Yahoo!ニュース

学生がNPOで「ジャガイモ1t」を生産 農業で困窮者を支援する若者たちの挑戦

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 昨今の物価高騰、エネルギー料金高騰の影響で、多くの世帯の生活が厳しくなっている。多くの人が食費を何とか節約しようとし、購入する商品を工夫するなど行っていると思われるが、その結果低栄養になり不健康な世帯が増えていることが懸念される。

 子供たちが夏休みに入り学校給食がなくなった子育て世帯はより深刻だ。さらには、困窮世帯に食料を無料配布する「フードバンク」には、正社員からの相談が増えているという報道もある。

参考:食費節約で“低栄養”に!?~「値上げ時代」どう健康守る~(NHK クローズアップ現代+ 2023年7月18日(火)

参考:「フードバンク、正社員の利用増 物価上昇・実質賃金低下で困窮か」2023年7月8日毎日新聞)。

 このように、生活困窮に陥る世帯が頼りにするのは、フードバンクなどの食料支援団体だ。筆者の出身地である仙台でも、フードバンク活動が展開されている。「フードバンク仙台」には昨年約3000世帯からの支援依頼が寄せられており、今年度も6月末日までに約600世帯を支援してきたという。継続して支援依頼を寄せる人たちだけでなく、今年度になって初めて相談に訪れる人も25%に及び、支援依頼は増え続けているという。

 そのような中、フードバンク仙台では、学生が中心となって「農業」を行っている。「食品ロス」を集めるだけでなく、自ら野菜作りを行い困窮者の生活を支えるというのだ。しかも、その取り組みには若者たちが多く参加しているという。初めての収穫となった今夏は1トン以上のジャガイモが獲れる見込みだという(すでに3分の1の面積の畑から収穫をして350kgのジャガイモが獲れたそうだ)。なぜ、そのような取り組みを始め、その活動への参加が広がっているのだろうか。

 今回は、実際にフードバンク仙台で「農業」にかかわる学生ボランティアへのインタビューの内容を紹介するとともに、彼女らの実践の意義について考えてみたい。

「食品ロス」を集めて配るだけで貧困は解決しない。現場で取り組む学生の声

 インタビューしたのは、東北大学経済学研究科の修士課程に通いながら、フードバンク仙台のボランティアスタッフをしている笠原沙織さん(23)だ。笠原さんがフードバンクに関わるようになった理由や、なぜ農地運営をやろうと考えたのかを聞いた。

フードバンク仙台で農地運営に従事する笠原沙織さん。
フードバンク仙台で農地運営に従事する笠原沙織さん。

ーーなぜフードバンク活動に関わろうと思ったのですか?

 わたしがフードバンク活動に関わり始めたのは大学3年生の時で、コロナが拡大している時期でした。その頃私は、ボランティアで生活困窮者の支援活動にかかわっていました。当時はコロナ禍であったため、仕事先を解雇されたりシフトを減らされたりした労働者や学生、外国人の方たちが生活困窮に陥る事例が相次いでいました。その支援の際に、フードバンクの食料支援を活用しました。それがかかわるきっかけです。

 フードバンクの食料支援を活用することで相談者の生活が一時的に確保され、その支援対象者が未払賃金の請求や福祉制度の利用という権利行使を行うことができました。フードバンクは、権利行使の支えになる重要な活動だと感じました。そのため、私自身もフードバンクの活動に参加することにしました。

ーーフードバンク活動に関わってみて感じたことは?

 数多くの支援に関わってきましたが、相談に来る人たちは、仕事を解雇されたり、生活保護の窓口で追い返されるという水際作戦の被害を受けた人たちが多かったです。つまり、食料が買えなくなるという問題は個人的な問題ではなく、その背景には労働問題や生活保護窓口での違法な対応などの社会的問題があることが見えてきています。現場にいると、貧困は個人的な問題ではないことが明らかです。

農作業の様子
農作業の様子

ーー食料支援だけでなく、食料を生産しはじめたのはなぜですか?

 寄付された食料を配っているだけでは貧困や社会の矛盾はなくせない、ということを日々の活動の中で感じたからです。

 先程話したように、相談者が困窮して食料へのアクセスが困難になった背景には社会的な問題があります。そのため、それらの問題が解決したり、またはある程度お金が無くても生活できる社会が広がらない限り、貧困をなくすことはできません。ただただ食料を配るだけでは、お金が得られなくなってしまった背景の社会問題も、そもそもお金がないと食料を得ることができない社会自体も、変わることはありません。

 また、寄付で集まる食品の多くは、インスタント麺やレトルト食品など、栄養が十分にあるとは言い難いものに偏りがちです。実際に「子供に安い菓子パンしか買ってあげられない」というような相談が舞い込んでくる現実を踏まえると、インスタント麺などを渡すだけでは栄養の偏りや不健康な食生活を改善することには、どうしてもつながりません。割引品を購入しているせいか食当たりで体調が悪くなっている困窮者もいましたし、添加物まみれの食品を摂りすぎると子どもの発育にも悪影響が及びます。

 そこで、私たち自身で量も質も担保された食料を確保するために、農地を運営し野菜を生産することにしました。人間らしい生活を送れず、食事さえまともに摂れない困窮者が日に日に増加するこの状況に、挑まずにはいられませんでした。

学生たちの農作業の様子
学生たちの農作業の様子

ーー食の質にも視点を置いた取り組みなんですね。どういう野菜を作っているんですか?

 今年の4月から農地運営をスタートし、いまはジャガイモを育てています。このジャガイモは、商品として「売って儲ける」ためのものではなく、「おいしく食べて健康になれる」ために作っています。だから、商品棚に並ぶような「きれいな」野菜を作るために必要な農薬も使わないので安全ですし、環境への負荷もありません。地域の人々と協同で作業をするので、持続可能な農業でもあります。

 また、こういう取り組みを発信しボランティアを募集したら、多くの人たちから参加の応募がありました。同じ学生たちからの応募も多く、みな何かしら、貧困や食の在り方に疑問や矛盾を感じていたようです。「売るため」に作られ人の健康にも地球環境にも悪影響を及ぼす食の在り方を克服しようとして農学部に入った人などが参加しています。

 7月30日に初めての収穫をしました。約1/3の面積の畑から350kgのジャガイモが獲れました。8月5日には、残り2/3の面積の畑からも収穫する予定です。全体で1トン以上の収穫が見込まれています。ちなみに、8月5日には収穫祭を行う予定なので、フードバンク仙台の活動に興味のある方には是非参加してみてもらいたいです。

 今後は、さらに新しく畑を借りて耕作地を広げる予定もあります。安定的に生産できるようになれば、地域食堂の運営や、いずれは、地域のネットワークを拡げ、生産した安全な野菜を給食に卸すこともやっていきたいと思っています。いまはまだ、一地域の小規模の取り組みかもしれませんが、「仙台に来れば、フードバンク仙台があるから、どんな人でも、何があっても生きていける」、そんな地域の拠点になっていきたいです。

ーー笠原さん自身の今後も目標を教えてください。

 私自身は大学院で経営学を専攻し、フードバンク活動の研究をすることにしました。日本のフードバンク団体が農地を運営することは全国的に見ても非常に珍しく、そこに焦点を当てた研究は多くありません。フードバンク仙台を中心として、食料の生産のあり方、困窮していても生活が保障されるあり方について地域住民が民主的に決定し、協働で地域を運営/経営していく可能性について研究をしていきたいです。フードバンクの新しいモデルを提示し、現場の実践にも繋がるものだと思います。

 貧困が拡大し深まってきていますが、社会は勝手にはよくなりません。農地運営は、選挙や専門家が何かするのを待っていられない、自分たちで新しい社会を創っていこうというものです。新しいモデルをつくり、この取り組みが全国の若者の想像力を掻き立てて、新たに一歩踏み出すきっかけになればと思います。

「食べ物が商品となる」社会を変えるオルタナティブとしての「食料生産」

 笠原さんたちが行う実践の面白さは、貧困の背景には「食べ物が商品となっている」という視点があることだろう。これは今日の貧困問題を考えるうえで重要なポイントだ。人間が生きるために必要なモノやサービスが商品化されている社会では、その商品を買うことができなくなれば、生きていけない。

 また、食べ物が商品化し、より多く売ることが目的とされる中では、人を不健康にする食べ物が作られることもある。例えば、合成着色料などの添加物は多量に摂取すると発がんする可能性があるとされているが、これは「売るため」に必要とされる添加物の典型例だ。だから、有機栽培された食物が人気商品となっているが、これらは割高であり、富裕層しか手が届かない

 もちろん、レトルト食品などの加工食品の再分配も、カロリーベースの貧困を解消するうえでは重要な取り組みだが、そこには新たな「格差」が生まれることも懸念されているわけだ。

 食料が商品化された社会では、発生する「食品ロス」(つまり、売れ残った商品)を分配しているだけでは、食料へのアクセス権が確保されるわけではないし、食の質も必ずしも保障されず、食に関する貧困の根本は解決しない。これまでの取り組みの意義を踏まえたうえで、そのような根本問題に新たに取り組もうというのが、今回の仙台の実践と言えるだろう。

 このような実践は、海外ではすでに盛んにおこなわれている。例えば、2014年に公開された「エディブルシティ」という映画では、アメリカの各地で貧困を解決するために、市民たち自らが畑を耕し都市農園を始める実践が紹介されている。食の貧困を解消するために、空き地を農園にし始めたり、地域のための食料品店を作り出したりし始める市民たちの自発的な取り組みが広がっている

 この映画で出演した市民たちは次のように呼びかけている。要約すれば、次のような内容だ。

 資本主義社会では、食べ物が商品となり、食べ物の価値が経済的指標で測られ、食べ物は「燃料」のように扱われている。資本主義社会の食のシステムが私たちの社会を不健康にするなら、市民たち自ら生産をはじめ、知識や経験を共有・公開し、草の根で自ら食料生産を行おう。国がやらないなら、自分達で作ればいい。「食料主権」を取り戻すために、政策をめぐる運動や占拠運動も行い、変化を起こす。今の食のシステムが最良だと決めてきた人たちから、食をめぐる決定権を取り戻そう。

 アメリカだけではなく、南米やアフリカなどでも農民たちを中心として「食料主権」を取り戻そうとする運動は盛んにおこなわれている。「市民が食料を生産する」というやり方は、世界的には「食をめぐるオルタナティブ」として広く展開されている実践なのである

おわりに

 これまで、「社会」を語るときは、とかく大文字の「政治」がイメージされがちであった。ところが近年、世界的にはこうした考え方が見直され、市民の草の根の運動が注目されている。

 特に、市民自身が自発的に社会を「創造」あるいは「運営」する点が、従来の市民運動のイメージとも異なってくる。企業や行政に対する「要求」を行うだけではなく、自ら率先して社会づくりを行っていく。本記事で紹介したエディブル・シティの革新性はそこにあるといってよい。

 日本でも、岸本聡子氏が、著書『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』において、欧州の市民自治の取り組みを紹介し、その後杉並区長に当選したように、市民自身の取り組みは、政治の在り方にも影響を与えていく。今後も参加と実践を重視する市民運動にますます多くの人々が加わり、日本の政治社会をも豊かにいていくことを期待したい。

笠原さんが参加するフードバンク仙台

活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00

食糧支援申込・生活相談用 070-8366-3362(活動日のみ)

foodbanksendai@gmail.com

2023年夏のボランティア・インターン募集イベント・説明会のお知らせ

8月4日・7日にイベントおよび説明会実施

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事