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三つ巴の大阪府知事選でカジノ反対票の行方は

幸田泉ジャーナリスト、作家
カジノ誘致に反対する市民パレード=2023年2月11日、大阪市北区で、筆者撮影

 大阪で目下最大のテーマは2025年の「大阪・関西万博」かと思えば、そうではない。万博会場と同じ大阪湾岸の人工島「夢洲」(大阪市此花区)で、2029年に開業を目指す「IR」(カジノを含む統合型リゾート)の方である。「世界最高水準のIR」とぶち上げた大阪IRは、計画が出来上がってみれば、売り上げも入場者もカジノが8割を占め、実態はIRと言うよりただの「カジノ」である。しかも、デジタルゲームマシンを6400台も並べる超巨大パチンコ店のような様相。それに大阪市は公金を投入する。埋め立て材に浚渫土砂を使っている夢洲の土壌は汚染されている上、軟弱地盤で地震の際に液状化の危険があるため、大阪市が土地所有者として地盤改良するのだ。

 「大阪維新の会」の吉村洋文・大阪府知事と松井一郎・大阪市長が足並みをそろえて誘致を目指してきたIRは、春の府市首長ダブル選挙で争点の中心になるとみられる。昨年12月に吉村知事が2期目を目指して府知事選に出馬宣言し、今年1月には元共産党参院議員の辰巳孝太郎さん(46)が「カジノと一緒に大阪を沈ませるな」と府知事選に立候補表明した。

 カジノ推進VSカジノ阻止の一騎打ちになるかと思われたところ、2月8日に法学者で大阪芸術大学准教授の谷口真由美さん(47)が政治団体「アップデートおおさか」の擁立する市民派候補として名乗りを上げた。大阪IRについては「個人的には反対。住民に向けてもっと情報開示されることが民主主義のプロセスとして大事」との意見だ。

 大阪で長年にわたりカジノ誘致に反対運動をしてきた人々の間からは「吉村知事の対抗馬が2人いたらカジノ反対票が割れる。一本化すべき」との声が上がる。果たして、辰巳さんと谷口さんはカジノ反対票を奪い合うことになるのか、それとも相乗効果で大阪IRへの府民の問題意識を高め票田を広げるのか。

候補者本人はお互いにエール

大阪府知事選の立候補に向けて街頭で大阪IR計画とカジノの問題点を訴える辰巳孝太郎さん=2023年2月12日、大阪市阿倍野区で、筆者撮影
大阪府知事選の立候補に向けて街頭で大阪IR計画とカジノの問題点を訴える辰巳孝太郎さん=2023年2月12日、大阪市阿倍野区で、筆者撮影

 2月12日に大阪市阿倍野区で街頭活動中の辰巳さんに、谷口さんの立候補について聞くと、「私と谷口さんがそれぞれの政策を訴えて、維新政治の実態、維新政権下の大阪で失われてきたもの、それを浮き彫りにしていければと思う」との受け止めだ。IR・カジノの反対票が割れるという指摘には「谷口さんを擁立した『アップデートおおさか』は政策ではっきりカジノ反対を掲げているわけではない。旗幟鮮明にしているのは私の方」とカジノ反対派市民の受け皿になる自信を見せた。

 2月8日の「アップデートおおさか」の設立、候補者擁立の記者会見では、「既にIRに反対して取り組んできた辰巳さんと一緒になって反対するという選択肢はなかったのか」という質問も出た。吉村知事の対抗馬を辰巳さんに一本化した方がいいという意見に沿う問い掛けだ。谷口さんは「辰巳さんは素晴らしい政治家。カジノ反対と意見がはっきりしている人は辰巳さんを応援し、賛成の人は維新を応援するということでいい。私は端境にいる人を置き去りにしたくない。(大阪IRがいいのか悪いのか)分からない人を置き去りにした論戦は民主主義の何かを欠いていると思う」と答えた。

 辰巳さんと谷口さんは、大阪IRに否定的な考えは共通しているが、有権者へのアプローチが違う。辰巳さんは、賭博には「依存症」がつきまとい、家族を巻き込んだ生活破綻の危険があることから「人の不幸を踏み台にするカジノで大阪の経済成長はあり得ない」とカジノ阻止を訴え、谷口さんはこの選挙で大阪IRの計画内容に詳しくない有権者に実態を伝え、「えっ、そんなIRだったのか」と気づきを与える作戦のようだ。

IR・カジノの賛否を問う住民投票は?

大阪府知事選への立候補を表明した記者会見でIRについての意見を述べる谷口真由美さん(中央)=2023年2月8日、大阪市中央区で、筆者撮影
大阪府知事選への立候補を表明した記者会見でIRについての意見を述べる谷口真由美さん(中央)=2023年2月8日、大阪市中央区で、筆者撮影

 大阪のIR・カジノを巡っては、昨年春に「カジノの賛否を問う住民投票」を求めて市民らによる直接請求署名運動が行われた。有権者の50分の1の署名を集めれば、大阪府議会に住民投票を実施する条例案を提案することができる仕組みで、法定数を超える約20万筆の署名を集めて大阪府議会に突き付けたが、維新会派が過半数を占める府議会は半日の審議で否決した。

 2月8日の「アップデートおおさか」の設立、候補者会見では、住民投票の実施を示唆する発言が関係者から出た。「アップデートおおさかの」の事務局長、小西禎一・元大阪府副知事は「大阪のIRは当初、国際観光拠点と言っていたのに、蓋を開けてみれば日本人相手のカジノ。大阪市は夢洲の土壌汚染と液状化の対策に約790億円の負担を決めたが、地盤沈下を含めるとどれだけの負担になるか分からない。本当に問題が大きく、このまま進めるべきでない」と指摘。地盤沈下対策の費用をIR事業者が負担するのか、大阪市が負担するのかは明らかにされておらず、小西・事務局長は「まずは情報を明らかにしてほしい。その上で住民が判断していくべきで、住民が判断する手段はいろいろあるが、住民投票はその一つ」とした。

 続いて会見した府知事選立候補者の谷口さんは、「大阪IRについて私の周りの人に聞くと、賛否を明確に持っている人はほとんどいない。大抵は『よう分からん』という置き去りにされた状況。情報をつまびらかにして住民の意見を聞き、最善を採用したい」と述べた。

吉村知事と互角に戦うには投票率アップが必至

市民らによるカジノ反対のパレードでは、選挙で棄権せずに投票を呼び掛ける幟旗が登場した=2023年2月11日、大阪市中央区で、筆者撮影
市民らによるカジノ反対のパレードでは、選挙で棄権せずに投票を呼び掛ける幟旗が登場した=2023年2月11日、大阪市中央区で、筆者撮影

 昨春の直接請求署名運動に取り組んだ「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」は、昨年7月末に府議会で住民投票が否決された後、「大阪の未来は府民が決める 夢洲カジノを止める会」に改組し、現在は今春の府市首長ダブル選挙と統一地方選の投票率アップ運動を展開している。

 2011年~2019年までの過去3回の大阪府知事選挙は、投票率が45%~53%で、いずれも維新候補が200万票以上を獲得して圧勝している。今春の選挙も投票率が50%前後であれば、吉村知事の勝利は盤石とみられる。

 大阪の維新政治を分析、批判している薬師院仁志・帝塚山学院大教授(社会学)は、「現職の吉村知事と対抗馬の2人が互角に戦うには、投票率を上げることが必要。選挙に関心を持つ人を増やさなくてはならない。2015年と2020年に行われた大阪都構想の住民投票の際には、議員ではない一般市民が都構想の問題点を伝える反対運動を展開した。投票率は60%を超え、結果は反対多数になった。その教訓を生かさなくては」と話す。

 では、府知事選において市民運動は何をすればいいのか。薬師院教授は「やはり、分かりやすいIR・カジノの問題を訴えること」と言う。「大阪IR計画の中身を知れば、大抵の市民は『反対』になるか、少なくとも疑問を持つはず。すると、今度の選挙に無関心ではいられなくなる。昨春の直接請求署名運動をもう一度やるぐらいのつもりで、一般市民がどっと街に出れば、投票率アップに貢献するだろう」

 大阪府は昨年4月末、国にIR計画の認可を申請したが、まだ認可はされていない。誘致場所の夢洲は埋め立て地特有の地盤の悪条件に加え、南海トラフ地震の際に大阪では真っ先に津波にさらされる湾岸にある。こうしたことから、審査が長引いているとみられ、春の選挙が終わるまでは認可は出ないとの情報もある。大阪では10年近く市民によるカジノ反対運動が続けられてきた。府知事選という正念場で、市民の底力が試されているとも言えそうだ。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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