病理医からみた舌・口腔がん〜前がん病変でキャッチせよ
生検結果はがん
堀ちえみさんが舌がんと闘っていることを公表した。
ブログには診断に至るまでの経過が詳細に書かれている。
最初は口内炎だと思ったこと、痛みが強くなってきたこと、大学病院で生検(組織をひとかけらとってきて標本を作り顕微鏡でみる)されたこと、そして、病理診断の結果が扁平上皮癌であったこと…。
私はテレビ番組で堀さんと共演したこともあり、何より私たちの世代にとって「スチュワーデス物語」をはじめとするドラマの憧れの女優さんだったので、今日一日中衝撃を受けていた。
ステージ4とのことで、予断を許さない状況ではあるが、心より回復を願っている。
病理医にとっての舌がん、口腔がん
舌がんが何かについては、私が勤務している近畿大学口腔外科の榎本明史先生らが詳細に解説しているので、そちらに譲りたい。
ここでは、私たち病理医にとって、舌がん、口腔がんがどのようながんなのかを書きたいと思う。
私たちは、耳鼻科や口腔外科から提出される、舌や、頬や歯肉、口蓋(口のなかの天井部分)など口のなか(口腔)から採取された組織(生検)を日常的に診断している。その数は病院によっても違うが、かなりの割合を占めている。
口のなかは食べ物や飲み物、そして喫煙者にとってはたばこの煙などが頻繁に通過し、常時刺激を受けている。このため、刺激に強い「扁平上皮」で覆われている。「扁平上皮」はレンガのように細胞が層の状態で積み重なってできており、剥がれることはあるが、すぐ再生されて修復される。
「扁平上皮」でできたものの代表は私たちの皮膚だ。皮膚とは異なって垢が出ることはないが、口のなかも扁平上皮で覆われている。
たとえば歯が当たる、誤って噛んでしまうなど、さまざまな刺激を受けるため、堀さんも当初疑われた口内炎は頻繁に生じる。そのためしばしば生検が行われる。
舌を含めた口の中にできるがんは「扁平上皮がん」だ。なぜなら、上述のように口の中は「扁平上皮」で覆われているからだ。
扁平上皮がさまざまな刺激を受け、破壊と再生をくりかえしているうちに遺伝子に異常が起こる。そのうちにがんになる細胞がでる。これが「扁平上皮がん」だ。
ある程度進行した扁平上皮がんは、私たち病理医がみれば、ミリ秒の単位で診断できる。特徴的な構造がみられるからだ。
問題は前がん病変
私たち病理医を悩ませるのが前がん病変だ。
遺伝子がおかしくなると、扁平上皮の細胞に異常が出る。がんになる一歩手前の「異形成」と呼ばれる細胞だ。
「異形成」の細胞は、普通の細胞よりおかしいが、がんよりはおかしさの度合いが軽い。
しかし、正常の細胞でも、刺激が加わることでおかしくなることはある。また、「異形成」とがん細胞も区別がつきにくいときがある。
正しい診断をしなければならないというプレッシャーのなか、私たちは日々、正常、「異形成」、がんのどれなのか、悩み続けているのだ。
ただ、前がん病変か迷うような段階で異常がみつかれば、注意深く経過をみていくので、すくなくとも進行がんになる前に処置ができる。
口内炎がなかなか治らない、口のなかの一部が白くなっているといったような症状に気づいたら、医師を受診することをお勧めする。
口腔外科か耳鼻科か
ここで問題になるのが、口腔外科に行くべきか、耳鼻科に行くべきかということだ。
実は口の中は、口腔外科も耳鼻科も関係する領域だ。堀さんは口腔外科に行かれたとのことだが、耳鼻科でも舌がん、口腔がんの治療を行う。
私たち病理医を悩ませるのは、口腔外科が扱う舌がんや口腔がんと、耳鼻科が扱う舌がんや口腔がんとでは、扱い方が違うのだ。診断の名前も変えている。
一つ例をあげれば、前がん病変とした「異形成」の扱いなどが異なる。耳鼻科では「異形成」と呼ぶが、口腔外科では「口腔上皮異形成(OED)」と「口腔上皮内腫瘍(OIN)」もしくは「上皮内がん」に分けているのだ。
病理医からすると、同じがんを見ているのだから、ぜひ統一してもらいたいものだが…。歯科に属する口腔外科と耳鼻科の関係を考えると簡単ではないのだろう。
とはいえ、口腔外科も耳鼻科も治療には全力であたるので、心配は無用だ。
以上、堀さんのニュースを聞いて舌がん、口腔がんについて気になった方々に対し、病理医の立場から解説させていただいた。
繰り返しになるが、堀さんのご快復を心より願って筆を置きたい。