大相撲の番付危機。BMI43で平均30歳。毎日が交通事故状態15日連続で勝率6.7割を求める無理ゲー
大相撲5月場所が始まりました。久々出場の横綱照ノ富士、大関貴景勝は勝利発進するも貴景勝は休場明けの角番で伝統の「大関2人」体制は風前の灯火。なぜ番付危機は訪れたのか。過去20年の5月場所における幕内力士のデータを5年ごとに比較して「土俵に何が起きているか」を考察します。
平均体重160kg超えで体脂肪率換算でも明らかな肥満
平均体重は2003年が155.4kg、08年151.8kg、13年161.45kg、18年163.5kg、23年162.0kg。過去20年で約7~8kg増加しています。
なお平均身長は03年184.32cm、08年185.4cm、13年185.9cm、18年184.67cm、23年185cmと有意差は認められません。
BMI指数に換算したら47.33。パワーやスピードを重んじる競技だと22~24ぐらいですから明らかな肥満です。
参考までに55年前のデータで身長・体重ともにトップは高見山。192cm・160kgでした。23年5月場所の幕内力士と比べると身長こそ上位4人に匹敵する(照ノ富士と金峰山192cm・輝193cm、北青鵬204cm)も体重は全42力士中20~21番目と真ん中。阿炎(158kg)よりやや重く正代(161kg)より軽くなります。もっともこの後、高見山はどんどん増量していくのですが。
「いや、力士は鍛えているから一概に肥満とはいえない」という反論でよく聞くのが体脂肪率の話となります。確かに筋肉量は約100kgとされていて常人よりはるかに鍛えているのは間違いありません。であったとしても体脂肪率は約33%。20%を超えたら肥満とされるので、やはり太りすぎです。
肥満は一般に骨や関節への負担が重くなります。筋肉にせよ贅肉にせよ。膝や腰に爆弾を抱える力士が多く、それが理由で休場したり低迷する力士が多出するのは理の当然でしょう。
他にみられない過酷な格闘技環境
しかも大相撲は回し以外はまとわない「ほぼ裸」で防具も何もありません。160kg超の人間が70cm間隔の仕切り線でぶつかり合い、直径4m55の土俵の範囲内で足の裏以外が触れるか土俵外に追われたら負けという過酷なルールで連続15日間、年6場所も戦うのです。まさに毎日が交通事故状態。他にこのような格闘技があるでしょうか。
中央値から上下限が広がり増す不確実性
今度は中央値を比較してみます。以下のようになりました。
2003年 151kg(+84※-27)武蔵丸を除くと28
2008年 151kg(+32-31)
2013年 158kg(+48-24)
2018年 162kg(+63-44)
2023年 161kg(+58※-45)逸ノ城を除くと38
武蔵丸と逸ノ城を除く理由は2人が最重量で、かつ2番目に重い力士より20kg以上多いため。やはり20年で約10kg増えているのです。
しかも中央値より軽い(-)と重い(+)の範囲をみると03年が55kgであったのが23年には83kgと1.5倍に拡大しています。この値はある意味で不確実性。軽量力士に厳しいというだけでなく中央値にある者にとっても相手によって驚くほど差が出るわけです。
おおよそ軽量力士は技やスピードを持ち味とし、重量力士はパワー勝負(そのために太る)。不確実性が高まるとどちらのケガのリスクも大きくなります。
優勝力士に最重量級はいない
優勝力士の傾向はどうでしょうか。03年は体重139kgの22歳(5月場所時点)の朝青龍が大関から横綱へと駆け上がり3度優勝。他は大関千代大海、大関栃東、大関魁皇。全40人のうち朝青龍の体重は軽い順に6番目、千代大海は25番目、栃東21番目、魁皇35番目。
08年は横綱白鵬が4回優勝。体重は42人中27番目。残りの勝者である横綱朝青龍は22番目、大関琴欧洲が25番目。
13年は白鵬4回、日馬富士2回優勝。白鵬が42人中15番目。日馬富士に至っては最軽量。18年は横綱鶴竜の2回以外は4人が分け合いました。鶴竜が42人中17番目、栃ノ心が29番目、御嶽海26番目、貴景勝30番目。
朝青龍や白鵬といった体重で観察するのがナンセンスなほどの実力者を除いたとしても中央値付近からやや重いぐらいの者が栄冠を手にしています。やたらと太ればいいというわけでもなさそうです。
他競技の引退年齢を上回る平均年齢
今度は平均年齢。5月場所時点で以下のようになりました。
2003年 28.3歳(中央値28歳)
2008年 27.6歳(中央値27歳)
2013年 27.59歳(中央値27歳)
2018年 29歳(中央値28歳)
2023年 29歳(中央値29歳)
この「ほぼ約30歳」という傾向は今世紀に入ってほぼ変わっていません。三役以上の平均もほぼ相関しているのです。他の球技に比べると高め。プロ野球やサッカーJリーグの平均引退年齢を上回っていますから。
もっとも32歳を超えると人数は9人(23年5月。42人中)とグッと減ります。三役以上は1人もいません。このあたりが近年、横綱・大関不足になる理由と推察されます。
つまり30歳近くで昇進を果たしても全盛期は2年程度。このなかで「3場所で33勝以上」の大関目安や「2場所連続優勝」という横綱目安をクリアするのは相当な僥倖であると。
白鵬以降の3横綱が白鵬より先に引退した訳
実際に近年、大関や横綱に昇進した力士の年齢を示してみます。まずは横綱から。
白鵬 在位07年7月~21年9月。昇進の年齢は22歳
日馬富士 在位12年11月~17年11月。昇進の年齢は28歳
鶴竜 在位14年5月~21年3月。昇進の年齢は28歳
稀勢の里 在位17年3月~19年1月。昇進の年齢は30歳
照ノ富士 在位21年9月~現在。昇進の年齢は29歳
白鵬が飛び抜けて若いとわかります。引退は皆30代前半から半ば。
「横綱2人」体制も白鵬の長期在位で「まず1人」が決まって、後から昇進した日馬富士、鶴竜、稀勢の里で「後一人」を充当。もっとも「後一人」の3人は皆、白鵬より先に引退しました。白鵬の引退と入れ替わるように照ノ富士が「まず1人」を埋めるも後が続かず1人横綱のまま今日に至るのです。
今後が期待される朝乃山ですら既に29歳
次は大関です。横綱に昇進した者は除きます。
豪栄道 在位14年9月~20年1月。昇進の年齢は28歳
高安 在位17年7月~19年11月。昇進の年齢は27歳
栃ノ心 在位18年7月~19年9月。昇進の年齢は30歳
貴景勝 在位19年5月~現在。昇進の年齢は22歳
朝乃山 在位20年7月~21年7月。昇進の年齢は26歳
正代 在位20年11月~22年11月。昇進の年齢は28歳
御嶽海 在位22年3月~11月。昇進の年齢は29歳
現在、1人大関で頑張っている貴景勝の若さが際立つ結果でした。今日の惨状を演出したと批判される「弱かった大関」正代と御嶽海も陥落時点で30歳の声を聞いています。
不祥事で転落したゆえ却って今後が期待される朝乃山ですら既に29歳。「弱かった大関」の印象があまりに鮮烈なせいか期待がかかっていますが、彼も決して若くなく、かつ「強い大関」でもなかったのです。
「大関2人」体制は貴景勝が「まず1人」として奮闘するも、後から昇進した3人が横綱昇進(横綱であれば大関不在時に「横綱大関」として2人体制は守れる)どころか陥落してしまったのが大誤算といえます。
霧馬山と豊昇龍は全42人中10番目以内の軽さ
では今後、関脇以下から誰が大関へ昇進できるでしょうか。23年5月場所の前頭5枚目まで(19人)で観察すると、伸び代が期待できる25歳以下は関脇豊昇龍(23歳)、小結琴ノ若(同)、西前頭5枚目琴勝峰(23歳)、東5枚目金峰山(25歳)の4人。有力候補の豊昇龍は体重が全幕内力士中8番目に軽いのが気がかり。なお今場所大関取りがかかる霧馬山は27歳と大関適齢期ながら体重は9番目に軽いのです。
公傷制度復活は難しい
体重増加と「高齢化」は必然的にケガを呼び寄せる要因となります。何しろ15日連続ぶつかり合う、ほぼ裸の格闘技。休場は敗北と同様とみなされ全休=15戦全敗で番付急降下。無理して出場したら治りが悪くもなりましょう。そこでかつての公傷制度復活を望む声も出ているのですが廃止に至った経緯を振り返ると簡単ではありません。
公傷制度は03年まで存在。取組中のケガが認定されたら翌場所全休でも地位を止め置く措置です。ただ単なる不調を取り繕っているだけではと疑われるケースが相次いで廃止されました。
八百長撲滅の反動も
11年に発覚した八百長問題も間接的に影を落としているとの指摘も。そもそも「八百長」の語源自体が相撲に発していて「中盆」「注射」という隠語が角界に存在していた時点で協会が叫んでいた「存在しない」論は怪しかった。ちなみに今や一般名詞化した「ガチンコ」も元は八百長の対置語として使われていた隠語です。
11年、星の貸し借りの仲介役となっていた幕下以下の力士が持つ携帯電話のメールが動かぬ証拠となって協会も「存在した」と認めざるを得なくなり大量の引退勧告を行うなど一掃に乗り出しました。かねてより疑われていた「7勝7敗力士が15日目に勝つ驚異の確率」も今や千秋楽にあえて7勝7敗同士をぶつける編成を行っています。
いいことじゃないかといわれればその通り。ただ八百長の大きな動機は何度も述べる「15日連続で160kg超級の大男がぶつかり合う」過酷さから身を守る手段と推測されています。そこを変更せず「ガチンコ」オンリーにしたら危険が増すともみなせるのです。
実力伯仲同士で大関基準の「2勝1敗」以上は可能か
あるいはこうともいえます。ガチンコ前提の土俵で上位に来るのは実力伯仲同士。そのなかで支障を来すほどのケガもせず大関昇進目安の「3場所連続で33勝」、横綱昇進目安の「2場所連続優勝」といった飛び抜けた成績を果たして残せるでしょうか。
達成したとしても大関は10勝以上、横綱は毎場所優勝争い(12勝以上)に絡むという不文律があります。10勝とは2勝1敗(勝率6.7割)。実力が接近している者同士で記録するのは容易ではありません。例えばプロ野球セ・パ両リーグで優勝した過去30年の60チームで勝率6.7割に届いたのは1チームだけ。
場所数や番数を減らすのが興行的に厳しいならば、せめてBMI基準を設けるとか、土俵脇に医師を常駐させて危険と判断したら躊躇せずドクターストップをかけるとか何かしらの防衛策を講じるべきではないでしょうか。