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テレビの分析は「視聴ログ」で進化する?〜2017年大晦日の紅白とガキ使を解析する〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント

視聴ログで大晦日のテレビ視聴を解剖する

筆者はテレビ視聴のデータについてこのところ記事にしている。前回は、インテージ社による「視聴ログ」について紹介した。

→「これからのテレビは、県民のためにある?~ケンミンSHOW視聴データより~」(1月4日)

視聴ログとは、ネット接続されているテレビから各テレビメーカーが収集した視聴の実際のデータだ。インテージ社では、複数のメーカーから視聴ログを集めて、どのチャンネルをどう視聴したかを15秒ごとにデータ化している。2017年11月現在で48万の母数になっており、毎月増加しているそうだ。テレビを「実際に見た」データが手に入るようになった。

ただし、ネット接続されたのはいわゆるスマートテレビで、比較的大画面の機種が多く、そういうテレビを買う層(40代の子どものいる家庭)が中心という偏りが出る。ビデオリサーチのデータは関東で900世帯とは言え、世帯構成の分布に併せてサンプリングしてあるので、テレビ視聴のデータとして方向性が違うことには注意が必要だ。どっちが正しいとかいうことではなく、データ収集の方法が違う。日本全体の世帯に近いのはどちらかと言えばビデオリサーチの視聴率だと言える。一方視聴ログは大量の”実数”を見ることができる。

今回は、再びそのインテージ社にデータを提供してもらったので書いてみたい。昨年の大晦日の視聴ログをもとにしたものだ。

「紅白」と「ガキ使」はどの県が好むか?

大晦日といえば、毎年NHKの「紅白歌合戦」と日本テレビ「ガキの使い 笑ってはいけないSP」が話題だ。冒頭の画像は、この2つの番組の接触率(ビデオリサーチの視聴率とは違うので”接触率”と呼んでいる)(ビデオリサーチの視聴率とは違うので”接触率”と呼んでいる)を、県別に濃淡をつけて示したものだ。

2番組の視聴率は、「紅白」が39.4%で「ガキ使」は17.3%だと報じられた。ただ、これは関東圏の視聴率だ。もちろん各地域でもビデオリサーチの視聴率調査は行われているが、なかなか伝わってこない。

そこでインテージ社に頼んで出してもらったのが下のグラフだ。まず「紅白」の県別接触率を県ごとに濃淡で示したもの。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

見てわかる通り、東北北陸の日本海側が濃い。あとは山梨県と島根県。なぜか降雪の多い県が濃く出ている。続いて岩手県、福島県、長野県、岐阜県など。四国と九州も南側が少し濃い。

四国と九州を除くと、雪国は「紅白」がお好き、ということだろうか?

では「ガキ使」はどうだろう。これも同様の図をお見せしよう。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

これはわかりやすく、「関西圏では多い」ということがわかる。大阪のみならず、兵庫県、和歌山県、三重県、滋賀県に徳島県など「関西文化圏」が軒並み真っ赤だ。そしてなぜか青森県も赤い。

ここで注意してほしいのが、二つの地図で色と数値が違う点だ。「紅白」は32%を超えると真っ赤だが、「ガキ使」では18%を超えると真っ赤になる。さすがに絶対値で比べると「紅白」が圧倒的に強いということだ。あくまで、県で比べて「紅白」がとくに好きな県と「ガキ使」が好きな県とがわかるということ。単位も%だがビデオリサーチの視聴率とは違う”接触率”であることも注意してほしい。

「紅白」と「ガキ使」の接触率推移を追う

今度は、2つの番組を視聴者がどう見ているかが感じられるデータを見てみよう。

放送中に、両者の接触率はどう動いたか、相関性があるかないか、視聴ログから見えてくる。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

まず「紅白」は終わりに近づくに連れて上がっていくのに対し、「ガキ使」は最初が高く徐々に下がっていく。これは番組の特質上感覚的には理解できるだろう。

そして、小幅な上げ下げには2つの番組に相関性がありそうだ。片方が上がると片方が下がる。わかりやすい2箇所を図に書き入れた。20:50過ぎの「ハーフタイムSHOW」では渡辺直美が派手なパフォーマンスを見せた。ここは老若男女を超えて目を引いた部分だったと思う。そして安室奈美恵が登場した部分。引退宣言は誰しも知っていただろうから、多くの人が見たかった場面のはずだ。

それぞれの箇所で、「紅白」がぐぐっと上がり、「ガキ使」は下がっている。つまり、「ガキ使」を見ながらお気に入りの歌手の出演時間になると「紅白」に移って戻る。また好きな歌手の出番で「紅白」に移る。といった視聴行動を繰り返した人びとが一定数いたということだ。思い当たる人も多いだろう。

ただもちろん、ずーっと「紅白」を見ていた層、「ガキ使」ばかり見ていた層もかなりの数いたわけだ。本当に慌ただしくチャンネルを行き来した視聴者は必ずしも多いわけでもなさそうだ。

昨年の「紅白」はビデオリサーチの視聴率が39%台で、40%を切ったと年始に話題になった。中には「紅白はその役割を終えたのだ」と評する人もいた。だがこのグラフを見るとどうだろう?一昨年は「シン・ゴジラ」ネタなど歌とは別の”余興”が多かった。昨年が「ハーフタイムSHOW」でグンと上がったことからすると、一昨年は余興が多かったから視聴率が昨年より良かったのかもしれない。昨年は歌が中心で良かったと言う人も多い。

そう考えると、視聴率が40%を切ったのは歌合戦らしく構成したからこそと言えるのではないか。39%も視聴率があるのに役割を終えただなんて、基準が変な気がする。そんなことも、視聴ログから筆者は感じた。

日中には「再放送の秘かな戦い」が展開

インテージ社からもうひとつ、見せてもらったデータがある。大晦日の日中の接触率推移だ。このグラフを見てもらおう。

データ提供:インテージ社
データ提供:インテージ社

夜は「紅白」と「ガキ使」を軸に盛り上がる大晦日だが、日中は日中で「再放送の戦い」が秘かに繰り広げられていたのだ。

日テレは朝イチから「鉄腕ダッシュ!!」で仕掛けてきた。「ダッシュ島開拓使」と題して過去の放送を再編集して圧勝している。続いてテレ朝は「芸能人格付けチェック」で攻めてきた。午前中はそれで制圧した感がある。

午後イチは日テレが今度は「嵐にしやがれ」で攻勢に出るも、朝から「逃げるは恥だが役に立つ」でじっくり攻め続けたTBSがついに制覇したのだった。

などと大袈裟に解説するほどでもないが、視聴率は数字だけネットで伝わってくる。視聴ログを丹念に確認すると単純な番組平均視聴率とは別のテレビ視聴の姿が見えてくる。

視聴率だけをとりあげた記事はナンセンス

ビデオリサーチの視聴率も、今年4月から世帯視聴率から個人全体視聴率へと変わることを年末に記事にした。

→「個人から世帯へ、タイムシフトも反映。2018年、視聴率が変わる!」(12月27日)

そして今日ご紹介した視聴ログも今年は本格的に各所で活用されそうだ。ここで私が言いたいのは、テレビ視聴を図るモノサシはいま、変化と多様化をはじめようとしている、ということだ。先述の「紅白」についての報じ方もそうだが、視聴率(その多くは関東圏の数値だ)だけをもってして番組の良し悪しを決める時代はもう終わっている。数値を使うなら、できれば複数のデータで多元的に論じたいものだ。ネットの時代になり「あのドラマは視聴率がX%でいまいちのスタート!」とだけ伝える記事が飛び交うようになったが、そんな報じ方はもうナンセンスなのだ。そんなことより、自分の目で見て番組を論じるほうがずっと有用だし楽しい。もう、視聴率だけの記事は見ないようにしたいものだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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