イスラムに報復する心理:なぜマイノリティへの偏見が生まれるのか
■イスラム教は恐ろしい?
フランスの風刺週刊紙シャルリー・エブド本社襲撃と、それに続く一連のテロ事件。世界中で、テロに対する抗議の声が上がっています。同時に、フランスではイスラム教の礼拝堂モスクへの攻撃が増えています。銃弾を打ち込んだり、手榴弾まで使われる事件も発生しています。イスラムへの報復が始まり、フランスの治安が悪化しています。反イスラム感情が高まっているといえるでしょう。
イスラムに復讐しよう、モスクを攻撃しようなどとは思わない人でも、イスラム教は危険だ、イスラム教徒は怖いといった思いを持つ人は少なくないでしょう。イスラム穏健派(普通のイスラム教徒)や、様々な人たちが、事件とイスラム教を結び付けないで欲しいと言っているのに。なぜ、私たちはイスラム教徒による犯罪とイスラム教を結び付けてしまうのでしょうか。
たしかに、犯人たち自身がイスラムの教えに従って犯行を実行したと言っています。でも、たとえば誰かが「神道の教えに従って」と語って犯罪を犯しても、神道自体を悪く言う日本人は少ないでしょう。
誰かが、「サラリーマンの悔しさを思い知れ」と言って犯罪を犯しても、「サラリーマンは怖い」とは思わないでしょう。アメリカのバージニア工科大学銃乱射事件(2007)の犯人は、「イエス・キリストのように死ぬ」「モーゼのように導く」と語っていましたが、だからキリスト教は怖くて危険だと思ったアメリカ人はほとんどいなかったでしょう。
多くの日本人が神社に行く、多くの人がサラリーマンである、多くのアメリカ人はキリスト教会に行く、その社会で多数派は悪く思われないのです。
■私たちは犯罪の原因をどこに結びつけるか
驚くようなことが起きたとき、私たちは「なぜ?」と考えます。社会心理学の「原因帰属」の研究によれば、人は目立つことに原因を持っていきやすいとされています。様々な目立つ事柄はありますけれども、「少数派の特徴」が、とても目立つ特徴になります。
たとえば、高齢者ばかりの中にいる一人の若者が失敗すれば、多数派の高齢者たちは「だから若者は」と考えるでしょう。本当は年齢と失敗は関係なくても、そう感じてしまいます。逆も同じです。若者が多数派で高齢者が少数なら、「だから年よりは」と若者たちは考えるでしょう。
だから、マイノリティー(少数派)は偏見をもたれやすいのです。ある社会、あるグループの中で、少数派が何かをしでかすと、その原因が少数派の特徴と結び付けられるのです。
男社会なら、「だから女は」と言われます。女社会なら、「だから男は」と言われるでしょう。健常者ばかりの会社で障害者が失敗すれば、「だから障害者は」と言われるでしょうし、障害者のグループの中のたった一人の健常者が失敗をしなたら、「だから健常者はだめだ」という意見も出るでしょう。
また、事件や失敗の発生以前から偏見が強ければ、「やっぱり○○は」と、さらに否定的な思いが強くなります。白人キリスト教徒が多数派の社会で、イスラム教徒が犯罪を犯せば、「だから、やっぱり、イスラムは怖くて危険だ」と感じてしまうのでしょう。
あまり宗教心を自覚せず、多神教文化の日本の中なら、「一神教は危険」とか「宗教に熱心な人は怖い」と感じる人も出てくるでしょう。熱心なキリスト教社会の中でイスラム過激派が事件を起こしても、一神教は危険とか宗教熱心は怖いという感想は出ないでしょう。
<一神教は危険か:世界の常識キリスト教・イスラム教・ユダヤ教を知り、現代を理解するために>
■少数派が良いことをしたときには
少数派が良いことをしたときにも、同じような原因帰属(原因の推論)が行われれば、偏見の解消につながるでしょう。ところが、残念なことに、良いことが起きたときには、人の心の中で原因探しの思いは強く働きません。自分の身に悪いことが起きれば、「なぜこんなことが起きたのか」と夜も眠れないほど悩むでしょうが、良いことが起きたときにはそれほどには考えないのです。
また偏見が強い場合には、良いことはその個人の原因にされてしまいます。たとえば「女は感情的」という偏見をもている人が、とても理性的な女性に出会ったときには、「あの女性は特別だが、女性はやっぱり感情的」と思い続けるのです。
■私たちの未来
モスクを攻撃している人は、標準的なフランス人ではなく、特別な人でしょう。でも、イスラムへの否定的な思いは、多くの人が感じてしまっているかもしれません。それが、普通の人間の心理です。それを自覚したいと思います。でも同時に、それは偏見だとも理解したいと思います。
偏見は持っている側は意識できません。事実だとしか思えません。でも、偏見を持たれる側になれば、偏見だと強く感じます。外国の人から「だから日本人は」と悪口を言われれば、私たちは反論したくなるでしょう。
互いに偏見を強め、復讐と憎しみの連鎖が生まれてしまえば、テロリストたちの勝利です。私たちは、テロリストに勝利し、平和な未来を作るために努力し続けていきたいと思います。
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