精度の悪い情報でも出す価値あり 気象庁が国際原子力機関に粗い放射性物質拡散予測
原子力発電所で放射能漏れ事故がおきた場合、放射能は上空の風に運ばれ世界中をかけめぐって地上に落下します。
チェルノブイリ原子力発電所
昭和61年4月26日にウクライナ(当時はソビエト連邦)のチェルノブイリ原子力発電所が爆発事故を起こし、多量の放射性物質がヨーロッパに、そして全世界に広がっています。
このときの放射能の広がり方は、当時の上空の風の状況によって説明できます。放射性物質は、27日から28日に吹いていた強い南風によって北へ広がり、その後、西風によって広がっています。
もし、上空の風が変わっていれば、放射能による被害の状況は全く違つたものになっています。
チェルノブイリ事故の2年前の昭和59年、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(スピーディ、SPEEDI)が作られています。
これは、昭和53年にアメリカのスリーマイル島の原子力発電所事故をきっかけとし、原子力施設が事故をおこし、大量の放射性物質が放出された時の災害対策として、気象状態や地形などのデータを入力し、どのくらいの放射能がどこに到達するのかということを予測し、防災対策をとって被害を最小限にすることを試みです。
東日本大震災ではスピーディの予報は発表されなかった
平成23年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原子力発電所事故では、スピーディの計算が行われていましたが、原子炉から出る放射性物質の正確な量がわからないということから、試算であるとして公表されることがありませんでした。
不正確なスピーディの計算であっても、少なくとも放射能が多い方向へ住民が移動するということは避けられたのではないか、と言われています。
しかし、個人的には、精度が悪いという問題より、「スピーディがあるとは知らなかった」「スピーディを初めて聞いた」と発言する政府高官や防災責任者が続出したことが問題と思っています。
スピーディ誕生当初は、様々な方法で周知がはかられました。しかも、チェルノブイリ原子力発電所事故が発生して国民の関心が高くなっているときの周知です。
加えて、平成9年3月の動燃爆発事故のとき、「スピーディが動かなかった」という批判が大きなニュースとなっています。
加えて、原子力発電所の防災訓練では、スピーディの予測を受けて訓練を開始する想定で行われます。
このため、過去の新聞記事を「SPEEDI」あるいは「スピーディ」で検索すると、いろいろな記事がでてきます。
スピーディは使わないですめば、それにこしたことがない技術ですし、一回も使われることなく役目を終える可能性が高い技術です。
そして、防災の責任者にとっては、前任者からの引継ぎに書かれていることであり、防災訓練に参加すれば知り得ることです。
スピーディより粗い気象庁の拡散予測
東日本大震災のとき、気象庁は国際連合傘下の国際原子力機関(IAEA)から要請を受け、放射性物質の拡散予測を行っています。
ただ、原子力発電所から放出される放射性物質の量がわからず、計算も粗いもので、次のような注釈がついています。
これらの計算結果は、IAEAの指定する放出条件に基づいて計算したものであり、いわば仮定に基づくものであって、実際に観測された放射線量等は反映されていません。
当庁の同業務における計算の分解能は100km四方と、避難活動等の判断にとって極めて粗い分解能で行われているものであり、このため、この結果は国内の対策には参考になりません。国内の原子力防災については、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による試算結果などが公表されています。
最初の予測は、3月12日4時にIAEAに提供しています。これによると、3日先の放射性物質は、500メートルと1500メートルの高さのものは、福島県より南東進し、その後西に進むのに対し、3000メートルの高さのものは東へ進み、西経150度位に達するというものです(図2)。
ただ、この予測は、放射性物資の値が仮の値であり誤差が極めて多きいこと、計算の分解能が100キロメートル四方と粗く、避難判断等につかえないとうことから、当初は、一般へは公表されませんでした。
計算の分解能が細かく、避難判断等に使えるSPEEDIは、誤差が大きいということで公表されませんでした。
スピーディの利用を妨げない
平成26年10月8日に原子力規制委員会は、原子力発電所の重大事故での住民避難を決める際、スピーディの計算結果は利用しないと決めています。これは、東京電力福島第一原子力発電所事故で、正確な予測が出来なかったことからの措置です。
しかし、平成28年3月11日、スピーディについて、「自治体が避難指示に活用することを妨げない」とする見解をまとめています。精度が多少悪くても活用したいという自治体からの要望に応えたものです。
精度の悪い情報を鵜呑みにする人が多いと混乱を招きます。しかし、混乱するから情報を発表しないというのは本末転倒と思います。
精度が悪い情報でも、精度が悪いことを承知で使うことで、それなりの利用価値がでます。情報は、いつも精度を勘案しながらの利用が大切と思います。
図1の出典:饒村曜(2000)、気象のしくみ、日本実業出版社。
図2の出典:気象庁ホームページ。