これからのテレビは、県民のためにある?〜ケンミンSHOW視聴データより〜
視聴ログからわかるケンミンSHOWの見られ方
私はテレビ番組の新しい計測について調べてよく記事にしている。例えばこんな記事だ。
「個人から世帯へ、タイムシフトも反映。2018年、視聴率が変わる!」
「視聴者がいちばん濃いのは「貴族探偵」?いやあのドラマも!~視聴濃度で見る4月ドラマ~」
これまで書いたこととは別に、今年注目されそうなデータとして”視聴ログ”というものがある。テレビメーカーはネットに接続されている家庭のテレビから、許諾を得たうえでどのチャンネルをどれだけ見たかのログデータを収集している。調査分析の有力企業・インテージ社では各メーカーからこの視聴ログを集めて研究分析をしてきた。それが昨年からいよいよ実用化の段階に入り、徐々に使われるようになっている。今年はおそらく、各社でビジネスに本格的に利用されるようになるだろう。
同社に取材したりWEBサイトをチェックしたりするうち、同社の調査結果を掲載する「Intage 知る Gallary」に興味深いグラフを見つけた。テレビ番組『秘密のケンミンSHOW』(讀売テレビ)の県別の視聴ログを調べたものだ。ご存知の方は多いと思うが、同番組は日本中の各県に取材して独特のメニューや風習など県民文化を紹介している。視聴ログは母数も大きく県単位のデータも十分取れるので、福島県と山形県それぞれをフィーチャーした回での県別の視聴を調べたグラフが載っていたのだ。
2017年9月7日に福島のラーメン特集を放送したところ、いつもを大きく上回る接触率になったという。(ビデオリサーチの視聴率とは違う調査なので「接触率」となっている。数値も視聴率とは違うので要注意)
また9月14日の海なし県民特集と21日の山賊焼きを紹介した回で二週連続長野県が取り上げられると、やはり長野県の接触率が全国平均をぐんと上回っている。
視聴ログから、『ケンミンSHOW』で自分の県が取り上げられると、県民がとくに番組を見る傾向が強いとわかった。
「納豆王国山形」で山形県では39.0%!
筆者は『ケンミンSHOW』のファンで、好きが高じて番組を制作する讀売テレビのオウンドメディア「読みテレ」で同番組を担当し原稿を書いている。そして考えてみれば県別の視聴率はビデオリサーチでも測定しており、讀売テレビもデータを持っているはずだ。そこで同局の担当者に、これに似たデータがないか聞いてみたところ、下のような数値を教えてくれた。
2007年にはじまった同番組の県別の視聴率ベスト10だ。さすがに世帯視聴率がここ数年全体に下がっているので少し前の記録が多いが、昨年7月6日の「隠れた納豆王国・山形」の放送回では、山形県で39.0%を記録している。NHK『紅白歌合戦』並みの驚愕の数値だ。国民的番組ならぬ、県民的番組だったのだろう。
また昨年10月クールは、裏番組として『ドクターX』が圧倒的な強さで『ケンミンSHOW』は苦戦を強いられた。その3ヶ月間で見ると、関東圏や関西圏では10%前後の視聴率が多い中、県別では自分たちの県が取り上げられると10%台後半を取る県が多かった。10月12日に「山形県民はサラミをおやつ代わりに食べる」ことが番組に出ると山形県では22.2%を獲得し、『ドクターX』を抜いたという。同じ回で「青森県民は我慢強い」と紹介された青森県は21.4%だった。
12月7日放送の「全国秘密のシメ祭り」では長崎の「かにやのおにぎり」が登場し、長崎県での21.3%の記録をもたらした。讀売テレビ担当者によれば、その県を紹介する時は系列局と情報を事前に共有し、ご当地の局も張り切ってローカル番組の中で紹介するなどPR活動の影響も大きいようだ。
ジモト番組の浮上はこの10年の潮流?
『秘密のケンミンSHOW』で我が県のことが紹介されたら、その県の視聴率が上がる。「そんなの当たり前だろう」と感じる人は多いだろう。自分の地域の、自分がよく知っていることが全国ネットの番組に登場したらうれしい。だから見るに決まっている。それはそうなのだが、これは実はこの10年ほどの新しい潮流なのかもしれないのだ。『ケンミンSHOW』はそれをうまくとらえたから人気番組になった可能性がある。
私は2015年3月にNHKの放送文化研究所のフォーラムを聴講し、その内容をもとにこんな記事をブログに書いた。
「テレビの中心が東京とは限らない時代になってきた〜NHK文研フォーラム「テレビ視聴の東西差を探る」より〜」
NHKが、調査から10年間の関東と近畿の人気番組を比べたところ、大きな変化が見てとれたのだ。
上の表は、2005年と2014年の20〜30代の人気番組を関東と近畿で比較したものだ。2005年のベスト10を見ると、上位3つまでがまったく同じで、7つが両方に入っている。同じ番組が人気だったことがわかる。ところが、2014年になると同じ番組は3つと大きく減っている。さらに近畿圏の上位は関西局制作、あるいは関西のタレントがメインを務める番組だ。「自分たちの番組」の人気が高まった、と言えないだろうか。
近畿圏の若い世代が、「東京発」の番組に前ほど興味を示さなくなった表れだと筆者は推察している。90年代あたりまでは、東京発の情報を日本中が求めていたのに対し、いまは表参道にできたおしゃれなカフェなんて他県民はどうでもいいと思うようになったのではないか。
筆者が『秘密のケンミンSHOW』を愛するのも、見るたびに日本には地域ごとに実に様々な文化が育まれていることを思い知らされ、それぞれのユニークさや奥の深さが楽しいからだ。県民による違いを知る喜びを味わう番組なのだ。
メディアは、憧れの東京発から地域発信の存在に
テレビというメディアは、言わば中央集権的だった。東京の”キー局”を中心にネットワークが整えられ、情報と広告経済を日本中に伝搬させるべく発達してきた。人びとは地域から東京を時代の先端として上に見て、自分たちの地域は「地方」として下に見ていたのではないか。もちろんそういう”仕組み”が高度成長期にうまくいったのかもしれない。
だが「もうそういうのはいいよ」というのが今の気分なのだと思う。東京の話より自分たちの身近な話が知りたいし、東京より他の地域の知らなかった事柄が面白い。
実際、いくつかのローカル局が地域を核に据えた番組づくりで成功している。鹿児島のMBC南日本放送は「てゲてゲ」という鹿児島の現在を微に入り細に入り取材した番組で、ゴールデンタイムで首位の視聴率を獲得している。何千万円もの制作費で著名タレントばかり出演するキー局制作の番組に、数十万円で制作した東京では知られていない人びとが出演する番組が勝利を収めているのだ。もちろん面白い番組だからだし、スタッフが努力を重ねたからだが、鹿児島に徹底的にこだわっていることが大きい。この番組が牽引役となり、MBCは日テレ系列ではなくTBS系列なのに2016年に三冠王をとっている。
ネットの普及のせいもありそうだ。日本全体にとっての情報はテレビよりネットのほうが早く伝わる。最先端の刺激的な情報もネットで探したほうがとがっているだろう。むしろテレビには身近な情報を求めるようになっているのかもしれない。
東京中心のネットワークだったテレビ放送が、地域発になってローカル・トゥ・ローカルの分散的なネットワークになると面白いのではないか。ただそのためには、ローカル局が自分たち自身で情報発信する覚悟と体制づくり、体力が必要になる。だが大きな方向性へ向かって、すでに舵は切られている気がする。『ケンミンSHOW』を見るたびに、ローカル・トゥ・ローカルはとっくにはじまっていると感じている。