Yahoo!ニュース

元講談社「妻殺害」裁判被告が獄中から4人の子どもに送ったウクライナ戦争についての手紙

篠田博之月刊『創』編集長
朴被告から子どもたちに送られた手紙(筆者撮影)

 妻を殺害したとして2017年に逮捕され最高裁で審理中の講談社元社員、朴鐘顕被告の事件や裁判については、数々の疑問が浮かび上がって様々な指摘がなされている。4月20日に放送されたNHKクローズアップ現代「妻は夫に”殺された“のか」も大きな反響を呼んだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220422-00292557

講談社元社員の「妻殺し」とされる事件を報じたNHK「クロ現」の大きな反響

 亡くなった被告の妻は自殺だったのか他殺だったのかが争われているのだが、そもそも決定的な証拠は何もなく、状況証拠だけで1・2審は有罪判決が出されている。子どもたちにとっては父親が母親を殺害したという過酷な話になるのだが、その認定がこんなふうになされてよいのか、「疑わしきは被告人の利益に」という原則がなぜ適用されないのかなど、多くの疑問がわいてくる裁判だ。

 この裁判については被告の友人たちが支援する会を立ち上げており、裁判の問題点などについて詳細な情報を公開している。

https://note.com/freepaku05/n/n377c4c19ec2e

 月刊『創』(つくる)は2021年からこの裁判について報道してきて、2022年7月号にも被告母親のインタビューなどを載せている。母親が亡くなり、父親がその殺人容疑で逮捕されるという非現実的な状況に突然追い落とされた子どもたちはこの6年間、何を想い、どんなふうに過ごしてきたのか。朴被告に代わって4人の子どもを育ててきた母親が率直に語ってくれたのだが、その中で、獄中の父親から子どもたちに届く手紙の話が出てくる。被告の母親、つまり子どもたちの祖母が読み上げるのだが、5月17日付の手紙ではウクライナ戦争の話が書かれていた。

 ある意味過酷な状況に置かれた子どもたちに、父親はウクライナ戦争についてどんなことを感じとり考えてほしいか語りかけている。父親の帰りを待つ4人の子どもたちには、「パパ教室」と呼ばれている手紙だが、その全文をここに紹介しよう。

 その手紙が、過酷な状況の中で父親から子どもたちに発信されたものだということも含め、いろいろ考えさせる内容だ。それを祖母が読みあげた後、子どもたちがどんな感想を語ったか、その内容も紹介しよう。

 以下、朴被告の私信を母親の了解を得て掲載する。子どもたちの実名は伏せた。小見出しは私がつけたものである。

みんなに聞きたい。ロシア人って悪い人?

《こんちはー! みんなー! 集合ー! 8時だよー! 全員集合だよー! え? あれ? もう集まってる? 素早いね。やるね。加速装置、ついてるね。はーい、こんにちは!

 パパだよ。みんな、コロナから完全復活したんだってね。

 よく頑張ったね。みんななら、きっと勝てるって信じてたよ。強かったね。パパ、ほっとしました。とても。さあさあ! しんみりとしているヒマはないぜ! 始めましょう。今日のパパ学校!

 今日のテーマはね、約束していた通り、「戦争」です。戦争が起きています。プーチン大統領が核兵器を使ったら、世界は終わるかもしれない。そんなとき、君たちは毎日どうすればいいのか? 簡単です。しっかり勉強して、しっかり遊ぶことです。それがみんなの仕事です。ウクライナの子供たちも、ロシアの爆弾におびえながら、ろうそくの火で勉強しています。君たちが一生懸命勉強しないとしたら、タコです。タコ焼きです。クラブ活動や勉強、自分の楽しいこと、全力でやるんだよ。

 戦争のことを知るためにも、みんな、パパが送った漫画『戦争は女の顔をしていない』もぜひ読んでね。戦争がどれだけ悲惨で、どれだけ人を狂わせるか、よくわかります。戦争は絶対に、してはいけないことだ、と教えてくれる本だよ。

 では戦争の話をしましょう。どうしたら戦争をなくすことができるのかという話です。ウクライナで起きている戦争は、ウクライナという国に、ロシアが勝手に攻めてきて、人を殺しています。言ってみれば、この僕らの家に、誰かが突然、ドアをぶち破って入ってきて、暴れ出したようなものです。こわいね。戦争はいつも、先に相手の国を攻撃した方が悪いです。人間同士と同じですね。

 だから、この戦争で悪いのはロシアです。それははっきりしています。「そんなことくらい、うちらも知っているよ!」ってみんなは思ったかな? ははは。そうだね。さすがだね、みんな。

 では、みんなに聞きたい。じゃあ、ロシア人って悪い人たちかな? ロシアは悪い国で、ロシア人はみんなひどいやつら、かな? ちなみに言うと、ロシア人みんなのうち、なんと70%もの人たちが、プーチン大統領のことを支持しています。プーチンはえらい。プーチンは正しい。プーチンってかっこええやん。と、思っているの。びっくりだね。さて、みんな、どう思う? ロシア人は悪者かな?

 違います。そうではありません。みんなも覚えておいてほしい。戦争はいつも、ほんの少しの政治家によって、始めさせられてしまいます。そして、いったん始まると、国中のみんなが巻き添えになってしまうのです。ロシアにいる人たちが「プーチンは正しい」と言ってしまうのも、そういうふうにしか考えられなくなっていたり、そう言うしかないように強制されているからです。

 プーチン大統領とその取り巻きが悪いだけで、ロシア人がみんな悪人なわけではありません。今、世界中の国で、そこに住んでいるロシア人がいじめられています。石を投げられて、仲間はずれにされています。それは間違ったことです。

戦争で恐ろしい二つのこと

 戦争で恐ろしいことは二つあります。一つは人がたくさん死ぬこと、ウクライナで子供が殺された、とニュースで知るたびに、パパは胸がつぶれる思いです。もう一つの恐ろしいことは、憎しみです。何十年もずっと残ってしまう、憎しみです。「憎しみ」というのは、人を大嫌いになって、しかえしをしたいという気持ちです。ウクライナの人や世界中の人は、これから100年も、ロシアのことを憎んでしまうかもしれません。それが恐ろしいのです。その人々の憎しみを利用して、いつかまた、一部の政治家が、新しい戦争を起こそうとするでしょう。

 ロシアふざけんな! 許せない! ロシア人はひどいやつらだ! という気持ちだけでは、戦争はなくせません。平和を作れません。この戦争が終わって、プーチン大統領がいなくなったら、ロシアを許さなければいけないよ。憎しみや怒りは、この世界を良くできないんです。

 大切なのは、人を信じる気持ち、人を好きでいる気持ちです。ロシア人は変な人たちかな? 赤鬼かな? 違います。君と同じような人たちです。お母さんやお父さんが恋しくてあったかいお風呂が好きで、戦争なんかしたくない人たちです。それを信じられますか? 信じてください。変わりがないんです、人はみんな。平和な世界を作るのは、人を憎む気持ちじゃないよ。人間のことを信じる気持ちだよ。

 となりの人も君と同じ。目が見えない人も、足がない人も君と同じ。となりの国の人も君と同じ。ウクライナの人も、ロシアの人も君と同じ。イスラム教徒もキリスト教徒も、仏教徒も、君と同じです。みんな、平和を願っている。もしも「いいや違う! あいつらは俺らとは絶対に違う! あいつらはキモい!」と、そう、ずっと言い張る人がいたら、そっとその人から遠ざかることです。その人が次に戦争を起こす人です。「あいつら」なんて、この世にいないんです。みんな同じです。

 人を信じて、人を好きでいてください。平和な世界を、きっと作れる、と信じ続けてください。

平和な世界を作るのは君たちだよ!

「でも、パパ。どうすればそんなに人間のことを信じて好きでい続けられるのか、わからないよ」と思う人もいるかしら。そんなときは、いつでもパパに言ってほしい。パパも、そしてママも君たちのことが大好きです。大好きで、大好きで、大好きです。もちろん、ハンメもです。そして、パパたちは、君たちのこと、信じています。君がダメなときも、弱っているときも、怒っちゃったときも、大好きで、信じています。○○(原文実名、以下同)は、△△は、□□は、▽▽は、きっとまた笑顔になると信じています。他の人を笑顔にするような人になる、と強く信じています。

パパとママは無限に、圧倒的に君のことが好きです。君のことを信じています。その量は大きすぎて、君たちが受け取りきれないくらいです。めちゃくちゃいっぱいです。その分を、少し、君が世界中の人を信じて、好きでいる気持ちに、振り分けてくれませんか? それでいいのです。簡単でしょう? 人のことを嫌いになったり、バカにしたりするよりもその人の良いところを探して、人を好きになる方が、ずっと楽しいよ。そして、楽しいだけでなく、そうやって人を信じる気持ちが、平和な世界を作るんです。だってほら、人を信じる、人を好きになるっていう心がまえは、まさにプーチン大統領と真逆でしょう? わかったね。君たちは、戦争にもめげず、人を好きでいる気持ちを持ち続けるんだよ。君たちの力で、世界を平和にするんだよ。

 そのためのパワーは、たっぷりと、いつでも君たちに、そそがれているよ。ママも、パパも、ハンメ(祖母)も、みんな、君たちのこと、大好きだよ! いつも言っているけど、何百回でも言うよ。大好きだよ、みんな。

 さて。みんな、戦争をなくすために、もう一つ、知っておいてほしいことがあります。それは、「英雄はいない」ってこと。英雄や救世主は、この世にはいないってことです。全く、どこにもいません。絶対に。パパはそれでも、メッシだけは英雄じゃないかしらんと思ってたけど、ママが「違う」って言ってたから、たぶん違います。英雄はいません。とりわけ絶対に、英雄がいてはいけないのが、政治の世界です。絶対にいません。人が英雄にすがりつこうとする気持ちが、戦争を生みます。もしも、政治家の中から、英雄だと言われる人が出てきたら、とても危険です。将来、みんながそのとき住んでいる国で、英雄とか救世主とか言われる政治家が現れて、「私はこの国の皆様を守ります。それだけでなく、となりの国の人々も助けます」とか言い出して、しかも、その国の半分以上の人が、そうだ、あの人は英雄だ! と信じてしまったら、君たちはすぐにその国から逃げなさい。すぐに、です。この100年の戦争は、全部そうやって起きました。英雄には気をつけなさい。それは、まぼろしです。

 はーい! 今日のお話はここまで、です! 平和な世界を作るのは君たちだよ。人を信じること。人を好きでいること。そして、英雄にはすがらないこと。それが大切です。そして、そのほうが楽しいです。もう、これ以上、ウクライナの子供たちが泣かないですむ世界を作ろうね。楽しく、作ろう。今日も聞いてくれて、ありがとう。大好きだよ。ハンメをお手伝いしてあげてね。パパはずっと、ずっと、みんなの味方だよ。そばにいるよ。大好きだよ。ちゃお!

2022年5月17日 みんなのパパより》

6歳の二男が語った「プーチンは風船大統領だ」

子どもたちの感想を紹介しよう。読み上げた祖母(朴被告の母親)がまとめてくれた。

●長女(14歳)人を信じ過ぎもせず、これはだめかどうかを考えて判断できるようにしたい。自分の頭でよく考えるようになりたい。独裁者が出ないようにしたいです。

●長男(12歳)国の人たちは両方ともかわいそうだなと思った。

●二女(10歳)信じることとか人を好きになることがよくわかりました。

●二男(6歳)プーチン大統領がいない国にしてほしい。プーチン大統領が許せないというポスターを貼るといい。

 朴被告の母親がこう語る。

「二男は学校で校長先生からロシアがウクライナに戦争をしてるけど、ロシアの人に対しては悪く考えないようにというお話を聞いて来て、プーチン大統領は風船大統領と言ってます。どうしてと聞いたら、爆弾を落としたりしていっぱい死んでかわいそうとか、ケガをしたらどんなに痛いか考えてないから心が空っぽだから風船大統領だ、と」

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事