アンパンマンの顔は、パンをぶつけて交換! バタコさんのスゴ技は「高校の物理」で考えるとわかりやすい。
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
『それいけ! アンパンマン』における、アンパンマンの顔の交換がモーレツに興味深い!
ばいきんまんに顔を汚されると、アンパンマンはたちまち弱る。
そこへバタコさんが駆けつけて「アンパンマン、新しい顔よー!」と叫ぶや、パンを投げる!
新しいパンはくるくると飛んで、古い顔を弾き飛ばし、アンパンマンの体に装着!
こうしてアンパンマンは元気100倍にパワーアップするのだ。
パンをパンに投げつけて交換するとは、豪快なバタコさんである。
食べ物なのに! 顔なのに!
いや、バタコさんが粗野乱暴と指摘したいのではない。
戦闘中のアンパンマンが大ピンチなのだから、迅速性を最優先した緊急措置であろう。
しかも、画面の描写から計算する限り、アンパンマンの顔は直径が76cm、重さは112kgもあると思われる!
そして、やはり描写から推測すると、われらがバタコさんは、これを時速144kmで投げている!
このワイルドな投法の結果、過たずパンの交換に成功しているのだから、大いに拍手を送りたい。
そこで考えてみたいのは、このパン交換がどれほどすごいかということ。
科学的にもヒジョ~に興味深い行為なのだ。
◆コントロールが神業!
まず注目すべきは、バタコさんのコントロールだ。
この投擲では、的となるパンも直径76cmだし、投げるパンも76cm。
どちらも大きいから、当てるのは意外に難しくないのでは……という気もするが、当たればいいというものではない。
たとえば、アンパンマンが30m離れたところで戦っているとき、バタコさんがパンを投げる角度が左右に1度ズレたら、アンパンマンのところに届く頃には、52cmもズレてしまう。
神業のようなコントロールが必要なのだ。
ここで、カーリングを思い出していただきたい。
この競技では、投じられたストーンの中心が、狙ったストーンの中心に向かって衝突すると、ぶつかったストーンはその場に留まる。
一方、ぶつけられたストーンは、ぶつかってきたストーンと同じ方向&速さで滑っていく。
このように中心が中心に向かう衝突を「向心衝突」という。高校2年生の物理で習う現象だ。
アンパンマンの顔交換でも、古いパンは弾き飛ばされ、新しいパンはその場に留まるのだから、向心衝突が起きているはずなのだ。
バタコさんの投擲で、向心衝突していなかったら、どうなるだろうか?
これもカーリングと同じ現象が起こる。たとえば、少しでも左に外れると、古い顔は右斜め前に弾き飛ばされ、新しい顔は左斜め前に飛んでいく。
どちらもアンパンマンの胴体の上には残らず、パンの交換は失敗となる。
しかしバタコさんは百発百中! 神の領域のコントロールである。
◆反発係数1のパン!?
しかも「コントロールさえ正確なら、パンの交換は成功する」という生易しい世界ではない。
現実のアンパンAをテーブルに置いて、別のアンパンBをぶつけると、Aは弾き飛ばされるが、Bも後を追うようについていく。
こうなるのは、パンが軟らかいために、エネルギーの一部が両者の変形に使われてしまい、Bの運動がうまくAに伝わらないからだ。
当たったほうがその場に留まり、当てられたほうだけが飛んでいくには、カーリングのストーンやビリヤードの玉のように、衝突の瞬間に変形しない「硬さ」が必要だ。
そのような衝突を「完全弾性衝突」といい、これが起こるとき「両者のあいだの反発係数は1である」という。
これも高校の物理で習う内容。全国の高校では、完全弾性衝突の授業のときに、ぜひともアンパンマンを例に挙げて説明していただきたい。
バタコさんがパンを投げる場合も、投げた顔はピタッとその場に留まり、当てられた古い顔だけが飛んでいくからには、そこでは完全弾性衝突が起こっているはずだし、新旧のパンのあいだの反発係数は1ということだ!
なんと美しい物理の現象であろうか。授業での解説にピッタリ……などと喜んでいるうちに、筆者は気がついた。
反発係数1のパンですと!?
前述のように、それはまったく変形しない硬さを有するということ。
ジャムおじさんは毎朝、反発係数1などというパンを焼いているの!?
アンパンマンは、おなかがすいた人がいると自分の顔を食べさせてあげるけど、ぶつかってもまったく変形しないような硬いパンは食べられるのか……!?
とはいえ、科学的に考えれば、ジャムおじさんにはぜひとも反発係数1のアンパンを焼いてもらわないと、投擲による顔の交換はうまくいかないはず……。
悩ましくも、科学的にたいへん興味深いアンパンマンの顔の交換である。