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イチゴ栽培はハエに任せろ?昆虫界の異変にどう対応するか

田中淳夫森林ジャーナリスト
イチゴが稔るには、花粉を運ぶ昆虫の存在が欠かせない(写真:イメージマート)

 温室で栽培されるイチゴ。その室内に飛び交うのはハエ……。今後はイチゴ栽培にハエは欠かせなくなるかもしれない。 

 この話をする前に、農産物生産の隠れた鍵を握る送粉昆虫の現状について説明しておきたい。

 植物が種子をつくるには受粉が必要だ。農作物ならばキュウリにナス、トマト、リンゴ、ミカン、メロン、カキ……野菜や果物など農作物はみな、メシベにオシベの花粉をつける受粉が行われて実が成る。

 花粉をメシベに運ぶ方法には、風に頼るものもあるが、受粉確率が低い。より確実に同種の植物のメシベまで運んでくれるのが、昆虫だ。そうした送粉昆虫の種類は多いが、もっとも重要なのはハチ類だろう。ミツバチのほかハナバチ類は、農作物生産で重要な役割を担っている。

 また養蜂業は、ハチミツ採取だけでなく、受粉サービスであるポリネーションが売上の大きな部分を占める。それについては、過去の記事を読んでほしい。

養蜂で重要なのはハチミツより花粉だ

 この受粉サービスを金に換算すると、日本では約4700億円にもなった。そのうち人為的に行う養蜂業としては約1400億円で、サービスの総額は、日本農業経済価値の8.3%に相当するという評価が出されている。(農業環境技術研究所。平成28年2月発表)

 もちろん野生の草花や樹木も、種子を稔らせるには受粉しなければならない。つまり送粉昆虫が生態系の維持に果たす役割は非常に大きいのだ。

イチゴの温室にはミツバチの巣箱を設置することが多い。(筆者撮影)
イチゴの温室にはミツバチの巣箱を設置することが多い。(筆者撮影)

 だが、肝心のハチ類が減少している。ミツバチの大量死による減少は世界的に問題になっているし、ハナバチ類も深刻な状況だ。

 世界中で昆虫の個体数の減少や多様性の低下が確認されている。ドイツでは飛翔性昆虫の生物体量が27年間で75%減少したという報告があるほか、全世界のチョウおよびガの個体数が40年間で35%減少したとする研究もある。そのため「現代は昆虫の終期末」という指摘もあるほどだ。

 その原因はいまだに解明されていないが、ミツバチの場合は寄生するダニの蔓延が指摘されている。また生息地の破壊や農薬の影響、地球温暖化の進行で、ハチ類の生理が狂ったという指摘もある。シカなど野生動物が蜜源となる植物を食い荒らすことも指摘されている。

 日本の養蜂業の場合は、育てるセイヨウミツバチの大部分を占めるオーストラリアから輸入されていた女王蜂が、ノゼマ病の流行によって輸入停止されたことも関係する。

国産ハチミツが大不作。その原因を探ると意外な現象が見えてきた

 この事態に対応しようと、すでに海外では、ヨーロッパ原産のセイヨウオオマルハナバチを利用した花粉媒介が実用化されており、日本も一時期温室トマトを中心に広く利用された。

 だが、このセイヨウオオマルハナバチは外来種で、野外に逃げ出して繁殖すると生態系への悪影響が懸念された。現在は特定外来生物に指定されて使用できない。(セイヨウミツバチも外来種だが、スズメバチなどの存在のため日本では人の管理下でないと巣を維持できないので認められている。)

 そこで在来種であるクロマルハナバチやシマハナアブに切り替えたりもしたが、在来種でも自生していない地域では問題となるし、経費が高く生産に合わないとされる。

医療用ハエに花粉を運ばせる

 ようやく冒頭の話題にもどるが、ハエをハチ類に代わる受粉サービスに従事してもらおうというわけだ。

 ただし使うのは、人がうるさがるイエバエではなく、ヒロズキンバエ。イエバエより若干大きく、金緑色をしている。日本にも広く分布していて、珍しい種ではない。このハエは、蜜を求めて飛ぶのだ。そこで注目されたのがハエなのである。 

 在来種だから生態系を攪乱する心配はないし、国内生産が可能であるから供給も安定させられる。さらに都合がよいのは、ハチ類と比較すると低い温度から高い温度でも活発に活動するから、冬から夏まで受粉サービスの季節に余裕ができる。日照時間も関係ないそうだ。

 またハチと違って毒針を持たないから、刺される心配がないこともメリットだ。

 そして重要なのは、ヒロズキンバエはすでに医療用として養殖されていることだ。ヒロズキンバエの幼虫(マゴット)は、やけどや糖尿病で壊死した部分などを治療する「マゴットセラピー」に活用されている。医療用だから、無菌状態で衛生的に繁殖させて、それをサナギの状態で提供できるのだ。養殖技術も流通方法も確立しているわけだ。

 ここ10年ほどで研究が進み、実用化に近づいている。

 寿命が1~2週間と短いのはデメリットだが、ミツバチとの併用も可能だという。

 実験では、今のところトマトやナス、メロンなどでは明確な受粉効果を確認できなかったが、イチゴでは十分に効果が出た。そこでイチゴ栽培に使われることが期待されているのだ。すでに全国で試験的に利用されて実績を上げている。

 将来は、ハチと並んでハエが送粉昆虫として主流を占めるかもしれない。

 しかし、やはり考えるべきは、世界的な昆虫の減少現象だろう。

 昆虫の数や種数の減少は、地球の生態系に大きな影響を与えるだろう。農業だけでなく、森林、さらに植物を餌とする動物にも関わってくる。ミツバチをハエに代えたらすべて解決するわけではない。

 送粉昆虫の変化を、地球環境の変化を読み解く予兆として注視したい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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