Yahoo!ニュース

イ・ガンインもソン・フンミンも…韓国アスリートが「兵役免除」の言葉選びに慎重な理由

金明昱スポーツライター
アジア大会で優勝し喜ぶ韓国代表。イ・ガンイン(写真:ロイター/アフロ)

 杭州アジア大会の男子サッカー決勝で戦った日本と韓国。試合は韓国が2-1の逆転で日本との接戦をものにした。大会史上初の3連覇で面目躍如といったところだが、金メダルを手にした韓国の選手たちには“兵役免除”の恩恵もそれ以上にうれしいことだろう。

 韓国のプロアスリートにとって、約2年の「兵役の義務」は常に頭を悩ませる問題だ。韓国の「兵役法」はすべての成人男子(満19歳で成人)に兵役の義務が課せられている。入隊のタイミングは人それぞれで、大学在籍中や社会人になったあとや芸能・スポーツ活動で延期する人もいる。ただ、満28歳までの入隊と決められており、期間は最短でも21カ月(最長24カ月)だ。

 脂の乗った時期に軍入隊となると、除隊後のパフォーマンスに影響を及ぼすのは明らかで、それを避けたい選手たちにとって、“免除”を勝ち取るチャンスに必死になってもおかしくはない。

 アジア大会の日韓戦はそんな韓国の選手たちの最大限のパフォーマンスが見られた試合でもあったわけだ。試合内容は日本が先制したが、韓国が圧倒的に押していたと言わざるを得ない。見えない力が働いていたと言えばそれまでだが、韓国の選手たちから「勝ちたい」気持ちが全面に出ていたのはよく伝わってきた。

 ただ、表立って「兵役免除」に喜びを公に口にする選手はいないのが現実だ。パリ・サンジェルマン(PSG)所属の韓国代表MFイ・ガンインが今大会に参戦して話題になっていた。PSG側としてはアジア大会にイ・ガンインを送る義務はなかったが、「兵役免除」の機会を与えるためだったのは明白で、結果として韓国が金メダルを獲得としたことにPSGもホッと胸をなでおろしていることだろう。

「兵役恩恵に特別な思いはなかった」

 イ・ガンインは日本に勝利したあと、韓国メディアとのミックスゾーンでの囲み取材で慎重に言葉を選びながらこう語っている。

「韓国代表として初めての金メダルなので、それはものすごく意味のあること。実際、(兵役自体は)それほど大きな負担ではなかった。サッカー選手としては楽になったのはあるが、韓国の男性ならば誰もが果たすべきことなので、(兵役の恩恵に関しては)特別な思いはなかったです」

 誰もが兵役免除の恩恵を受けるためのアジア大会と分かっていても、当の本人たちが“兵役免除”を勝ち取って喜ぶことはもってのほかだ。兵役は韓国人男性が果たすべき“義務”であるため、国民の感情を逆なですることがあってはならないからだ。

 思い出すのは、2018年のジャカルタ・アジア大会にオーバーエイジ枠で出場したソン・フンミン(トッテナム)。この時も韓国は決勝戦で日本を下して、金メダルを獲得しているが、試合後のコメントにも配慮が表れている。

「アジア大会2連覇を成し遂げた国はほかにない。我々はそれをやり遂げた。そもそも兵役は最優先の目標ではなかったし、軍隊のことも考えていなかった。大会で勝利することだけに集中していた」

 ただ、現実的には兵役免除の恩恵で、余計なことを考えずにサッカーにだけ集中することができただろうし、プレミアリーグ得点王のタイトルも獲得した。イ・ガンインもこれからPSGでキャリアを積み上げ、ソン・フンミンのように活躍の幅を広げていくのだろう。

1試合も出場せずに兵役免除も?

 韓国アスリートがアジア大会で金メダルを取ろうと必死になるのも分からなくないが、一方で問題も出てきている。

「jtbcニュース」は「今大会、韓国はサッカーのほか野球も金メダルを獲得し、兵役免除となった。その対象者はサッカーだと20人、野球は19人。しかし1試合も出場せずに兵役免除を得たことも問題だ。また、eスポーツ、囲碁、ブレイキンなど種目も増え、『これがスポーツなのか』『アジア大会はスポーツイベントではなくなっている』という声も出ている」と伝えている。

 兵役免除の特例は「国威発揚」として1973年に導入された。翌74年のアジア大会では金メダルが16個と少なかったが、杭州アジア大会で金は42個、2002年には史上最多の金96個も獲得している。ここに来て兵役免除制度に疑問の声が出始めているのは、実情に合わない“不公平”さを感じているからにほかならない。

 トップアスリートにとって兵役は切実な問題でもあるが、新たな議論が必要な時期なのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

金明昱の最近の記事