27年前から投票マッチングを導入するフィンランド 人気の秘密は「実験」と「進化」 公共局が語る舞台裏
あなたの考えと近い政党や候補者がわかる「ボートマッチ」「投票マッチング」「選挙コンパス」は北欧の選挙で重要な役割を占めている。
北欧諸国で浸透している背景のひとつは、中道右派・中道左派ともに、各政党の違いが小さいからだ。政権交代も起こりやすく、市民は投票先を変えることもある。投票マッチングは、投票先を決めるうえで役立つ「手助け」だ。
4月2日に国政選挙を控えるフィンランド。公共局YLEは投票日の1か月前に投票マッチングを公開した。
- YLEが最初の投票マッチングを公開したのは1996年のEU議会選挙
- 2023年は1800人の立候補者が投票マッチングの質問に回答
- つまり全国の候補者の7割が協力したことになる
フィンランドでは自分の支持「政党」がはっきりしているだけでは足りず、その政党からひとりの「候補者」を選んで、その人の候補者番号を投票用紙に記載しないといけない。
だから政党だけではなく、自分の考えに近い「ひとりの候補者」まで絞る必要がある。
筆者が住むノルウェーでは最低「政党」を絞っていればいいので、「候補者」まで決めないといけないフィンランドは、市民にとってより考えることが多いのだなと感じる。だが、市民が候補者まで選べる仕組みは、実は「若い議員」「女性議員」を増やしやすくもある。
そのためYLEの投票マッチングでは、自分の考えに近い「政党」を選ぶ用と、「候補者」を選ぶ用で質問表が分かれている。
透明性を重視、できるだけ裏側を公開
さすが「透明性」という言葉にこだわる北欧だけあって、YLEは質問を作る際に考慮したことや課題などをできる限り市民に公開している。各政党の回答なども82ページのPDFで公開しているほどだ。
YLE「投票マッチングが公開。このように機能」(フィンランド語)
同じ政党でも候補者の回答は異なる。各質問に対して、各政党の候補者たちの回答の割合も公開している。
また質問のいくつかはニュース番組でも党首などにさらに食い込んでインタビューをするなど、単に投票マッチングを公開して終わりではなく、市民にさらに広がるようにYLEのさまざまなチャンネルで深堀り展開されている。
投票マッチングの言語も、公用語のフィンランド語、スウェーデン語から、英語やサーミ語など、6言語から選べるから驚きだ。北欧諸国の投票マッチング中で最も多様な言語に対応しているのはフィンランドだと思う。
投票マッチングはどの国も選挙の度に「進化」しており、「今年はここが違う!」と説明があるのもお馴染み。次回のために、市民のフィードバックもアンケート募集している。
「選挙をわかりやすく市民に説明するのが上手だな」とさらに感じたのは、候補者の回答をデータ化して、各政党の傾向をカラフルなグラフィックにした特集だ。
候補者や政党の傾向をわかりやすく解説
フィンランド語の記事だが、リンク先に飛んでみると、「教育」「防衛」「自然」ごとに各政党がどれだけ関心を示しているか円の大きさに例えている。各政党が頻繁に使う「単語」をリスト化したり、「子ども」「メンタルヘルス」「経済」など、各政党の関心度がテーマや言葉ごとで分かるようになっている。
候補者からの回答を分析し、「社会民主党(マリン首相の中道左派政党)」と「国民連合党(野党・中道右派政党)」の一部候補者は「最も利益団体のメッセージを繰り返し」ており、「左翼同盟党」の候補者は「政党政治を最もコピーしている」とも説明している。
※「利益団体のメッセージを繰り返す」のは問題でもあるが、反対に現地の市民団体のロビー活動の文化が強いこと、市民団体の声に大政党が耳を傾けているとも解釈できる。
候補者を絞る30の質問の中で、筆者が「フィンランドらしいな」と個人的に印象に残ったものを3つ紹介したい。
①たとえフィンランド人の人々にとって費用がかかるとしても、フィンランドは気候変動を遅らせるパイオニアでなければいけない
実はこの質問は過去の選挙の投票マッチングでも登場した問いだ。
北欧諸国は気候危機に対して「恵まれた自分たちにできなければ、誰ができるんだ」と、責任感と罪悪感を内在していると筆者は感じている。
「気候問題を解決するにあたり、世界でもモデルとなるような行動をしなければいけない・いけないのか?」という問いが選挙質問に選ばれているのは、とても北欧らしい。
②たとえ企業の競争力を損なうとしても、私たちは中国への依存を減らすように努めるべきだ
スタートアップの祭典スラッシュでサンナ・マリン首相が「中国に依存しなくてもいいように、自国力を高めなければいけない」とメッセージを昨年発したことにも関連している。
実はノルウェー在住の筆者にとって、この質問がフィンランドの選挙で出てくるのは興味深い。ノルウェーの場合はノーベル平和賞でのごたごたもあり、中国ともっと仲良くしようとする姿勢が強いからだ。「中国なしでも自立するぞ」というフィンランドの強い姿勢は、ロシアからの学びもあるのだろう。
③NATOは争点ではない
フィンランド国政選挙は、今年は世界的な注目度が高い。若きサンナ・マリン首相の手腕を市民がどう評価するのか、NATO加盟申請中でもあるからだ。
だが、実はNATOは選挙ではあまり話題になっていない。すでに加盟申請の手続きは進んでおり、右派も左派も「加盟したい」という意向は同じだからだ。
そのため自分の考えに近い「候補者」を選ぶ質問票でもNATOの文字は目立たない。
代わりに、ロシアも位置するバルト海にある「オーランド諸島」の「非武装化は放棄されるべきか否か」が問われている。
「政党」を選ぶ質問票には「フィンランドにNATO基地を常駐させるべきか否か」は問われている。
すでに国民が見ている先は、NATO加盟「後」の国の行く末だ。
「質問にしたい質問が多すぎる」悩み
公共局YLEのニュースラボ「民主主義とデジタル化」リーダーであり、投票マッチングのリードデザイナーでもあるアキ・ケカライネンさんに舞台の裏側を取材した。
「YLEの政治専門のジャーナリストと投票マッチングの専門家でなる10人ほどのチームで質問を決めました。外部機関からもフィードバックをもらい、ユーザーテストもし、追跡調査もします」
「政党と候補者は実際には事前にもっと多くの質問に回答しているんです。異なる見解を反映する質問を、最終的に我々が選びます」
政党や候補者の違いを知る手助けになる良い質問づくりは、「簡単なタスクではない」とケカライネンさんは答える。
投票マッチングづくりの課題は「多すぎる質問」だそうだ。
「ユーザーエクスペリエンスの観点で言えば、質問が多すぎると課題になります」
「またフィンランドでは投票マッチングの数が増加傾向にあり、候補者は暴対な時間を費やさないといけないことで不満が溜まっています」
「我々の調査によると、投票先を決定する際に、選挙マッチングが最も重要な情報源になっています。特に若い投票者にとって」
質問が多すぎるとユーザーや候補者に負担になるが、製作側からすると「世の中には重要で興味深い問いが多すぎて、投票マッチングの質問に入れきれないこと」も悩みどころだそうだ。
フィンランド国内のメディアなどが出す数多くの投票マッチングの中で、公共局YLEの者を利用する人が最も多いだろうことは予想がつく。その大量のデータはどう扱っているのだろう?
膨大なデータや個人情報は?
公表するデータ
- 政党や候補者の情報
公表しないデータ
- 投票マッチングがどのように使われているのか
- ユーザー個人の回答
「ひとりひとりがどう回答したかのデータはセンシティヴなので公表しません」
進化する投票マッチング、今年の特徴は?
異なる政党を探しやすくした
「選挙では24政党が登録されていて、小さな規模の政党はあまり知られていません。若い有権者は、大きな規模の政党さえも深くは認知されていなかったりもします」
候補者データを増加
「候補者が質問に1分で回答する動画を追加できるようにしました」
投票マッチングが人気あるのは実験が可能だから
「投票マッチングの目的は『投票の仕方』を知ることではなく、『投票する上でのできる限りたくさんの情報を提供する』ことです」
良い投票マッチングをつくるためには、情報セキュリティとアルゴリズムの強化・保護も鍵だとケカライネンさんは話す。
「情報提供の役割は伝統メディアもしていますが、投票マッチングでは実験が可能です。だからこそ、とても人気で重要なんです」
「選挙がある度に、投票マッチングが次のために成長するように、私たちは膨大な作業時間を費やしています」
「メディアが伝えることは選挙に影響します。だからこそYLEは投票マッチングを真剣に捉えていますし、投票マッチングはフィンランドの民主主義にとって便利で大事なツールとなっているんです」
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日本でも始まってきた投票マッチング。今後もっと浸透したら、製作した側がどのように質問を作ったのか、誰が質問作りに関わったのか(多様性あるグループで話し合って作ったか?)、各政党や候補者にはどのような傾向があるのかなどを「分かりやすく」公表していくといいのではないだろうか。
最後にぜんぶの質問30はこちら。あなたが気になる質問はどれ?
※自分の考えに近い「候補者」を投票区「ヘルシンキ」で設定した場合
- フィンランドは公的な「第三のジェンダー」を導入したほうがいい
- 「遠方では利用できる公共サービスが少なくなる」ことは受け入れなければいけない
- フィンランドでは社会的支援で生活することが簡単すぎる
- 将来も毛皮農家は許可されているべきである
- 市民の意思決定の直接参加を増やすためには、より多くの国民投票が実施されたほうがいい
- 肉の生産に対する補助金は、気候への影響を考慮して削減したほうがいい
- 気候排出量を吸収する炭素吸収源(カーボンシンク)を増やすためにも、森林伐採を制限する必要がある
- 国は環境のためにも、消費量を減らすように市民に呼び掛ける必要がある
- 生物の多様性を強化するためにも、フィンランドは全ての自然林を保護しなければいけない
- たとえフィンランド人の人々にとって費用がかかるとしても、フィンランドは気候変動を遅らせるパイオニアでなければいけない
- たとえ企業の競争力を損なうとしても、私たちは中国への依存を減らすように努めるべきだ
- オーランド諸島の非武装化は放棄されるべきだ ※筆者補足 フィンランドに属するオーランド諸島は非武装の中立地帯となっている。つまり軍事的な存在が許可されていない。だがロシアによるウクライナ侵攻でバルト海の安全保障が危惧され、バルト海に位置するオーランド諸島の自治権に影響がでるのではないかと緊張が走っている
- 政府の支出と収入のバランスがとれている場合は、増税ではなく、支出の削減がされるべきだ
- 国は、サービスを削減するよりも負債を増やすことのほうが望ましい
- 国はキャピタル・ゲインに対する税金を高くするべきだ ※筆者補足 キャピタル・ゲイン=土地や株式など資産の値上がりによって生じる利益
- 収入に応じた失業給付の受給期間は短縮されたほうがいい
- 年金受給者の貧困は、保証年金の増額によって減らすべきである
- 心理カウンセリングは30歳未満の人には無料であるべきだ
- 必要であれば他の科目を犠牲にしてでも、小学校では体育の科目を増やさなければいけない
- 大麻の使用は合法化されるべきだ
- フィンランドでは薬物使用室を利用できないようにするべきだ
- 大学ではフィンランドの学生にもセメスターフィーを導入する必要がある ※筆者補足 学期ごとに支払う料金
- フィンランドでは割当難民の受け入れ数を減らすべきである ※筆者補足 EUが加盟国に義務的に割り当てている難民の受け入れ人数
- フィンランドの福祉社会を維持するためには労働目的で居住する移民が必要だ
- 企業には「EU内で人材を見つけることができない」という証明なしで、EU圏外から人材を雇う自由があるべきだ
- ガソリンとディーゼルの税金は引き下げるべきだ
- あらゆる教育課程において、スウェーデン語の学習は任意で決めるべきだ ※筆者補足 フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語
- ヘルシンキは社会・保健・救急サービスを引き続き独自に提供したほうがいい
- ヘルシンキ地域では渋滞税を導入したほうがいい
- フィンランドは、医療分野で熟練労働者を引き付けるために、フィンランド語とスウェーデン語の要件においては柔軟に対応したほうがいい
Text:Asaki Abumi