松本人志が言った「テレビが世帯視聴率重視じゃなくなってきた」とはどういうことか〜新時代の視聴率とは〜
松本人志が「世帯視聴率重視じゃなくなってきた」と発言
フジテレビの3月31日放送「ワイドナショー」で、森昌子の引退発表を取り上げた。話題が、何才まで芸能活動を続けるかになった時、松本人志が「テレビの視聴率が世帯重視じゃなくなってきたじゃないですか」と発言したのに筆者は驚いた。「そうなれば今までと違って面白いことだけを追求した番組ができやすくなってくるんじゃないか、それならもっと活動を続ける意義があるかもしれない」という話の流れの中だった。松本人志のようなビッグタレントにも「世帯視聴率重視でなくなってきた」ことが伝わっているのかと驚いた。もちろんテレビで何ができるかを追求する松本だからこそ、指標の変化に敏感なのだろう。
私は先日も、視聴率が世帯から個人にシフトしていることを記事にし、世帯視聴率と個人視聴率の違いを解説した。そこから知りたい方は以下の記事を読んでもらうといいと思う。
→世帯視聴率は平成とともに終わる~「3年A組」が示したこれからのヒット番組~(3月20日Yahoo!ニュース個人)
→「ポツンと一軒家」は「イッテQ」に本当に勝ったのか?~テレビの視聴データは多面体へ~(3月27日Yahoo!ニュース個人)
元号も変わり新しい時代に向かうこの節目に、テレビの指標も変わろうとしている。視聴率が世帯から個人に変わることは、テレビが新しい時代に向かおうとしている何よりの象徴だ。昭和に生まれた世帯視聴率は、平成になりテレビと視聴者を振り回すばかりだった気がする。新元号のもとで個人視聴率に指標が変われば、テレビは良い方向へ向かうと筆者は期待している。
個人視聴率から「どんな人が見ているか」を把握する
テレビの指標はどう変わるのか。簡単に言うと、世帯視聴率は一家で何人見ていても一世帯とカウントするが、個人視聴率は見ている人数が多いほうが高くなる。だから家族全員で見る番組が有利になるのだ。そうすると、家族向けの柔らかい番組が褒められるので、逆に尖った番組づくりがしにくくなると考えてしまうかもしれない。だがことはそう単純ではない。朝から晩まで家族全員が好む番組を編成しても、その通りにはなかなかならないだろう。
それより大事なのが、指標が個人視聴率になることで、そこから先に「どんな人が見ているか」まで調査する地盤ができることだ。そこにこそ、テレビビジネスが新時代に変化し、番組づくりにも影響を与える新しい可能性がある。
これまでは「どんな人か」までを見ていなかった。テレビは均一な世帯が家族全員で同じ番組を見る、という昭和のモデルを平成になっても変えていなかった。だから世帯視聴率が指標として続いていた。だが今は、すでにテレビ視聴についていろんなデータが出せるようになった。そうすると、番組によって見る人の層がかなり違うことがわかってきたのだ。
これから示す画像は、2月7日に開催された広告業界のフォーラムで示されたスライドだ。登壇者の一人、ADKマーケティング・ソリューションズ事業役員である沼田洋一氏がプレゼン時に使ったファイルを、沼田氏にお願いしてお借りした。ビール飲用者がどんな番組を見ているかを示すものだ。
(※以下の4枚のスライドのクレジット 視聴データ;インテージ i-SSP(TV) 関東 2017.6-2018.5
ビール購入者:インテージSCI 2018/3~2018/5に該当カテゴリー商品を購入 Axivalにて加工集計)
まずこのスライドを見て欲しい。
ビールには様々なカテゴリーがある。プレミアムビール、発泡酒・新ジャンルビール、機能系ビールの3つのカテゴリーのビールをよく飲む人びとが、どのテレビ局のどの番組を見ているかをヒートマップで示したものだ。オレンジの色が濃い枠ほど、その飲用者が多い、ということだ。それぞれのカテゴリーのビールで、ずいぶん違うことがなんとなくわかるだろう。カテゴリーごとに詳しく見ていこう。
1)プレミアムビール
プレミアムビールのユーザーは、まず何と言ってもWBSつまりテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」を見ている。続いてテレビ朝日「報道ステーション」も少し濃い。意外にTBSの深夜帯も見ているようだ。
2)発泡酒・新ジャンルビール
このカテゴリーのビールのユーザーは、よく見る番組の幅が増え、ずいぶんカジュアルになる。ニュース枠もあるが、日曜夜の日本テレビのテッパンと呼ばれる人気番組や「こんなところに日本人」も加わってくる。
3)機能系ビール
機能系ビールになるとニュース番組はほぼ消えて、日本テレビの日曜テッパンに木曜日の「ぐるナイ」「ケンミンSHOW」も加わっている。このカテゴリーは女性飲用者も多いせいだろう。
これを見ると、視聴率が高いかどうかとは別にテレビ番組には様々な価値づけができることがわかるだろう。プレミアムビールのブランドを売りたいメーカーにとっては、「WBS」は喉から手が出るほど欲しいCM枠に違いない。発泡酒・新ジャンルビールや機能系ビールに力を入れたいメーカーにとっては世帯視聴率が高い日本テレビ日曜枠も欲しいが、他にも有効な枠がある。予算を鑑みてCM枠を振り分けたくなるはずだ。
この調査は、あくまでビールにとっての話であって、商品の分野ごと、ブランドごとにまったく別のヒートマップが出てくるだろう。
これらは、指標が個人視聴率に変わればすぐに日々出てくるデータではない。特別に手間をかけて行った調査から見えてきた視聴動向だ。だが毎日でなくても定期的に行えばわかる動向であり、個人視聴率の先にある価値判断だ。世帯視聴率から個人視聴率に指標が変わると、その先にこんな見方がある、ということだ。
視聴率より、特定のファンを大事にする番組づくりへ
松本人志が興味を持ったのも、こういうことをイメージしてのことだと思う。世帯視聴率を重視した広く誰にでも見て欲しい番組づくりでは、尖った笑いが受け入れられない。だがむしろ尖った笑いこそを求める視聴者がついてくれることで、これまでとは違う番組価値が出せるかもしれない。その視聴者のプロフィールが、ブランドのターゲットと合致すれば企業が番組についてくれる。そうすれば、それこそ”プレミアムなお笑いファン”のための番組づくりに可能性が出てくる。視聴率が高くなくても、企業が持つブランドのターゲット層が見てくれるなら、その企業はお金を出してくれるだろう。企業と作り手とファンの、幸福なトライアングルができればいいのだ。
ただそうなると、番組とファンが固い絆で結びつきあう必要がある。SNSはそのための重要な武器になりそうだ。現に、「今日から俺は!」から「3年A組」へと繋がった日本テレビ日曜夜10時30分のドラマ枠の人気は、SNSの活用によるところが大きかった。筆者の新著「爆発的ヒットは"想い"から生まれる」でも「おっさんずラブ」のヒットにいかにSNSが関与したかを取材している。「おっさんずラブ」は、世帯視聴率は高くなくても熱狂的ファンがついて映画化や続編に結びついた。今後の番組とファンと企業の関係をとり結ぶのにSNSの重要性は増すだろう。
テレビは明らかに新しい時代に向かっている。その将来は暗いとばかり言われるが、指標が変化していく中、SNS活用をうまくやれば、まだまだ伸び代があると思う。新元号と一緒に、テレビは新しい時代へ向かうことを期待している。