深川麻衣の「元アイドル」からの決意「きれいに見せるつもりはなくて荒んだ感情をそのまま出そうと」
アラサーの元アイドルが仕事ナシ、男ナシ、貯金残高10万円の崖っぷちで、56歳のサラリーマンと同居生活を始めて……。元SDN48の大木亜希子による実録私小説が原作の映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』で深川麻衣が主演している。自身が乃木坂46で活躍した元アイドル。女優として順調なセカンドキャリアを歩み、やさぐれた役と境遇は違うように見えるが、心情的に共感できるところは多かったという。
エジプト旅行は冒険感がありました
――『彼女たちの犯罪』の取材のとき、「海外旅行を計画中」とのことでしたが、エジプトに行かれたんですね。
深川 「人生で一度はエジプトに行ってみたいね」と友だちと話していて、夏休みをもらえることになったので、思い切って行ってきました。ピラミッドとか、そこに行かないと見られないものばかりで、冒険感もありました。
――熱気球にも乗ったんですか?
深川 乗りました。空から見ると下のほうは、遺跡もあるけど畑も広がっていて、普通に農作業をしている人たちもいて。時代が混ざっている感じが面白いなと思いました。
――インスタでは「プチハプニングもたくさんあって」とありました。どんなハプニングがあったんですか?
深川 話すと長くなりますけど、ひとつは移動で飛行機に乗るとき、ターミナルの場所に迷ってしまって。出発時間がどんどん迫ってくる中で、「どうしよう⁉」と空港を走り回りました。現地の方たちに聞くと違うターミナルにいたようで、「あのバスに乗れ!」と教えてくれて、何とか辿り着いて間に合いました。他にもいろいろあった珍道中でしたが、すごく楽しい旅でした。
セカンドキャリアのもどかしさや不安は理解できました
――『つんドル』の原作は、役が決まってから読んだんですか?
深川 そうです。内容も実話ということも初めて知りました。
――「元アイドルという境遇も同じなので」とコメントされていましたが、女優として順調に歩んできた深川さんと、家賃5万円の風呂なしアパートに住んでいて会社も辞めた劇中の安希子は、「元アイドル」以外は全然違う境遇だったのでは?
深川 アイドルからセカンドキャリアに移った女性が壁にぶつかって、もどかしさや焦りを感じたり、不安になるのはすごく理解できました。私も事務所を移って、接する人や世界がガラッと変わりましたね。うまくいかないこともあるし、理想と現実のギャップに共感できます。安希子は目に見えて空回りしたり、変な方向に走ったりしますけど(笑)、「気持ちはわかるよ」と思いながら演じていました。
――深川さんにも理想と現実のギャップはあったんですか。
深川 ありました。「こういうふうにお芝居したい」と思っても、技量も何もかも足りない。肩に力が入りすぎて全然うまくできなくて、演出されたことに応えられない……とか。理想を持つのは悪いことではないけど、程よく力を抜くことは大事だと考えるようになりました。
――仕事は相次いで来ていた中での葛藤ですね。
深川 最初はお仕事をもらえるかも不安でした。
1人の俳優として自分に需要があるのか
――前回の取材で「20代はガムシャラだった」というお話がありました。安希子が「ゆっくりしてる時間なんてない」「ちょっとでも気を抜くと真っ逆さまに落ちちゃう」と言っていたような、立ち止まれない感覚もわかりました?
深川 グループを卒業してすぐの頃は、そう感じていました。スケジュールがずっと詰まっているのが当たり前だったので、仕事をしない時間があると焦ってしまって。グループ時代が忙しすぎたんだと、後からわかりましたけど、それがスタンダードになっていて、何もしてないと落ち着かなかったんです。自分の時間ができても、どう使っていいのかわからない。生活があまりにも変わって、最初はソワソワしていました。
――仕事をし続けていないと、取り残されるような焦りはなくて?
深川 それももちろんありました。グループの看板があったから、いただけるお仕事もあるかもしれないけど、その看板が外れた1人の俳優として、自分に需要があるのか。3年くらい経って仕事ができているのか。お休みが続くと、すぐ不安になっていました。
――安希子みたいに、自分で気づかないうちに体を壊していたりは?
深川 そういうことはなかったです。幸い事務所の方が話を聞いてくれて、「空いた時間は自分のために当てなさい」と言っていただいて。それまでなかった友だちとの時間や、どこかに出掛ける時間を作ったり、ゆっくり休日を過ごしたりして、意識的にインプットをするようになりました。そういうペースにだんだん慣れていった感じです。
看板が外れてもわかってもらえるように
――深川さんにとっては「元アイドル」の肩書きは、早く払拭したいものでしたか?
深川 アイドルだったときがあって、今の自分があるので、完全には切り離せません。大切に歩んできた道のりなので。私の名前を知ってくれる方が増えたら、おのずと紹介欄に「元乃木坂46」と書かれることは減っていくかもしれませんね。
――アイドル時代の話を振られるのが煩わしかったりはしませんか?
深川 そういうことは全然ないですけど、その話しかなかったら、ちょっと辛いかもしれませんね。今の自分を見てもらえなかったら、悲しいので。
――ものの考え方がアイドル時代と変わったりはしましたか?
深川 今のお仕事では、作品のためにいろいろな方が集まってチームになって、作り終えたら解散。出会いと別れの繰り返しで、いろいろな方と接する中でいただいた言葉によって、自分の価値観が少しずつ変わっていくのは、とても感じています。
要望に応えようと気持ちが先走ってました
――誰のどんな言葉で価値観が変わったんですか?
深川 自分の中にずっと残っている言葉は、いくつかあります。たぶん言ってくれた方は覚えていなかったりもするでしょうけど、映画で(同居する)ササポンが安希子に掛けてくれた言葉のように、何気ないひと言が残っていたりします。
――たとえば?
深川 ササポン役の(井浦)新さんとは、一度『おもいで写眞』でご一緒していて。そのときは台詞を交わすことはなく、数時間でひとつのシーンを撮っただけでしたけど、その後の中打ちで、ちょっとお話をしました。私と監督のやり取りを新さんが見ていて、「監督の要望に応えたくて『はい』と言ってしまう気持ちはよくわかる。でも、もし少しでも納得できないところがあるなら、しっかり話し合わないといけないよ」と、サラッと言ってくれたんです。それはめちゃくちゃ腑に落ちました。
――思い当たることがあったと。
深川 最初、私は自分が提案するより、監督が思い描く世界を100%表現したいスタンスだったんです。それがいけないわけではないけど、とにかく言われたことに応えようという気持ちが先走りすぎて。自分で消化してないところをすっ飛ばして「はい」と言っていたのが、たぶん新さんにはわかっていたんでしょうね。指摘されて「その通りだな」と思いました。
――その井浦新さんが今回、安希子と同居するササポン役。
深川 ご本人とはちょっと違う感じですけど、新さんのお人柄はササポンからそんなに遠くない感じがしました。すごく包容力のある方なので、安心できました。
経験は全部引き出しになっています
――「元アイドル」のメリットもありますか?
深川 いろいろなお仕事を経験させていただいたので、体力と精神力は鍛えられました。役者として「あの経験が役立った」みたいな明確なものは思い出せませんけど、やっぱり自分の中にあるものでないと引っ張り出せないので。楽しかったことも悔しかったことも全部、たぶん引き出しのひとつになっている気はします。
――芸能界以外のセカンドキャリアは、頭をよぎったこともないですか?
深川 趣味でやりたいことはいっぱいありますけど、仕事にするようなことは、今のところ考えてないです。
――仮に安希子のように、家賃5万円の風呂なしアパートとか生活が苦しくなっていたとしても、夢は諦めませんでした?
深川 リミットは決めていたと思います。3年とか5年とか自分の中で区切りを決めて、頑張ってもダメだったら諦めようと、考えたかもしれません。
「適当に」という言葉はすごくいいなと
――劇中でササポンに掛けられた言葉で、台詞を越えて深川さん自身にも刺さったものはありました?
深川 いっぱいありました。本当に名言がたくさん出てくるので。だから絞り切れませんけど、最初に会ったときの「まあ、適当に」という言葉はお気に入りです。
――肩の力が抜けて?
深川 そうですね。自分でも「まあ、いっか」という言葉が好きで、似ているかなと。いい意味での諦め。失敗しても、うまくいくことばかりでないし、やるだけのことはやったと思えば、ふっと楽になる感じ。モヤモヤしてしまいそうな感情が、そこでピッと切れるんです。「はい、次」みたいに転換できる気がする明るく軽い言葉で、すごく好きです。
――そこは深川さん自身、安希子が言われていたように「クソが付くほど真面目」な裏返しでもあるのでは?
深川 そうだと思います。最近もマネージャーさんに言われたばかりです。「仕事に対してすごく真面目で、肩の力が抜けない性分かもしれないけど、もうちょっと抜いていいよ」と。安希子と同じですね。
――真面目と繋がるのかわかりませんが、「さーせん」という台詞がなかなか言えなくて、どうしても「すいません」になっていたとか。
深川 普段言い慣れてない言い回しで、現場で「野球部っぽい言い方」と教えてもらいました(笑)。ニュアンスはわかっても、実際にやってみると、うまく言えなくて。何回か練習して、やっと「あっ、これか」と思いました。
ひどい顔をしているなと思ってました(笑)
――そんな真面目な深川さんが、『つんドル』ではやさぐれた顔を随所で見せています。
深川 てんこ盛りです(笑)。
――二日酔いとか毒を吐くとか、そういう演技も楽しんでやっているところはありますか?
深川 自分がどういう顔をして映っているかは、全然気にしていません。ひどい顔をしているんだろうなとは思っていますけど(笑)。安希子の泥くささ、観ている人が「なんでそっちに行っちゃうの?」となるような不完全さが、痛々しいけど共感していただけるポイントなのかなと。きれいに見せるつもりはまったくなく、荒んだ感情をそのまま表に出すことを心掛けました。
――「般若の顔」になっているシーンもありました。
深川 あそこはちょっと悩みました。般若って、どういう顔なのか。監督の前で「こうですかね?」とやっていた記憶があります。般若で画像検索もしたんですけど(笑)、変にコミカルになりすぎず、日常の延長線上がいいなと思って、あんばいを探りました。
――あと、予告編にも入っていますが、2階から幽霊のような顔を出したり。
深川 あのときは虚無というか。最初はもうちょっと表情を作っていましたけど、監督から「ボーッと見ている感じで」と演出があって、あの顔になりました。
自分が打破したいことを周りは気にしてなくて
――そういう顔を見せるのも、アイドルを卒業した直後から、特に抵抗はなかったですか?
深川 アイドルだったときは、MVのリップシーンとかで自分が映る数秒に力を入れることに慣れていたので、最初はカメラが近くにあると緊張していました。変に意識してしまう自覚があって。今もカメラを観ながら、それを相手だと思って台詞を言うときは、何かうまくできません。性分で苦手なのかもしれませんけど、慣れないといけないところですね。
――深川さんはアイドル時代に“聖母”と呼ばれてもいて。そういうイメージも、女優としては打ち破らないといけないこともありました?
深川 全然聖母ではないですから(笑)。グループから出たら、世の中で私のことを知っている人はあまりいないので、そこに縛られすぎてはいけないと思っていました。でも、自分が打破しなければと考えるほど、周りの人は意識していないようだったので、最初から気にせずやっていました。
ダメなところも全肯定するマインドで
――完成披露イベントでは、思い出深かったシーンに、ササポンと2人でスイカを食べる場面を挙げていました。
深川 本当に好きなシーンが多くて。スイカのところもそうですけど、女子3人で橋の上で叫ぶシーンも、台本を読んだときからとっても良いなと思っていました。
――日常ではやらないことですよね。
深川 なかなかできませんけど、安希子が親友の結婚を喜べなかったり、3人の友情は順風満帆ではなくて。それがあそこで、本当の意味で繋がっている感じがしました。
――この映画に出演して、深川さん自身の「今度どう生きていくか問題」について、改めて考えたこともありました?
深川 ダメな自分も「そのままでいいんだよ」と、全肯定してくれる映画だなと思いました。そのマインドはすごく大事だなと、ササポンの言葉を通じてハッとさせられたところもたくさんありました。SNSとかで人と自分をイヤでも比べてしまう世の中で、そういうことで悩んでいる方も「自分は自分」という気持ちになってくれたら嬉しいです。
――誕生日の安希子のように、来年は、10年後は、老後は……と考えたりは?
深川 今のところ、ないです(笑)。目の前のことだけで精いっぱい。いつか先のことまで考える余力が生まれたらいいなと思っています。
Profile
深川麻衣(ふかがわ・まい)
1991年3月29日生まれ、静岡県出身。
2011年に乃木坂46の1期生オーディションに合格。2016年に卒業して、本格的な女優活動を開始。主な出演作は、映画『パンとバスと2度目のハツコイ』、『愛がなんだ』、『僕と彼女とラリーと』、『今はちょっと、ついてないだけ』、ドラマ『日本ボロ宿紀行』、『特捜9』、『完全に詰んだイチ子はもうカリスマになるしかないの』、『サワコ~それは、果てなき復讐~』、『彼女たちの犯罪』など。11月3日公開の映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』に主演。
『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』
監督/穐山茉由 脚本/坪田文 原作/大木亜希子
出演/深川麻衣、松浦りょう、柳ゆり菜、猪塚健太、井浦新ほか
11月3日からロードショー