Facebook、Twitterが排除する「危険な」陰謀論はどこまで広がっているのか?
フェイスブックが陰謀論グループの排除に乗り出した。合わせて900に上る「グループ」や「ページ」、1,500の広告を削除したという。
「Qアノン」と呼ばれるそのグループのメンバーやフォロワーは、フェイスブックだけでのべ数百万と見られている。
ツイッターも7月、7,000件の関連アカウントを停止した。
11月に米大統領選に向け、トランプ氏支持を標ぼうする陰謀論グループ。
その排除に、フェイスブックやツイッターが乗り出した背景には、ネット上の拡散に加え、殺人を含む様々な事件とのつながりから、現実社会における危険性が指摘されてきたことがある。
また、ソーシャルメディアがその拡大の温床になった、との批判の高まりもある。
フェイスブックが排除を発表した同じ日、トランプ氏は記者会見で、この陰謀論グループについて、「よくは知らないが、かなり好かれていることは理解している」と述べている。
●「危険な人物および団体」
当社が実施した対応策の結果、Qアノンに関与する少なくとも790の「グループ」、100の「ページ」、1,500の広告をフェイスブックから削除し、300を超すハッシュタグをフェイスブックとインスタグラムでブロック、さらにフェイスブックの少なくとも1,950の「グループ」と440の「ページ」、インスタグラムの1万を超すアカウントに利用制限を加えた。
フェイスブックは8月19日、そんな発表を行った。
フェイスブックがこれらの対応の理由として挙げたのが「暴力」だ。
フェイスブックのコミュニティ規定「暴力行為および犯罪行為」の「危険な人物および団体」では、「実際の危害や損害の発生を防止するため、暴力的な使命を掲げる個人や団体、および暴力行為に関わる個人や団体のFacebookの利用は認めません」としており、「テロ活動」「組織的なヘイト行為」「大量殺人(未遂を含む)または複数殺人」「人身売買」「組織的な暴力行為または犯罪行為」の5項目を挙げて、これらのコンテンツを削除する、としている。
同社は今回、この規定を改定し、適用範囲を拡大。符丁などを使った「潜在的暴力についての協議」も削除対象に加え、関連する「グループ」「ページ」の「おすすめ」や「ニュースフィード」、検索結果での表示を抑制する、などとしている。
フェイスブックは8月6日には、20万人近いメンバーがいた「グループ」の削除も表明している。
ツイッターはフェイスブックに先立つ7月21日、この陰謀論グループに対する「現実の危害につながる可能性がある行為」への強制措置として、アカウントの永久停止を行ったことを発表。
「関連コンテンツやアカウントは『トレンド』や『おすすめ』に表示しない」「シェアされた関連URLはブロックする」などの対策を表明した。
ワシントン・ポストなどによると、ツイッターのこの措置によって、7,000以上のアカウントが停止され、15万アカウントに影響する、という。
TikTokも7月23日、関連するハッシュタグを禁止した。陰謀論グループ名のハッシュタグは、その前日まで8,000万ビューを集めていたという。
●ネット掲示板から広がる
拡散する陰謀論の中身とはどのようなものなのか。
ニューヨーク・タイムズなどによれば、その動きが表面化したのは2017年10月。ネット掲示板の「4chan」への匿名の投稿がきっかけだったという。
「『ディープステート(闇の政府)』が世界を支配し、トランプ大統領に対する陰謀を企てている」。欧米メディアが報じる陰謀論の大筋は、そのような内容だ。しばしば数字などの符丁から陰謀論を展開する。
そこに、「児童性愛の地下組織」をめぐる「ピザゲート」と呼ばれる陰謀論などが絡む。
「ディープステート」も「ピザゲート」も、それぞれすでに以前からある陰謀論だ。
特に「ピザゲート」は2016年の米大統領選の最終盤で拡散。これを信じたノースカロライナ州の男性が大統領選の1カ月後、「地下組織」の拠点とされた首都ワシントンのピザ店に自動小銃などを持って押し入り、発砲事件を起こす事態となった。
※参照:“ピザゲート”発砲事件 陰謀論がリアルの脅威になる(12/10/2016 新聞紙学的)
陰謀論は、フェイスブックなどのソーシャルメディアを舞台として、急速に勢いを増す。
それらはどこまで広がっていたのか。
英ガーディアンは今年8月11日、フェイスブックの「グループ」や「ページ」、インスタグラムのアカウントなど合わせて170以上、のべ450万人を超すフォロワーを確認し、その広がりは少なくとも15カ国に及ぶと報じていた。
またウォールストリート・ジャーナルは8月13日、ソーシャルメディア調査会社「ストーリーフル」のデータとして、同グループ関連の上位10の「グループ」のメンバーが、3月から7月にかけて6,000人から4万人へと600%近く増加していた、と報じている。
ネットでの急速な広がりの一方で、米国での一般市民への認知度は限られているという。
ピュー・リサーチセンターが3月30日に発表した調査結果によると、米国の成人の76%が「まったく知らない」と回答。「少しだけ見聞きしたことがある」が20%、「よく見聞きした」は3%だった。
ただ、この陰謀論が現実の事件に結びつく数々のケースも報じられている。
●現実の事件へのつながり
2019年3月、ニューヨーク・マフィアの5大ファミリーの1つ、ガンビーノ一家のボスが射殺されるという事件があった。
ニューヨーク・タイムズなどによると、翌4月に逮捕された被告の弁護士は裁判の中で、被告がこの陰謀論を信奉しており、「(ボスが)ディープステートのメンバーだと信じて、その身柄を拘束しようとした」と主張している、という。
これに先立つ2018年6月には、ネバダ州の男性がフーバーダム近くの橋の上で、自動小銃などで武装して車に籠城。陰謀論の一部として取り上げられている「秘密文書」の公開を要求する、という事件もあった。男性はテロの容疑で逮捕されている。
このほかにも今年4月には、同グループを信奉するイリノイ州の女性ダンサーが、十数本のナイフを所持し、民主党の大統領選候補、ジョー・バイデン氏や前大統領選候補のヒラリー・クリントン氏らの殺害を表明していたとして、逮捕されている。
米ヤフーニュースが2019年8月に報じたところによると、米連邦捜査局(FBI)は同年5月の内部報告で同グループを「陰謀論主導型の国内急進派」と指摘。「犯罪や暴力行為を誘発する」危険性があると述べている。
また、この内部報告では、同グループが2020年の大統領選期間に増大する可能性がある、としていた。
そのFBIの見通しは、現実の選挙に表れている。
今年8月11日には、ジョージア州の共和党の下院予備選で、同グループを支持するマージョリー・テイラー・グリーン氏が党主流派を破って当選。大統領選と合わせて行われる下院議員選での当選の可能性も指摘されている。
●「グループ」による拡散
陰謀論の拡大の一つの契機として指摘されるのが、2017年にフェイスブックが打ち出した方針変更だ。
この時フェイスブックには、2016年米大統領選でのフェイクニュース氾濫の舞台となったことへの批判が集中していた。
この問題への対応策の一環として、ニュースの表示順位の低下とともに、「友人や家族を結びつける」という「グループ」機能などに注力していく。
※参照:フェイスブックがニュースを排除する:2018年、メディアのサバイバルプラン(その3)(01/13/2018 新聞紙学的)
「グループ」は同じテーマに関心を持つユーザーが集まる場となる一方、陰謀論グループの「拡大の原動力になった」とニューヨーク・タイムズのチャーリー・ワーゼル氏は指摘している。
フェイスブックの「グループ」では、ユーザーの閲覧履歴などから同様のテーマの「グループ」を「おすすめ」する機能もある。
これらの機能が相まって、陰謀論の拡大を後押しした、との見立てだ。
フェイスブックは、陰謀論拡大の原動力とされたその「グループ」や「ページ」を今回、合わせて900件近く削除したことになる。
2020年の大統領選では、前回2016年のフェイクニュース氾濫を踏まえて、特にソーシャルメディアによる情報混乱への対策がどれだけの効果をあげるのかが、大きな注目点となっている。
それだけに陰謀論拡大への、ソーシャルメディアの対応には、「遅すぎる」との批判がついて回った。
今回のフェイスブックによる排除の取り組みについても、効果は限定的との見方が出ている。
ジョージ・ワシントン大学教授のイーサン・ポーター氏は8月19日のAP通信のインタビューで、「フェイスブックの今日の措置は結局、『弱すぎて、遅すぎる』という評価になるだろう。多少の効果はあるだろう。だが問題解決には? まったくならない」と述べている。
●大統領の発言
フェイスブックの発表と同じ日、ホワイトハウスの記者会見でトランプ氏は陰謀論グループについての質問を受けている。
これに対して「そのムーブメントのことはよく知らないが、かなり好かれていることは理解しているし、ありがたいことだ。そのムーブメントをよくは知らないが、人気を集めているとは聞いている」と答えている。
さらにトランプ氏は、こうも述べている。「我が国を愛する人々だとも聞いている」