34歳になった有村智恵 「心が折れた」若手女子プロのレベルとSNSとの向き合い方
「去年は本当に心が折れましたね」――。そう苦笑いを浮かべる有村智恵は、近年の若手の勢いとツアー全体のレベルの底上げに驚いているようだった。
有村はプロデビュー時から注目を集め、一気にトッププロへと駆け上った選手だ。宮里藍や横峯さくらなど同世代の実力者とともにスポットライトを浴び続け、国内ツアーは通算14勝を誇る。しかし、昨季(2020-21)は賞金ランキング50位とシード圏内ギリギリの戦いを強いられ、Twitter(ツイッター)では当時の心境をこう綴っていた。
プロ17年目。有村は近年の女子ゴルフ界に何を感じているのか。キャリアの浮き沈み、そして昨年は結婚を経験。酸いも甘いも知る34歳となった彼女に、ツアーの変化と在り方、自身のこれからの目標について聞いた。
結果への重圧と若手の勢い
――国内ツアー14勝の実績を誇る有村選手ですが、近年は女子ゴルフのレベルの高さを痛感しているそうですね。
自分の調子が悪くて成績が出ないっていうのはもちろんあったのですが、最近は「この調子でここか…」というのが多くなりました。このコースはこのくらいのスコアを出せば、というのがあるのですが、最近はどこかでビッグスコアを出さないと勝てない。自分でも調子がよくて手応えはあるのに、順位的にはそこまで上にいけないことが増えてきました。それは本当にこの数年のことです。私が若い頃とはツアーのレベルが大きく変わってきたのは間違いありません。
――去年、ツイッターに書かれていた「心が折れた」というのは、何が原因だったのでしょうか?
「この調子でこの成績なのか…」という結果が続いたことです。すべてが噛み合っていたわけではありませんが、いい調子でもスコアが伴わなかった。このコースならこれだけのスコアを出さなきゃいけないとか、上位争いしなきゃいけないとか、プレッシャーに勝てなかったことが一番大きな原因です。
――女子ツアーは具体的に何がどのように変わったと感じますか?
特に若い選手のレベルが上がったことです。私がアメリカに挑戦して、日本に帰ってきた頃から、どんどん若い選手が出てきました。そしてここ数年で、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)は4日間の試合を増やしました。さらに引退した選手たちがコースセッティングに関わるようになって、難しいピン位置も多くなりましたが、それに慣れてきた選手がしっかりとスコアを出せるようになりました。米ツアーでもすんなり戦える日本の選手が増えてきているのも、国内ツアーのレベルが上がってきたからだと思います。
「若い選手はスイングに癖がない」
――若い選手たちの技術はどうでしょうか?
癖のないスイングをする選手が増えた印象はあります。個性のある独特な打ち方をする選手が少なくなりましたよね。自分のスイングをスマホで撮ってすぐに見られるようになったことも大きな変化です。私が若手の頃は、鏡の前や誰かに見てもらってというアナログな確認方法でしたし、トッププロの練習法も雑誌でしか見られなかった時代です。今では海外の有名選手のスイングを解析した動画が気軽に見られるわけですから、若い選手たちは日常の中でそうしたものに触れているので、環境の変化も大きいと思います。
――環境の変化でいえば、ここ数年で毎年10人以上の若手が女子ツアー(下部含む)でプレーするようになりました。
私の時代は、高校を卒業してからすぐにプロの試合に出られるようなルーキーは2~3人くらい。年の近い選手もそんなに多くはなかった。今では18~20歳くらいの選手が毎年プロ入りして、その中の誰かが結果を残すことで「自分もできる」となる相乗効果が生まれています。人数が多い分、サバイバルで大変だと思いますが、レベルが上がっているのは間違いありません。
――今の時代を羨ましいと思うこともありますか?
いまジュニア時代を過ごしたかったなとか思ったりします(笑)。そしたら今感じている悩みも少なくなったのかなとか。でも、それは言ってもしょうがないです。
若い頃はもっと「とがっていた」
――とはいえ、有村選手もたくさんのライバルとしのぎを削ってきました。
宮里藍さんが日本とアメリカで結果を残して、そのあとに横峯(さくら)さん、上田(桃子)さん、諸見里(しのぶ)さんなどジュニアの頃から戦ってた人たちがそのままプロの世界で成績を残してたので、私もついていかなきゃと必死でした。若い選手たちもそうやって刺激し合っていると思います。強い選手がどんどん出てくるのは、すごくいい傾向だと思います。
――それでも今も負けたくない気持ちはあると思います。若い頃はどんな気持ちでプレーする選手でしたか?
とがってましたね…いや、今もとがってますけど(笑)。当時はそんな自覚がないくらい、自分がやってることがすべて正しいと思っていました。自分の言ってることが正しいと思っていたから、周囲は「何で言うことを聞いてくれないんだろう」って思っていたはずです。逆に、そうした負けん気が自信につながっていた部分はあります。
――そんな有村選手には若い頃から長くタッグを組まれている専属キャディーがいますが、どのような関係性なのでしょうか?
私の父が、キャディーさんのせいにしたらめちゃくちゃ怒る人だったんです。ミスを誰かのせいにするたびに、とにかく怒られていました。そんな私なので、バッグをかついでもらって16年になるキャディーさん(小田亨氏)との絶対条件は、とにかく「一打一打に真摯に向き合う」こと。一緒にご飯とかもほとんど行ったことがなく、常にいい距離感でいようというのがベースにあります。でも、本当にさまざまな面でプロとして成長させてもらいました。例えば不動裕理さん(ツアー通算50勝)が練習場にいたときに、「後ろのほうにいらしてますよ。あいさつに行きましょうか」と教えてくれたり。最近は先輩プロも少なくなって、アンテナが少し落ちてしまっているのですが、そういう細かい気遣いなども含めてですね。
有村がつぶやいた「キャディー問題」の見解
――この流れでお伺いしたいのですが、6月の女子ツアーで起こった「キャディー問題」が世間を騒がせました。それに関して有村さんは7月26日のツイートで「人や物事において、自分に見えているのはその一部分に過ぎないから、それだけで決め付けたりしない」とつぶやいていました。あのつぶやきの意図を教えていただけないでしょうか。
人から聞いた話だけで物事を判断して、どちらかを批判するのは、絶対にしてはいけないと思います。どちらにも正義があるし、その人たちの見方一つで全てが変わってしまいますから。あの問題についても、私は現場にいなかったので。そういう意味で「常々心掛けていること」とツイートの冒頭に書きましたし、自分はこういう気持ちでいることを伝えることで、誰かに響いたらいいなと思って書きました。
――過去にそうした“切り取られた”報道などの経験をされたことがあったのでしょうか?
物事にはいろんな見方があっていいと思います。私も昔は、「前後の脈絡がしっかりあった上で見てもらったら、違う印象になるよね」っていうメディアの報道を経験しています。たった一つのことで、人格否定もされてしまいます。恋愛リアリティー番組も好きでよく観るのですが、ある人の嫌な部分が映ると、その人はすごく性格が悪いと思ってしまいがちです。でも映っているのは一部分ですし、自分たちもそう見られてきた経験もあるので。最近は物事の見方を意識することが特に多くなったかもしれません。
――ツイートは「有名アスリートの意見」として読まれてしまいます。炎上するリスクを考えたりはしませんか?
そこはすごく難しいところですよね。ただ、今回のキャディー問題に関しては、見える部分だけではなくて、物事をいろんな角度から見てほしいというのがあったので、自分自身のポリシーも含めて書きました。それに、最近ようやく感情的にならないようになってきたんです。SNSとか何かで発信する前に、「これを言って、もし万が一批判されたとしても、ちゃんと受け入れられるかどうか、自分で責任が取れるのかどうか」をしっかり考えています。
――SNSを積極的に利用するようになったきっかけは何かあったのでしょうか?
ツイッターだけでなくて、インスタグラムやYouTubeもやらせていただいているのですが、いろんなコメントもあって、メンタルが揺らぐこともありました。こんな私でも昔はすごく注目してもらった時代もありましたが、そのあとスランプになってからは、「有村、キャリアワーストスコア」と書かれて批判されたり、厳しい言葉を受けたりしました。当時はそれが辛くて、アメリカに行ってからすぐ、ツイッターはすべて削除したくらいです。でも(宮里)藍さんのアドバイスもあって、今ではほかの人たちに何を言われても気にならなくなりました。
「理解者は2人でいい」宮里藍からのアドバイス
――それはどんなアドバイスですか?
「自分のことを本当に理解してくれる人は、2人いたらいい」って言ってくれたんです。普通は、みんなに嫌われたくないと思いますよね。私も米ツアーに行くと決めたとき、「何でアメリカへ行くの?日本でずっとやればいいのに」とか、色々なことを言われて、すごく不安になっていたんです。そんなときの藍さんのこの言葉はすごく響きました。そこからは、自分のことをちゃんと分かってくれてる人たちが確実にいるんだから、という自信を持てるようになりました。
――“批判”が起こるということは、それだけ注目されているからこそとも言えます。今はそういった声をどのように捉えているのでしょうか?
今は若いスター選手がどんどん出てくるタイミングです。逆に私なんかは全くもってメディアに取り上げてもらえなくなった時期も経験し、その時に「無関心が一番嫌だな」って思うようになりました。
――取り上げられなくなって、寂しさを感じているということでしょうか?
もちろん注目してほしくてゴルフをやってるわけじゃありませんが、調子が悪い時でも話を聞かれることは悪いことじゃなかったんだと、取り上げられなくなって初めて分かりました。昔は「スコアが悪いのに何で毎回こんなに囲み取材されるんだろう」とか、いつでも必ず何かを聞かれるのが嫌だったんです。でも、今はもうどんな成績でも取材されなくなったから、「そう来たか」と(笑)。話を聞かれなくなったら、こっちのほうがきついと実感しました。今振り返ると、試合が終わった後に、自分のプレーを言葉にするという時間があるだけで、頭が整理されて、その後の練習につなげることができていたんだなと思います。
「ゴールはたくさん持っておくべき」
有村智恵は7月13日に開催された30歳以上の女子プロが参加したツアー外競技「KURE LADY GO CUP」の開催に尽力した。この大会を企画した理由について、有村は自身のインスタグラムでこう記している。
私も30代に突入した時から、競技人生と1人の個人としての人生の両立に、色んなことを思い馳せながらここまでやってきてました。キャリアや家庭、子育てなどの両立など30代に入って現実的な課題にたくさんぶつかり始める女性も多いのではないかと思いますし、女子プロも例外ではありません。JLPGAツアーで戦う事はすごく楽しいし、幸せを感じていますが、一方でこういう試合があったらいいな、という思いがありました。
――近年は結婚や出産をされても現役でいたい選手は増えてきたと感じますか?
今は日本全体が女性の社会進出に対する意識が大きく変わりつつあるのを実感します。「KURE LADY GO CUP」を(スポンサーとなってくれた )企業の方に提案するときにも、私が女性の社会進出に対して何も考えていなければ、まったく響かなかった企画だったと思います。女性の働き方に対して考えている企業が多く、ゴルフを通してメッセージを発信できるならいいと言ってくださいました。
――昨年結婚され、今もツアープレーヤーとして現役を続けています。これからどのようなゴルフ人生を描いていますか?
結婚したから何かが大きく変わったとかはないんです。今後どうしたいですかって聞かれるとまだ明確には答えは出ていません。子どもができたパターンと、そうじゃないパターンを両方考えないといけないですし、女性は一つに決められないと思います。今まではツアーで優勝するという目標に対して準備をして、一つの道をつくってきました。でもこれからは、ゴールをたくさん持っておかないといけないですし、その時々で対応していく必要があると思っています。やりたいこと、求められてること、やらなきゃいけないこと、それらをバランスよく、自分のキャパシティーの中でやっていくしかないですね。
――それでもツアーが主戦場ですから、目の前にあるのは優勝でしょうか?
優勝トロフィーを持って家族と一緒に写真に納まるのは、幸せの象徴かなと思います。そうなると夫が世間に出ることになるので、本当なら自分のスマホだけで撮りたい(笑)。でもそうした光景を思い描くのは、一つのモチベーションになっています。勝てる自信も今はかなり出てきましたから、若い時のようにもっととがって、絶対に勝てるというマインドで戦っていきたいです。
■有村智恵(ありむら・ちえ)
1987年11月22日生まれ。熊本県出身。10歳からゴルフを始め、ゴルフの名門・東北高校ゴルフ部を経て2006年のプロテストに合格。2007年に初シードを獲得し、2008年「プロミスレディス」でツアー初優勝。2009年は5勝し、獲得賞金が約1億4000万円を超えて賞金ランキング3位に。2012年「日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯」で国内メジャー初制覇。同年に米ツアー予選会を経て2013年から米ツアーに挑戦。シードを持たないなか2016年から日本ツアー復帰を決意し、2018年「サマンサタバサガールズコレクション」で6年ぶりの優勝を果たす。ツアー通算14勝。2021年12月に結婚を発表した。
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