の時間帯まで、若者たちとワイワイ残ることがありました。
しかし、近隣農家からいただいた食材を使って、みんなでご飯を作って食べながら各々好きなように過ごす時間を作ることが難しくなりました。若者にとって「夜の時間」がもたらす関係効果は大きく、そこで仲良くなったり、すでに働いている若者と、これから働こうとする若者が情報を交換したりと、ゆるやかなつながりがそれぞれの人生に影響を与えていました。
集団活動ができないなか、オンラインや個別のかかわり、小集団での活動を続けるなかで、圧倒的に不足していた、何ら特別にやることも、話すこともない、ゆるやかな時間。それを改めてやり直そうという提案が、「夜のユースセンター」につながりました。
夜を過ごせる空間、集まる若者たち
夕方18時前後、少しずつ若者たちが集まってきます。夕方までの活動からそのまま参加する若者に加え、普段はオンラインのプログラムに参加している若者も来ます。学習支援を利用する若者が、職員とともに足を運びます。その日の外部イベントに参加された親子も顔を出します。これまで何年も自宅から外出しなかったが、「夜の時間」なら行っみたいという声がありました。
周囲の視線を感じにくい時間帯、一方、公的施設などは閉館していることも多く、自宅に居場所がない、自宅にいても孤独である。そんな若者たちも集まります。ある若者は、「日中もひとりで、夜ご飯もひとりなので、だったら気が向いたとき、誰かがいるところでご飯を食べたい。寂しいですから」と、足を運ぶ理由を教えてくれました。
以前は、夜になると繁華街に出て、(いまでは友人だったのだろうかと思う)仲間と朝まで過ごしていたという若者も顔を出してくれます。「ここは楽しいっすよ。初めて会うようなひともいるし、ご飯が食べれるのもありがたいっすね」と、ゲームしながら話してくれました。
ご飯は準備してあるが、ご飯を目的に来ているかは不明
夜のユースセンターには、近所の個店にお願いをして作ってもらっているお弁当が準備されています。食べても、食べなくてもよく、二つ食べても、持って帰ることもできます。
18時頃に開所したときには、お弁当があるようにしていますが、食べ始めるタイミングもそれぞれで、みんなで食べるグループもあれば、ひとりで食べる若者もいます。
職員も、ボランティアスタッフも、食べたければ食べます。ここでは「食事」を目的として外に情報を出していないため、食事に来たのかどうかはわかりません。その理由も聞いていません。
目的を持たず、手段は転がっている
夜のユースセンターは、夜の時間に空ける以外の強い目的がありません。ゲーミングパソコンや、さまざまなテレビゲーム、ボードゲーム、希望者がスキル習得に使えるパソコンなどはありますが、それらを誰が、どのように使うのかは自由です。
いろいろなひとと話すきっかけがほしい若者は、ボードゲームをやろうと声をかけるかもしれませんし、レトロゲームをなつかしがりながらやる若者の傍で、それを生まれて初めて実物を見たといいながら楽しむ若者がいたりします。
ひとりで楽器を鳴らしている若者も、特に何をするわけではなく、たまたまそこにいた若者とおしゃべりする若者もいます。何度か顔を出している若者たちは、初めて足を運んだ若者に、それとなく声をかけたり、場所の使い方などを教えたりしてくれます。
毎回、20名から30名の若者が足を運び、夏休みに入ってからは10代の学生を多く見るようになりました。夜は自宅を出てふらふらしていることが多いが、その「ふらふら訪れる場所」のひとつとして来てみたという若者もいました。
若者たちは、今夜も帰らない
18:00から開所する夜のユースセンターは、21:00を閉所時間に定めています。たくさんあるお弁当、たくさんのひとたちからいただいた食糧や生活用品も、できるだけ持って帰ったらどうかと声をかけます。
若者に、必要なものを持って帰ってもいいよと伝えても、「大丈夫です」「別にいらないです」と言われてしまいます。ただ、お弁当や、期限が1,2か月後に迫るものは、ここに置いておいても無駄になってしまうかもしれません。
困っているのかどうか、食事が十分とれているのかどうかについて、特に聞くこともないためわかりませんが、次にいつ会えるかもわからないので、できるだけ持ち帰って持ち返ってもらえるように声をかけています。
「感謝の言葉とか言わないと(書かないと)いけないんですか?」と言う若者がいました。そういうことを求めたことがないため、最初は意図がわからなかったのですが、その若者からすれば自尊心を削られてしまうような、苦しい気持ちになるのでもらいたくないなと思ってしまったようです。
そのようなやりとりをしていると、時計の針は21:00を越えていきます。若者たちは、立ち話をしたり、職員に話しかけたり、今夜も帰りません。帰りたくない事情があるのか、ここにもう少しだけいたいのかもわかりません。ただただ、あと少しだけここにいたいということです。
どうやって開いているんですか?
ある若者から「ここってどうやって開いているんですか?」と、ふいに聞かれました。どういうことかと聞くと、人件費や運営するお金、食事代もそうだし、いろいろ持って帰らせてくれて、どうやっているのか気になっているとのことです。
特に隠していることもないため、個人からの寄付であったり、NPO向けの助成金だったりを使っていること。往復の交通費が必要な若者への寄付をしてくれるひともいることを伝えると、「そんなひとたちがいるんですね。ありがたいっす」と笑顔になりました。
夜のユースセンターを開いてから、若者だけではなく、現場の見学者が毎週のように来られます。地域の方も気にかけてくださり、また、周囲のNPOや教育関係者などが、どんな若者が来ており、どんな雰囲気なのかを見に来ることもあります。
夜に居場所を開いてみてわかったことがあります。それは、若者だけではなく、若者を支援・応援しているひとたちにとっても、夜の時間帯に若者が利用できる「場」の不足感がとても大きいということです。