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【将棋竜王戦】羽生善治竜王に逆転勝ちを続ける、挑戦者のタイムマネジメント術

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 将棋界の最高棋戦で、羽生善治竜王(48)に広瀬章人八段(31)が挑戦する竜王戦七番勝負は、羽生竜王が2連勝の後、挑戦者の広瀬八段が2連勝して通算2勝2敗となった。注目の第5局は、12月4日(火)・5日(水)に行われる。挑戦者が連勝の勢いそのままにいくか、羽生竜王が流れを止めてタイトル通算100期に近づくか。非常に大きな勝負だ。

逆転勝ちを引き寄せた広瀬八段の戦略とは?!

 第3・4局は、いずれも羽生竜王が優勢で終盤戦を迎えたが、広瀬八段が逆転で勝利を飾った。

 タイトル99期を重ねた羽生竜王を終盤で逆転するのは並大抵のことではない。その要因には勝利へ向けて綿密に練られた広瀬八段の戦略があるとみている。

 その戦略とは、ズバリ持ち時間のタイムマネジメントだ。

広瀬八段のタイムマネジメント術

 竜王戦七番勝負は持ち時間各8時間。

 全4局の終局時の残り時間は以下の通りだ。

(全て羽生竜王ー広瀬八段の順)

第1局:1分ー1分

第2局:4分ー1分

第3局:1分ー51分

第4局:1分ー17分

 逆転劇となった第3・4局はいずれも、羽生竜王は持ち時間を使い切っており(使い切ると残りは0分ではなく「1分」となる)、広瀬八段は余している。

将棋連盟ライブ中継アプリより
将棋連盟ライブ中継アプリより

 第4局のこの場面が印象的だった。羽生竜王が優勢だったが、形勢が接近して迎えた図。谷川浩司九段のコメントにもあるように、この場面でノータイム(1分以内に指すこと。持ち時間を消費しない)で▲7ニ飛と指したのは驚きだ。

 残り時間は38分。難解なうえ逆転を意識して固くなり、思わず時間を消費してしまいそうな場面だが、ここでのノータイムは非常に決断がいい。対する羽生竜王はこの手に意表をつかれたか、持ち時間を使い残り時間が切迫する。そして直後に敗着が出てしまった。

 広瀬八段は、その敗着のすぐ後に勝利を決定づける一着を指した。その時点で残り36分。そこから貴重な7分を割き、勝利を引き寄せる妙手(▲7三飛成)を発見した。

 いくらプロでも残り時間が切迫すると思わぬミスが出るものだ。先日筆者も中継のある対局で、1分将棋(1手60秒以内に指す必要がある)のなか自分の意思と違うところに駒を打ってしまい呆然としたものだ。

 クイズ番組で、簡単な問題なのに時間に追われた解答者がミスを犯すのを思い起こしていただきたい。

 人は時間に追われると、落ち着いて考えることができなくなるものだ。

 それはタイトル99期を獲得した羽生竜王であっても同様だ。人間なのだから。

 8時間もあって時間を残しておけないものなのか、と思うのは自然だが、最高峰の二人が激突すれば形勢が均衡することが多く、難解な局面が続けば時間はいくらあっても足りないのだ。

 かなり早い段階からタイムマネジメントを意識しなければ、最後の勝負所に時間を残すことは難しい。そして時間が残っていないがために勝つチャンスをフイにするケースは多くある。

 広瀬八段は決断よく指し手を進めることで時間を残し、終盤戦では羽生竜王よりも残り時間を温存している。第3・4局はその戦略がズバリはまって、逆転のチャンスが訪れたところで残り時間を投入して勝利をつかんだ。

戦法選択によるタイムマネジメント

 ここまで全4局とも、戦法は角換わりできている。先日その理由を書いたが、戦法をめぐる情勢の他に理由があるのかもしれないと思い始めた。

 同じ戦法が続くと、必然的に似たような形になり、序盤で考える必要性が減ってくる。すなわち時間を消費せずに指し手を進めることができるのだ。広瀬八段は作戦面からもタイムマネジメントを意識しているのかもしれない。

最後まで見逃せない戦いに

 ここまで全4局とも、中盤までは羽生竜王がリードする展開となっている。わずかに利があるとされる先手番を羽生竜王が持つ第5局も、その流れになることが予想される。

 しかし終盤戦、広瀬八段は練られたタイムマネジメントで持ち時間を残し、猛追するだろう。第3・4局は羽生竜王の残り時間が40分を切った辺りで逆転劇が起きている。広瀬八段が羽生竜王を残り時間の切迫で追い込んだ時、何かが起こるかもしれない。シリーズの行方を大きく左右しそうな第5局を最後までお楽しみいただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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