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追加費用は納税者も負担? 縮小オリンピック・パラリンピックは恥ではない。五輪史研究者に聞きました

谷口輝世子スポーツライター
(写真:吉澤菜穂/アフロ)

東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった。日本の複数の報道によると、来年7月とする案が有力となっているという。

オリンピック・パラリンピックの開催は、もともと経済的負担が大きいことが指摘されてきたが、延期によって発生する追加費用も頭の痛い問題だ。新型コロナウイルス感染拡大を防止するため、世界各地で外出禁止令が出ている。通常のビジネスはストップ。ほぼ全ての企業で、家庭で、手元にあるはずのお金がないという状態になっている。

一部では、世界大恐慌の再来か、という懸念の声もあがっている。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は27日に「世界がリセッション(景気後退)に入ったのは明白だ」と発言。追加費用を負担するのは、誰にとっても厳しい状況だ。

代表チームや選手を支えるスポンサーも打撃を受けている。延期が決まったとはいえ、オリンピック・パラリンピックは開催できるのだろうか。

私は、1929年に始まった世界大恐慌の直後に開催された1932年のロサンゼルス五輪について教えてもらおうと、オリンピックの歴史に詳しい南ユタ大学のデーブ・ラント准教授に連絡をした。

ラント氏は、大会とお金を考えるのならば、大恐慌のあとの1932年大会ではなく、第一次世界大戦後に開催された1920年のアントワープ大会と、第二次世界大戦終戦直後の1948年のロンドン大会のほうが、比較対象になり得るのではないか、という視点を与えてくれた。

もちろん、1932年のロサンゼルス大会もお金の問題を抱えていた。不況を打ち破る「ディプレッション・バスター」とも呼ばれたことからもうかがえる。世界から集まるアスリートの金銭的負担を抑えるために、現在のモデルとなる選手村が建設された大会でもあった。

第2次世界大戦後に初めて開催された1948年のロンドン大会は「Austerity Games」と呼ばれ、緊縮大会だった。世界は戦争で疲弊していた。競技をするために施設どころか、食料の確保さえ、ままならない状態であった。

2012年3月30日のザ・ガーディアン電子版によると、開会式はフィナーレに数千羽のハトが放たれた以外には大げさなものではなく、新しいオリンピックスタジアムも、新しい水泳のアリーナもなかったという。男性の競技者は空軍キャンプに宿泊し、女性の競技者はロンドンの大学に宿泊。1932年大会には選手を送り出す側のコストを抑えるために選手村を作ったが、1948年大会はコストを抑えるための選手村を作ることができなかった。しかも、大会側は、寝具は用意したが、タオルは各自で持参するように求めた。大会期間中は、重労働者の配給と同じ程度の食料が英国代表のアスリートには渡された。それでも肉類を手に入れるのは困難。多くの国が自ら食料を持ち込み、フランスチームは自前でワインを用意したそうだ。

競技に必要な施設も不足した。

飛び込み競技では、板を用意できず、カナダが寄贈。他の政府から体操の器具、ミネラルウォーター、食品を調達したという。

緊縮大会だったが、新しく、放送権料が支払われた大会でもある。大会がテレビで放送されたのは1936年のベルリン大会が初だが、放送権料は、BBCが1948年大会に支払ったのがオリンピック史上初めてだ。緊縮が放送権というアイデアにつながった。

延期される東京大会は、世界的に景気が後退するなかで開催される。従来の計画通りに行うことに固執して、追加費用を納税者が負担することになれば、大会を支持する人は減るだろう。日本だけでなく、世界からも。そうなれば、オリンピック・パラリンピックを楽しみにする人は減り、オリンピック・パラリンピックの「終わりの始まり」になりかねない。

ラント氏は希望を持って延期される東京オリンピックを見守っているという。

「私は、2021年のオリンピックが記憶に残る価値あるスペクタクルになると楽観的に考えています。 これらの過去大会のエピソードから得られる教訓があるとすれば、オリンピックは困難な時代の中でイノベーションを起こして生き残り、さらにはより強い組織になってきたということです。 1920年や1948年に期待されていたものを縮小することは恥ずかしいことではありませんでしたし、1932年のロサンゼルスのオリンピック・ヴィレッジや1948年のロンドンのテレビ放映権の売却など、主催者側はオリンピックモデルに重要な革新を(良くも悪くも)もたらしました。 私は、日本の皆さんも同様に、オリンピックの規模を縮小し、革新的で創造的な楽しみ方を提供してくれることを期待しています」

世界中でほとんどのスポーツイベントが中断、中止されている。延期されるオリンピック・パラリンピックは、再び世界規模でスポーツできる喜びを分かちあえるものになるか。終わりの始まりではなく、お金がかかり過ぎると指摘されるオリンピック・パラリンピックに変化をもらたすことができるのか。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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