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JR東日本の「キュンパス」は鉄道会社にとっても超おいしい切符でした。

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

JR東日本が「旅せよ平日! JR東日本たびキュン・早割パス」(以下:キュンパス)を2月14日から3月14日までの1か月間設定しました。

これは、平日限定でJR東日本の列車が新幹線、特急も含めて1日乗り放題という切符で、指定席も2回まで取れるという内容。利用者にとってはお得に旅行ができるまたとないチャンスとあって、このパスのおかげで新幹線が満席になった列車が多く、大きな話題になりました。

キュンパスの告知ポスター  JR東日本ホームページより
キュンパスの告知ポスター  JR東日本ホームページより

2月14日のバレンタインデーから3月14日のホワイトデーの間の1日が有効期間ということで、ハートマークがついた「キュンパス」と呼ばれましたが、この切符の有効範囲内に、第3セクター鉄道であるIGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道、三陸鉄道、北越急行、そして弊社えちごトキめき鉄道が含まれていて、売上比率に従って各社にも「配当」が来ましたので、小さな鉄道会社にとっては大きな売上となりましたことは、ありがたい切符でした。

鉄道会社がこのようなフリー切符を発売する理由

こういう切符は特別企画乗車券と呼ばれますが、今回のキュンパスに限らず、鉄道会社がこのようなフリー切符を発売する理由は基本的には利用促進です。

その元祖的なものは国鉄時代末期に発売されて、現在でも人気商品となっている「青春18きっぷ」だと言えます。

青春18きっぷの場合は、普通列車、快速列車の利用促進を目的としたもので、特急列車や新幹線には乗ることができませんが、今回のキュンパスは新幹線も在来線の特急列車にも乗車することができますから、利用者にとってはかなりお得なおいしい切符ということで、発売開始から大人気になったのですが、鉄道会社がこういう切符を発売するにはいくつかの理由があります。

1:閑散期対策としての利用促進

2月中旬から3月中旬というのは1年のうちでも一番利用者が少ない時期です。

この時期は鉄道会社はいろいろな利用促進策を行ってきました。

古くは「そうだ、京都、行こう」という冬の京都キャンペーン。京都の寺社と連携して冬だけしか見られないような仏像などを開示することで、一番観光客が落ち込む冬の京都の需要を作り出しました。

JR西日本の「かにカニ日帰りエクスプレス」というのも冬限定の企画列車で、冬季間需要が落ち込む山陰方面への利用促進策として運転されています。

2:供給の手配が不要である

今回のキュンパスもそうですし、青春18きっぷも同様ですが、その切符を発売することによって、新しくサービスを提供する必要がありません。

どんな商売も売上を上げるためには商品の仕入れが必要ですし、サービスを提供することが必要です。ところがこの切符は時刻表に掲載している列車に乗ってもらえばよいだけですから、この切符を発売するために臨時列車の増発や編成の増結などの必要がありません。この切符のために特別に輸送というサービスを供給する手配が要らないということです。

つまり、商品の仕入れが不要で売上だけが入ってくるという、鉄道会社にとっても実においしい商品なのです。

3:輸送の保証がない

特別企画乗車券と呼ばれる切符のうち、フリーエリア内を自由の乗り降りできるタイプの切符は、簡単に申し上げると通常の輸送に求められる目的地までの輸送の保証というのがありません。(※トラブル発生時の旅客の救済は別途)

もし、列車に遅れや運休が発生した場合でも、使用開始後は払い戻ししないなど取り扱いは一般の乗車券等とは異なります。

なぜなら、この切符を持っているお客様は「どこでも好きなところへ行かれる」という反面、輸送契約としては目的地が定められていませんので、目的地までの輸送の保証ができない(しない)というのが大きな特徴です。

4:手間がかからない

えきねっとで予約購入して券売機で発券するだけのシステムです。

駅の窓口に並ぶこともなく、職員が個々に対応することもありません。

会社としては手間がかかりません。

つまり、勝手に売れて、現金が入ってきて、その割には特別なサービスやそのための要員が必要ないという、鉄道会社にとっても実にありがたい商品がキュンパスの特徴なのです。

2週間前までの購入という点がポイント

鉄道会社側の視点で言うと、2週間前までの購入というのが一つのポイントです。

特別企画乗車券のようなお得な切符は、ある種の制限を設けるというのが通例ですが、キュンパスの場合は2週間前までの購入が1つの条件となっています。

これは筆者の想像ですが、新幹線の平日利用者の多くはビジネスマンの出張です。ビジネス出張、特に日帰り出張というのは急に決まることが多く、2週間以上も前に決まっているということは少ないと考えられます。

前日までとか、当日でも購入可能とした場合、ビジネス出張に使われる可能性がありますから、その点を考慮しているものと思われます。

ビジネス出張のドル箱である東京-仙台のような路線にこんな格安切符で乗られては売上の減少につながりかねませんからね。

キュンパスのおかげで指定席が満席でなかなか切符が取りづらいという意見がネットに多く出ていましたが、筆者が見た限りではグランクラスやグリーン車にいつもよりも多くの乗車がありましたので、そういう需要にスライドしたビジネス出張などのケースもあったのでしょう。これも低迷需要の掘り起こしになったと考えられます。

実際に乗ってみた

筆者が住んでいるのは新潟県の上越市。最寄りの新幹線駅は北陸新幹線の上越妙高駅です。上越妙高駅はJR東日本の末端の駅ですから、考えようによっては一番お得に使える場所となります。

この切符で筆者が向かったのは岩手県の盛岡。

北陸新幹線と東北新幹線を大宮で乗り継いで、行きは「はくたか」「やまびこ」の自由席(正規金額19040円)、帰りは盛岡から仙台まで「やまびこ」(正規金額6050円)。

いったん仙台で途中下車して、仙台から「はやぶさ」「かがやき」と全車指定席の列車(閑散期正規金額18340円)に乗って、盛岡滞在は約2時間。

駅前の行列ができるお店で名物の冷麺を食べて戻るだけの旅でしたが、通常なら往復4万円以上かかる旅を1万円でできたことになります。

盛岡に到着後、駅前のお店で行列に並んで名物の冷麺を食べて戻るだけの旅でした。
盛岡に到着後、駅前のお店で行列に並んで名物の冷麺を食べて戻るだけの旅でした。

筆者は日帰りでしたが、この切符を2枚使えば1泊以上の旅行が可能でしたから、そういう方もいらっしゃったと思います。

このように、本来であればその土地に何の用事もない人たちが、おそらく何万人も閑散期の冬の東日本エリアを旅したのですから、地域への経済波及効果も大きかったと考えられます。

今後の課題

キュンパス需要のおかげで、急に決まったビジネス出張などで指定席が取れないなど、多くの課題は残されたと思いますが、航空会社の特別割引キャンペーンのように、このような切符で予約できる座席数や座席の場所が限定できるようなシステムの導入は必要かもしれません。

それが昭和の国鉄時代に導入した現行のマルスというシステムで可能かどうかはわかりませんが、例えば新幹線の場合、指定席でもビジネス客が好む2人掛けのDE席は割引切符購入者の予約時にはシステムに表示されることなく、ABC側の3席のみが表示されるなどの対策を取れば、一番人気のない真ん中のB席も売れるようになるなど、ちょっとしたシステムの変更でトラブルも防げるのではないかと筆者は考えます。

いずれにしても、キュンパスは利用者にとってはもちろんですが、鉄道会社にとっても濡れ手に粟のような「おいしい切符」であることは間違いありませんので今後の展開に期待したいところです。

明日は北陸新幹線が金沢から敦賀まで延伸開業します。

鉄道の旅の新時代の幕開けです。

鉄道が今後も末永く皆様方の旅のお手伝いができることを願ってやみません。

※本文中に使用した写真はすべて筆者が撮影したものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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