韓国映画界における「反日」の現状 【釜山国際映画祭】現地で聞いた、その影響と「映画にできること」
『天気の子』がもろにかぶった、韓国内の「日韓対立」の影響
日本から参加の作品やゲスト(特に俳優)が少なかったこともあり、例年に比べて地味な印象だった今年の釜山国際映画祭。日本映画が少ない理由は「日韓対立よりも人事体制の変化によるところが大きい」(韓国映画業界に詳しい記者)ようですが、ゲスト参加の少なさには「この対立のムードの中で、参加するメリットがない」(日本の宣伝関係者)という判断もあったようです。そうした動きは韓国側にもあり、日本で公開予定の映画で「普段ならすんなり実現するSkypeインタビューが断られた」(宣伝担当者)という話も耳にします。
日本の映画学校に学び、韓国で『カメラを止めるな!』など日本映画の配給業務を行うD.OシネマのCEOハン・ドンヒさんはこう話します。
「韓国での日本映画の観客はもともとコアな映画ファン。にもかかわらず、7月半ばに“ホワイト国除外”が決定的になったことに対し、普段は日本映画にあまり興味のない一般の人たちが反応し、ネットに大量のアンチコメントを投稿し始めたんです。うちが配給し7月4日に公開した『BLANK13』は斎藤工監督の来韓もありチケットは完売しましたが、8月初旬に別の会社が公開したある日本映画は大コケしてしまった。その後は今まで (取材日の10月4日現在)、日本の実写映画は1本も公開されていません。9月初旬には、日本映画を多く手がける大手配給会社に対し、“日本映画を公開したら会社に火をつける”という脅迫電話がかかる事件も起こっています」
アニメでも8月初旬公開の『名探偵コナン 紺青の拳』は興行が振るわず、『ドラえもん のび太の月面探査機』は8月14日の公開予定が無期延期に。宣伝段階でこうしたあおりをもろに受けたのが、当初10月初旬公開予定だった『天気の子』です。
取材した多くの人が声を揃えるのは、「この状況は簡単には終わらないと思う」ということ。竹島(独島)問題で対立が深まった2014年に、なら国際映画祭のプロジェクト 「NARAtive」で制作した日韓合作映画『ひと夏のファンタジア』を監督、インディーズ映画として異例の大ヒットに導いたチャン・ゴンジェさんは言います。
「今回の対立は2014年の時とは全く違いますね。不買運動は一時の熱とは違い、もう少し広く一般市民の中に内在化して、膠着状態にあるように感じます。僕は現在吉本ばななさん原作の『幽霊の家』の映画化企画を進めていて、釜山国際映画祭の企画マーケット(APM)に選ばれたことはとても光栄ですが、それを大々的には口に出しにくいような雰囲気も感じます」
日韓両国の映画マーケットが失いつつある、文化の多様性
一方、韓国映画のマーケットに20年以上関わるある韓国人関係者は、それとは異なる視点から、この問題を見ているようです。
「そもそも韓国の映画興行売上における日本映画のシェアは、わずか1.3%。もし日本映画が1本も公開されなくなっても、マーケットに大きな影響はありません。それより長期的に見てより大きな問題だと思うのは、全体の売り上げが韓国映画(50%以上)とハリウッド映画(30%)に極端に偏っていること。2010年代半ばからずっと続いているこの状況は、文化の多様性という意味で不健全だと思いますし、他国の文化を理解しないことは、政治においても経済活動においてもマイナスでしかありません。韓国映画40%、ハリウッド映画30%、その他が30%くらいが理想ではないでしょうか」
そうした状況は日本も同様です。
日本映画製作者連盟による日本の映画興行売上の統計によれば、多様な文化背景を持つ映画が輸入され「ミニシアター全盛」と言われた時代(90年代半ば~2000年代半ば)は、国内興行で邦画が占める割合はほぼ30%台で推移していますが、リーマンショックが起きた2008年以降は50%を割ったことがありません。昨年の国内興行で邦画が占める割合は、本数で約51%、売上げで約55%。売上げの残る45%のうちハリウッド映画が占める割合は明確に示されてはいませんが、同協会が発表する外国映画興行売上ランキング23位まで、すべてがハリウッドメジャーの作品で、その合計だけでも772.6億円。売上全体の33.7%を占めています。
韓国との合作映画を製作し、国内で韓国映画の配給も手掛ける名古屋のシネマスコーレ支配人・木全(きまた)純治さんは言います。
「日本国内の興行に占める韓国映画の割合は7~8%。もし韓国映画が1本も公開されなくなっても、大きな影響はないでしょう。でもやはり文化の多様性という意味では、いいことはありませんよね。ただ、この嫌韓ムードの中でも、うちの劇場での韓国映画の入りは悪くなってはいないんです。今の嫌韓が、政治と報道で意図的に作られているものだからだと思いますね。もちろんそういう状況がずっと続けば、今後はどうなるかわかりませんが」
取材の最中に関係者から耳にしたのは、「某テレビ局ばかりを見ていると、韓国に行ったら何かされるんじゃないかと思ってしまう」という言葉です。映画祭に来ていた日本人観客にも話を聞いたところ、多くの人が訪韓前に周囲から「今行って大丈夫なの?」と聞かれたと言います。これに関しては、今回の釜山国際映画祭で「アジア映画人賞」を獲得した是枝裕和監督が答えてくれました。「そういうことを信じてしまうのは、実際に韓国に来たことがない人だと思う。僕はこの20年間で何度も韓国に来ていますが、一度も反日的な行動で被害を被ったことはありません」。
釜山国際映画祭に参加した人たちが語った「映画ができること」
そういう状況下で開催された今年の釜山国際映画祭。毎年高い人気を誇る日本映画のチケットは、今年も開催前に完売。開幕式の翌朝一番に上映された『楽園』では、瀬々敬久監督がQ&Aに登壇し、日韓関係に触れながら以下のように話し、満場の客席から大きな拍手を浴びました。
「映画の中で描かれる外国人差別や村八分は、日本のある部分を表していると思います。自分の国だけを大事にしていがみ合う――そういう状況があらゆる場所にある現代ですが、どうしてそうなってしまったのか。僕はそうした差別のようなものを超えられる世界を目指したいし、映画を見ている時はそういうものが超えられる。僕も韓国映画を見るし、皆さんも日本映画を見てください」
一方、10月5日の『真実』(公開中)の公式上映前に行われた「アジア映画人賞」授賞式では、受賞者である是枝裕和監督を「映画祭の長年の友人」と紹介した映画祭理事長イ・ヨングァン氏が、日韓対立を開催前日に釜山を襲った台風になぞらえ、こう話しました。
「彼の作品で私が一番好きなのは『台風が過ぎて(『海よりもまだ深く』の韓国タイトル)』です。映画祭は今年も嵐に見舞われましたが、私はスタッフに言いました。是枝監督の作品を見て、彼のように楽しもう、そうすればやがて嵐は過ぎ去ってゆく。映画の中で父が息子に語ったように、大事なのは“どうなるか”ではなく“どうしたいか”なんだ、と」
取材に応じてくれた多くの韓国の映画人たちも、そうした思い――政治と文化は無関係――を持っています。こんなにも困難な局面で、なぜ日本の関連の仕事に関わるのか――その質問に、前出チャン・ゴンジェ監督はこう答えてくれました。
「日本人監督の描く世界が好きだし、映画祭などで出会い最も仲良くしているのは日本人の監督ばかりです。むしろこうした状況だからこそ、日本との作品を作りたい」
昨年は監督作『寝ても覚めても』が上映され、今年は審査員として参加した濱口竜介監督は、異なる文化の相互理解における、映画というメディアの有効性を次のように語ります。
「自分とは違う文化における考え方や、ものの見方は、交流し、今いる場所とは異なる視点を得ることでしか学べません。映画が特に有効だと思うのは、早くから字幕を付けるという手法が確立し、それ自体が国際的に行き来できるメディアになっているから。一般の観客は映画を通じて、映画の作り手の視点で、ものごとを見つめなおすことができるんです」
人間を描く映画の世界の周辺には、時に「情」「共感」のようなものが存在してしまいます。筆者はそうしたものに訴えることが政治的解決になるとも、そうであるべきだとも思っていません。むしろ政治的な局面で無用に感情的にならぬために、相手の文化を知ることが必要だと考えます。
政治やマスコミが作った対立に、個人が巻き込まれないこと
角川映画で働いた経験を持ち、現在は『幽霊の家』の企画に関わるプロデューサー、イ・ウンギョンさんは言います。
「今年、日本で撮影したかった作品は、結局は来年に延ばしました。でも、周りから”違う国もあるのでは”とは言われましたが、来年には当初の予定通り、神戸と札幌で撮影を進めるつもりです。韓国では日本の原作は相変わらず人気も高く、高い金額で取引されているのも事実です。韓流ブームの頃には、“いろいろな歴史があり、必ずしも仲が良いとは言えない両国であっても、こんなにも互いを理解しあえるんだ”と感じ、日本人も韓国人も本当に嬉しかったと思うんです。個人の行動は政治には決められない。今回もそれを市民が示していくことで、乗り越えていけたらいいと思うんですが」
「アジア映画人賞」受賞の記者会見で「映画を通じた連帯で、政治が超えられないものを超えられるはず」と語った是枝監督も、個人の存在を示していくことが大事だと語ります。
「まずは個人がそうした流れの中に取り込まれないこと。この20年、国家にからめとられてきた個、多様性、パブリックといった概念、その大切さを認識し、個としてヘイトやデマが蔓延る状況に抵抗してゆくことです。
もっと言えば、国や自治体、報道が放置している事態に対しては、日本映画製作者連盟や監督協会といったところが声明を出すことがあってもいいと思う。今の日本は「映画監督なら映画だけ撮っていろ」と言われてしまう状況ですが、僕は「映画監督は映画だけ作っていればいい」とは思いません。これはジュリエット・ビノシュも言っていたことですが、「映画人はパブリックパーソンだから、世の中の問題に対して自分の立場を明快にし、発言していくのは当然のこと」だと思います。声を上げる人も少しずつ増えてはいますが、もっと増えていってほしい」
加えて大切なのは、政治に影響されずに、交流を絶やさず続けてゆくこと。前出の濱口監督が続けます。
「積み重ねによってできてしまった政治的な状況に対して、文化はそれを急激に変える特効薬にはなりえません。文化が社会に与えるインパクトは、基本的には政治や経済に比べて小さなものです。ただ、作られた作品が、ある時期、ふとした瞬間に、遅れて対話を誘発することはある。だから一監督としてできるのは、そうなりえる作品を作ること。そして題材がふさわしければ、韓国と協働して映画をつくる機会を持つ努力を続けることも大事です。影響力が大きければ反発も大きい、それがこの20年ほどの日韓の政治状況で繰り返されてきたことだと思えば、文化の影響力が小さいことも悪いことばかりではない。小さいからこそ絶やさず積み重ねていけるものもありますから」
10月30日公開『天気の子』が、ある種の試金石
そんな中で、延期になっていた『天気の子』の公開が10月30日に決定したことについて、韓国のある興行関係者は、以下のような点で注目しているようです。
「配給会社としては、ファンとの約束をこれ以上は延ばせないという判断なのでしょう。新海誠監督の前作『君の名は。』は、韓国でも観客動員370万人を超える大ヒットを記録していて、ネットで公開された予告編動画には、アンチコメントと同じくらい、“でもこの映画は見たい!”といったコメントも見られます。どこまでヒットできるか、それがその後の日本映画の公開にも影響していくのではと思います」
前出・木全さんによれば「政治的状況を大きく変える力があるのは、大衆性を獲得した文化だけ」。世界中で話題を呼ぶ『天気の子』の韓国での興行がどう展開してゆくのか、日韓対立とともに、引き続き注目してゆきたいところです。
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