誤解:「イージス艦ですらドローン攻撃に対処できない?」と論文の読み方
7月31日にオマーン沖で民間タンカーが自爆ドローンの攻撃を受けましたが、これは別にドローンを用いた対艦攻撃で戦争の新しい形態が生まれたというわけではありません。
民間船に対する嫌がらせ攻撃の実例
この事件は「強力な対艦ミサイルで攻撃を仕掛けたら戦争になってしまうので、戦争にならないように弱い威力のドローンで攻撃して嫌がらせをしたい」という動機で行われています。
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大まかな数字になりますが、対艦ミサイルや魚雷は炸薬量200kg前後、プロペラ推進の自爆ドローンは炸薬量20kg前後というのが一般的な数字です。自爆ドローンで大型艦を撃破するには破壊力が足りず、小型艇を撃破するのが限界です。
攻撃者はわざと威力の低い攻撃を仕掛けたのであり、手頃な威力の爆発力の兵器で隠密にこっそり攻撃できるならば、古典的な人間の手で設置するリムペットマイン(吸着爆弾)でも、最新技術の無人兵器である自爆ドローンでも、何でもよかったのです。
戦闘艦に対するドローン攻撃の想定と条件
大型船のタンカーに対してドローン攻撃を行うのは民間船に嫌がらせ攻撃をする意図ですが、海軍の大型戦闘艦に対して行われた例はまだありません。もし実行するとした場合の目的は同じように嫌がらせか、あるいは艦の修理中は使えなくなることを狙ってその隙に本格的な軍事行動を起こす作戦、その他にはドローンを囮にして対艦ミサイル攻撃を組み合わせる戦法などが考えられるでしょう。
戦闘艦に対するドローン攻撃を想定した論文として、2012年に発表されたアメリカ海軍大学院の報告があります。UAVとは無人航空機の略記号でドローンのことです。
UAV swarm attack: protection system alternatives for Destroyers (UAVのスウォーム攻撃:駆逐艦の防護システムの選択肢):PDF資料
この論文はイージス艦が港に入る直前の近い距離からドローンによるテロ攻撃を仕掛けられる想定です。そのためイージス艦は対空レーダーを起動しておらず、対空ミサイルや主砲を使えない想定です。使える艦載兵器はCIWS(20mm機関砲)やEWジャミング(電波妨害)、レーダーデコイ(囮電波源)、煙幕弾などに限定されていて、この縛られた条件設定ならばドローン10機の同時攻撃で何機かが突破し攻撃に成功するという判定になっています。
つまりこの論文は「イージス艦ですらドローン攻撃に対処できない」ではなく、「油断している状態の軍艦をドローンで奇襲できる」という報告です。過去にイージス艦「コール」が停泊中に自爆ボート攻撃を受けたケースがありますが、それより少し遠い距離でドローンによる攻撃が仕掛けられる可能性に警鐘を鳴らす内容です。
もしも沖合でイージス艦が全ての戦闘能力を発揮してよい条件ならば、たった10機程度のプロペラ推進の鈍足のドローンなど簡単に全て叩き落とされてしまうでしょう。
なお題名にスウォーム攻撃(群体攻撃)とありますが高度な人工知能を有したドローンによる集団自律戦闘の話ではなく、単純に数が多いドローンで一斉攻撃を仕掛ける広義の意味になります。
× ドローン対処はイージス艦でも難しい。
↓
〇 イージス艦が能力のほとんどを使えない縛り設定だった。
× CIWSが比較的有効だけど突破される。
↓
〇 CIWSしかまともな対空火力が使えない縛り設定だった。
港に入港する直前ということは市街地が近い場合が多く、イージス艦が強力な電子妨害の電波をお構いなしに発信した場合、市民生活に大きな悪影響が出てしまうのでおいそれとはできません。同じ理由で強力な電波を発信する対空レーダーもシステムを切ってから入港することになります。
CIWSは単体で同時飽和攻撃に対処する装備ではない
CIWS(20mmバルカン砲を搭載したファランクス)は小型レーダーを内蔵しており、全自動で空中目標を迎撃します。これは本来は対空ミサイルの迎撃を突破してきた敵の対艦ミサイルから艦を守る最後の盾です。つまりいきなりCIWSだけで多数の空中目標と戦闘する前提ではありません。対空ミサイルが敵目標をほとんど落としている前提で使用する兵器です。
論文ではまともに使える対空火力がCIWSだけの状況で多数のドローンと対峙する設定なので、突破されてしまう結論はそれほど意外ではありません。
これを解決する手段として考えられるのは、論文でも指摘されているように単純にCIWSの搭載数を増やしたり、光学的な警戒監視・照準システムを充実させて対空兵器を使用する、あるいは2012年当時よりも出力が大幅に強化されたレーザー砲でCIWSを置き換える、またはイージス艦の出入港時に小型の警備艦(小型対空ミサイルで武装)を配備してドローン警戒を行うといった案などが幾つか思い浮かびます。余裕があるなら戦闘機で上空を警戒すれば敵ドローンを空中から駆逐することは容易ですが、出入港時に毎回戦闘機を出すのは負担が大きくなるでしょう。
「ハーピー」は値段が高く対艦ミサイルとあまり差が無い
論文が想定する攻撃ドローンは対レーダー自爆突入機「ハーピー(Harpy)」と遠隔操作型無人機(RC UAV)の2種類です。ハーピーは敵レーダー波を検知して自動で突入する徘徊型兵器で、センサーが高価なために1機数千万円します。これは対艦ミサイルの3分の2くらいの費用になるので、価格差があまりありません。
だったら少し頑張って地対艦ミサイルを用意すればハーピーを使うより有効なのでは? なにしろ弾頭の炸薬量が10倍になるので、ちゃんとした対艦ミサイルの方が当たれば大損傷を負わせることができます。
武装勢力ですら本物の対艦ミサイルを使用
そして実際に前例があるのです。国家の正規軍ではない武装勢力が地対艦ミサイルを用意して攻撃した事例は二つあります。
- 2006年7月14日「ハニト」被弾 ベイルート沖でヒズボラが対艦ミサイルでイスラエル海軍コルベット「ハニト」を攻撃。
- 2016年9月30日「スウィフト」被弾 イエメン沿岸でフーシ派が対艦ミサイルでUAE所属高速輸送船「スウィフト」を攻撃。
どちらもイランが中国製C-802対艦ミサイルのイラン版「ヌール」を武装勢力に供給し使用されたと推定されています。ただしヒズボラもフーシ派も武装勢力としては規模が大きいので、テロ攻撃というよりは正規戦寄りの戦闘行動と言えそうです。
特にフーシ派はイラン製の各種ドローンを多用してきた実績があり、ハーピーに酷似したデルタ主翼の自爆ドローンを使って地上固定目標への戦果を挙げてきたにもかかわらず、対艦攻撃では普通に対艦ミサイルを用意して使用しました。洋上移動目標には対艦ミサイルの方が有効だという当たり前の判断です。
もしもハーピーを対艦攻撃に使うとしたら、対艦ミサイルが用意できなかった場合か、あるいは対艦ミサイルと同時併用するなどの方法を工夫することになるでしょう。ただしハーピーの本来の用途は地上レーダー潰しなので、そちらが優先されます。
[PDF] Attack on INS Hanit (ハニト被害報告書)
「ハニト」は当たりどころが良かったのか艦尾に対艦ミサイルが直撃したにもかかわらず、奇跡的に損傷は軽微で修理後に復帰しています。「スウィフト」は大破炎上し修理不能の全損となり、ギリシャのエレウシスに曳航されて同型船の部品取り用として岸壁に繋がれたままとなっています。