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ワーナー映画の戦略<後編>日本における劇場から配信への期間はどうなる?

武井保之ライター, 編集者
全国公開中の『そして、バトンは渡された』(提供:ワーナー ブラザース ジャパン)

 コロナ禍の昨年から今年にかけて、劇場と配信の問題に映画界は大きく揺さぶられてきた。アメリカでは米ワーナー・ブラザースが発表した「劇場から配信まで45日間」がひとつの基準になりつつあるようだ。一方、日本でもディズニーは多くの新作で劇場公開の翌日にディズニープラスでの配信を開始している。日本映画界の劇場と配信の関係はどうなっていくのか。ワーナー ブラザース ジャパン(ワーナー映画)社長 兼 日本代表の高橋雅美氏の考えを聞いた(前編から続く)。

■社会的ヒットを生み出す劇場の力と国境を超える配信それぞれのメリット

 コロナ禍の昨年、米ワーナー・ブラザースは2021年の新作映画は、劇場公開と自社プラットフォーム・HBO Maxでの配信を同時にすると発表し、映画界に衝撃を走らせた。しかし、コロナ情勢が落ち着いてきた今年8月、劇場から配信まで45日間を設けると米大手シネコンチェーンと合意している。では日本はどうなるのか?日本における劇場と配信への考え方を高橋社長に聞いた。

「我々は劇場のスクリーンでの映画体験とデジタルが両輪となる『ビッグスクリーン&デジタル』を提唱しています。有料放送やパッケージ(DVD、ブルーレイ)といった映画以外のホームエンタテインメントビジネスはこれまでにもありました。テクノロジーが進化していくなかで、そこが便利になっていくのは当然のこと。デジタル配信によってよりたくさん映画を観てもらえるようになるのは、すばらしいことです。そして、ビッグスクリーンには、映画の体験としてのすばらしさと、ブランドやその後のビジネスをけん引していくドライバーとしての力があります」

「また、我々は邦画も製作していますが、デジタルによって世界に届けやすくなりました。映画会社も他社をはさまずに世界中のお客様に直接コンテンツを届けられるのは大きな利点です。邦画の世界的ヒットを生み出すクリエイティブセンターになることを目指しています」

■アメリカでは45日間が既定路線へ?ディズニー“ほぼ同時”に日本映画界は

 配信にはない劇場公開の映画会社のメリットのひとつには、話題性の喚起がある。昨年の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のように、そこには社会的ムーブメントを巻き起こす力があり、それは興収だけではなく、その後のコンテンツビジネスにも大きくドライブをかける。

 コロナ禍で配信で映画を観ることが一般的になり、配信サービスがシェアを急拡大するなかでも、映画会社のビジネスにおいてに劇場は欠かせないものなのだ。その一方、人々のライフスタイルが変わりゆくなか、劇場公開の何日後に配信をスタートするかは、ここ数年の映画界における大きな議題だった。その期間がコロナを機にぐっと短くなっている。

「コロナで配信シェアがこれまで以上に急拡大するのと同時に、この議論も加速しました。昔からメディアウインドウの決まりごとはありますが、時代とともにメディアやテクノロジーも変化していくなかで、やはり期間は短くなっていくと思います」

「コロナの状況が厳しいアメリカでは、弊社は今年の新作は劇場と配信を同時にしています。しかし、来年からは劇場公開から配信まで45日間あけることを発表しました。映画会社としては、どうやってコンテンツを最大限にマネタイズできるかが大切。そうすると作品や時期によってもこの期間は変わるかもしれない。作品の特性を活かしてどう利益を最大化するかです」

 日本でディズニーは、今年に入ってから劇場公開の翌日に配信を開始する作品がほとんど。しかし、都心部では、“劇場と配信ほぼ同時公開”作品を配給をしない大手シネコンもある。この状況を同じ米メジャーの日本法人としてどう見ているのだろうか?

「各社試行錯誤している状況なので、米本国の戦略も含めてディズニーさんがいろいろなことを検討したうえでベストを模索しているのでしょう。その答えは今後出てきます」

「アメリカでは45日間がひとつの形になりつつあります。ではそれが日本にとってもベストかというと、また違うかもしれない。アメリカは公開1週目が興収のピークで、2週目からは大きく落ちる。でも日本はもう少し長いスパンになる。映画館がベストな形でビジネスができて、次のウインドウに移るべきタイミングを業界全体で模索しているところです」

■360度展開による映画会社としての新ビジネス展開

 アメリカでは、それぞれの映画会社が属するメディアグループが運営する配信プラットフォームのユーザー獲得競争が激化するなか、ワーナーのHBO Maxもシェアを拡大している。この先、自社メディアへのコンテンツの囲い込みも進んでいくのだろうか。

「HBO Maxを通じて直接お客様にコンテンツを届けられること(Direct to Consumer)はすばらしいことです。ただ、必ずしもそれがすべてではありません。他社へのコンテンツ販売はこれからも続けていくでしょう。我々のコアビジネスはいい映画を作り続けること。それをどう最大限にマネタイズできるかに尽きます」

 日本では今年4月よりU-NEXTがHBO Maxコンテンツを独占配信している。ディズニープラスのように、今後ワーナー映画によるHBO Max日本上陸も予想される。それについて高橋社長は明言を避けるが、方向性を示した。

「いまお話できる状況ではありませんが、ベストな時期にということはあります。今後のビジネスとして考えたときに、新規事業で会社を伸ばしていかないといけない。すでに、映画ブランドを中心にして、物販を含めた全方位コンテンツ展開となる360度ビジネスを仕掛けていますが、今後その中心として体験ビジネスを立ち上げる一方、配信ビジネスを伸ばしていくことを考えています」

 その体験ビジネスとは、自社で手がける新基軸。ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンといったテーマパークとは一線を画する、映画会社直営ならではの映画に寄り添ったスタジオツアーになる。

「2023年にとしまえん跡地にオープン予定の『スタジオツアー東京‐メイキングオブハリー・ポッター』は、この5年ほど西武、伊藤忠商事、大成建設などいろいろな日本企業と一緒に取り組んできた新たなビジネスです。一般的なテーマパークとは異なり、撮影手法から衣装作りまで映画製作の裏側を体験できるツアーなんです。すでにロンドンで成功していますが、学校の社会科見学や修学旅行などでも学んでもらえる場所になります。

 こうした体験ツアーや商品で新たなファンを増やせば、そこから映画にファンを戻すこともあります。消費者を我々の作品情報で包み込むのが大事です」

 本業である映画興行に戻ると、今年はワーナー映画の『るろうに剣心 最終章 The Final』と『東京リベンジャーズ』が邦画実写興収1、2位独占している(10月現在)。さらに秋には『スター・ウォーズ』のようなスケールのシリーズ化が期待される洋画『DUNE/デューン 砂の惑星』、邦画では『そして、バトンは渡された』と話題の新作が続く。

「『DUNE』はアメリカと一緒に育てていかないといけない社運をかけたスペクタクル大作。『第78回ヴェネチア映画祭』で初上映され、その壮大なストーリーと映像の世界観は、世界的に絶賛されています。私も先日IMAXシアターで観ましたがすごかった。まさにビッグスクリーンで体験すべき作品です。

『そして、バトンは渡された』は、100万部突破したベストセラー小説が原作。苗字が4回も変わる境遇でも、あっけらかんと生きる主人公・優子の幸せの裏に隠された、家族の嘘や秘密が明らかになっていくストーリーです。映画のラストはとても幸せな涙が流れると思います。ふだん何気なく接している家族の大切さに思いを馳せ、心優しくなれる作品です」

 今年の映画シーンをさらに盛り上げてくれそうだ。

◆邦画実写2作が年間上位を独占するワーナー、コロナ禍の経営判断<前編>

ワーナー ブラザース ジャパン 合同会社

社長 兼 日本代表 高橋雅美(たかはし まさみ)

1959年東京生まれ。広告会社、コカ・コーラを経て、2000年よりエンタテインメントビジネスに従事。ウォルト・ディズニー・ジャパンのスタジオマーケティング・ヘッドとしてアニメーションビジネスの再構築をリード。2015年にワーナー ブラザース ジャパンに参加。2016年に社長兼日本代表に就任。2021年、現在の組織であるワーナーメディアグループ/ジャパン カントリーマネージャーに就任。ワーナーブラザースジャパン合同会社、ターナージャパン株式会社を牽引する。

画像クレジット:『そして、バトンは渡された』(C)2021 映画「そして、バトンは渡された」製作委員会

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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