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パンデミックを経て、これからの北欧の働き方や家での過ごし方

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
コロナ禍で北欧デンマークはどう変わったか、首都コペンハーゲンで筆者撮影

「パンデミック前は、家は家族とリラックスして過ごすプライベートな時間でした。しかし、パンデミックによって、仕事、外でしていた体験、日中に起こるハプニングなど、家の中で全てを体験するようになりました。結果、家の外にあった側面を、家の中に取り込み、環境的にも現実的にも家を再構成しないければいけなくなった」

「家で子どもといながらにして、仕事の資料を手に入れようとしたり、オンラインミーティングにログインしようとしたり。私たちは新しい習慣で成長し始め、新しい習慣は家庭だけではなく社会をも変えました。かつては仕事は家に入り込む侵入者や他人のようなものでしたが、今では家に招かれたゲストのような存在です」

そう話すのはデンマークのオールボー大学のMette Mechlenborg主任研究員だ。このセッションはユネスコ建築首都となったデンマークの首都コペンハーゲンで開催された国際会議UIAからの記録だ。

Mette Mechlenborg主任研究員(右から2人目)、建築家Ofri Earon氏(右から3人目) 筆者撮影
Mette Mechlenborg主任研究員(右から2人目)、建築家Ofri Earon氏(右から3人目) 筆者撮影

Mette Mechlenborg主任研究員は、「スカンジナヴィアには8時間の労働、8時間の休息、8時間の余暇という区分があり」、これは個人の慣習だけではなく「集団の慣習でもある」と説明した。

デンマークの時間配分「8-8-8」にも変化

かつては人々は同じような時間に出勤し帰宅していた枠組みは、パンデミックで変わった。いつ出勤したいか、この日に休む代わりに別の日に多く働くか。個人の労働時間のリズムは柔軟に変わり始めた。かつての「8-8-8」という区分は消えてはいないが、柔軟に時間が調整されるようになった。

「ネイバーフッド・ラボ」創設者である建築家Ofri Earonは、パンデミックによって社会や公共の場はより少しだけ民主的になったとも話す。

「家庭というのは個人の問題だけれども、近所に出かけると集団の問題になります。パンデミックで体験したことは『私たちは共に生きている』という強い感情。そして、私たちは家の周囲にある『美しいもの』を見つける必要がありました。旅行ができませんでしたからね」

「そこで突然、公共のベンチが機能を取り戻し、人々がそこに座りコーヒーを飲みながらおしゃべりをするようになりました。コーヒーは前から飲んでいたけれど、おしゃべりもするようになったと、より少しだけ民主的になったんです」

川や湾岸が多いコペンハーゲン、川にも特徴的な円形の座る場所があった 筆者撮影
川や湾岸が多いコペンハーゲン、川にも特徴的な円形の座る場所があった 筆者撮影

そして別のセッション会場では、これからの北欧の建築と都市開発が話されていた。

これからのバウハウス。より政治的に取り組み、若者やマイノリティの声が必要

この北欧パビリオンでのテーマは「新しい北欧バウハウス、2050年の炭素中立の世界で私たちはどのような暮らしをしているか」だった 筆者撮影
この北欧パビリオンでのテーマは「新しい北欧バウハウス、2050年の炭素中立の世界で私たちはどのような暮らしをしているか」だった 筆者撮影

北欧諸国の建築代表者たちの共通意見は、気候排出量の増加に加担しない持続可能な建築を実現するために必要なのは、「様々な政策の改善」と「若者の参加」ということだった。

実はここだけではなく、この国際会議全体で、「政治家」「政策」という言葉は共通して飛び交っており、実際に大臣らも招かれていた。

  • 「私たちは誰もが政治的なアクティビストになる必要がある」
  • 「今、建築を政治課題に据える時が再び来ている」
  • 「建築家がもっと政治家との議論に参加し、意思決定の一端を担う必要がある」
  • 「問題は恐怖にどう対処するかだ。変革への力、それとも、あきらめるための力なのか。あきらめるのなら、生まれてこないほうがましなのか。なぜなら、私たちはこの地球にいて、責任があり、その責任を押し進める必要があるからだ。私たちが行動しなければ、いずれにせよ私たちは負けることになる」
  • 「競争するのはやめようということだ。協力しなければならない。そうでなければ、直面している課題に対処できない」

また、「選挙の何年も前から、全ての主要政党には『良いデザインとは何か』を勉強して理解してもらう必要がある」と意見は一致していた。

ノルウェーのヤン・クリスティアン・ヴェストレ貿易・産業大臣も対話の場に駆け付けた 筆者撮影
ノルウェーのヤン・クリスティアン・ヴェストレ貿易・産業大臣も対話の場に駆け付けた 筆者撮影

政治家にデザインを理解してもらうだけではなく、さらにインクルーシブな対話も必要だと。世界的にみても北欧はインクルーシブな対話ができているほうだと筆者は思うが、まだまだ足りないらしい。「全ての主要政党に」デザインを理解してもらうというのは、大変だが実際に必要なことだと現場で肌で感じているのだろう。

「デザインが心身に与える影響」セッションでは、北欧社会では障がい者についての話は避けられる傾向にありると指摘された 筆者撮影
「デザインが心身に与える影響」セッションでは、北欧社会では障がい者についての話は避けられる傾向にありると指摘された 筆者撮影

  • 「大きな会議になればなるほど、民主的な会議だと言われていても、そこにいる多くは高学歴の中年だ。若い人は一体どこにいるのだろう」
  • 「私たちはより人々の声に耳を傾ける必要がある」
  • 「若い人を子どもの席に座らせるのではなく、議論の席に招待しなければ。若い人は議論にそもそも招かれていないのです。若い世代だってそうなのだから、マイノリティにも同じことが起きているでしょう」

このような意見が飛び交っていた。その内容はとても北欧らしい、ともいえるかもしれない。

「産業転換に建築は重要なツールのひとつ」「重要な意思決定のプロセスに建築家を参加させなければならない」「優れた建築は問題を解決する」と議論された 筆者撮影
「産業転換に建築は重要なツールのひとつ」「重要な意思決定のプロセスに建築家を参加させなければならない」「優れた建築は問題を解決する」と議論された 筆者撮影

持続可能な建築のためには政策の見直しが必要で、政治家と対話する必要があるという発想は北欧では新しいものではない。だが、「我々は誰もが政治的にアクティビストになる必要がある」という言葉が建築業界からでるのは新鮮に感じた。

また、「8時間の睡眠-8時間の労働-8時間の余暇」という時間配分が、デンマークの建築や都市開発に深く関係していることは、国際会議で筆者が何度か体験した驚きだった。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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