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なぜ我々はこんなにも「平等」を求めるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
photo by Masahiko Ishida

子どもたちと「独裁者ゲーム」

我々が十代になる直前は、どうも人間の成長過程で利他的な行動や公平さ、仲間意識という性質を獲得する時期のようです。たとえば、この時期の子供たちの行動を調べた研究(*1、スイス、チューリッヒ大学の研究者らによる論文)によると、他者へ配慮する利他的な行動をみせ始めるのは3歳〜8歳の間です。

それまで利己的に行動していた子どもが、みんなと遊ぶうちに不平等を避け、おもちゃなどを分配する利他的な行動を覚えていく。また、自分に不利な行動でコストがかかるようになると、友だちなど自分とより近い関係の子どもへ優先的に利他的な行動をするようになります。

就学前の子どもたちのグループに「独裁者ゲーム(dictator game)」をさせた実験(*2、イスラエル、バル=イラン大学の研究者らによる論文)では、男の子のグループのほうが別のグループに対して偏りのある分配をする傾向が強かった、という結果が出ました。男の子のほうが、より自分の属する集団に対する帰属意識が高いようです。

ちなみに、独裁者ゲームというのは、リソースを二人の人間やグループ間で分け合う、というもの。一方は独裁者役になるので、そのリソースをどのような分配割合で相手側と分けるかを決定できます。1:100でもかまわないのですが、ほとんどの場合では他者の目など評判によるバイアスがかかるせいか、50:50に近い割合に落ち着くそうです。

広い人間関係の利他的行動と同時に、狭い関係の仲間意識も芽生えるというわけですが、こうした条件の一つに、公平性や平等性というものがあります。そういえば、我々はなぜか、他人がエコ贔屓されたり自分が不当に扱われたりする状況に対して非常に敏感です。

居心地が悪い不公平な状態

なぜ人間は平等でなければならない、とこれほどまで感じるのでしょうか。

これについては、過ちを犯して集団から罰を受ける場合、平等でない状況では、恵まれている人間のほうが恵まれていない人間よりも厳しく罰せられる傾向があるから、という研究があります(*3、米国、カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学の研究者らによる論文)。だから、恵まれている人間は、平等を求めがち、というわけです。

一方、社会的な地位が、こうした平等主義へどう影響するのかを実験した研究(*4、米国、プリンストン大学の研究者らによる論文)によれば、社会的に低い状態を経験した人のほうが、高い地位を経験した人より平等という価値観や動機を支持する傾向があるようです。この実験では、就学前の子どもたちにも実験を施していますが、彼らにも大人と同じような結果が出たらしい。研究者らは、こうした「調整」が、我々が社会生活をおくる上で備わったプリミティブなプログラムなのではないか、と考えています。

また、脳の回路の働きも、不公平を嫌い、自分だけが得をすれば居心地が悪くなるようにできているようです(*5、米国、ラトガース大学の心理学の研究者らによる論文)。公平な利益と公正な罰が、利他的行動の強いインセンティブになるのです。

つまり、我々がこれほどまで平等を求めたり不公平を非難する理由は、人間ほど不平等に敏感な生き物はいないからです。ただ乗りの騙し屋、抜け駆けした裏切り者に対し、公平に罰を与えなければ、結果的に集団がバラバラになり、それが自分にはね返って損をすることを知っているからでしょう。

(*1:Ernst Fehr, Helen Bernhard & Bettina Rockenbach, "Egalitarianism in young children", Nature 454, 1079-1083 (28 August 2008)

(*2:Avi Benozio, Gil Diesendruck, "Parochialism in preschool boys' resource allocation", July 2015, Volume 36, Issue 4, Pages 256-264, Evolution&Human Behavior

(*3:Christopher T. Dawes, James H. Fowler, Tim Johnson, Richard McElreath & Oleg Smirnov, "Egalitarian motives in humans", Nature 446, 794-796 (12 April 2007)

(*4:Ana Guinote, Ioanna Cotzia, Sanpreet Sandhu, and Pramila Siwa, "Social status modulates prosocial behavior and egalitarianism in preschool children and adults", PNAS, 731-736, doi: 10.1073/pnas.1414550112, 2014

(*5:Elizabeth Tricomi, Antonio Rangel, Colin F. Camerer & John P. O’Doherty, "Neural evidence for inequality-averse social preferences", Nature 463, 1089-1091 (25 February 2010)

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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