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昇格即三冠はアウェイの鹿島アントラーズ戦が分岐点だった。「仕上げのリンス」は再び現れるのか?

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
途中出場でたびたび勝負強さを見せたリンス(右)。「仕上げのリンス」として話題に(写真:アフロスポーツ)

 長いJリーグの歴史を振り返っても、J1リーグに昇格したシーズンに三冠を達成したのは2014シーズンのガンバ大阪のみ。当時の指揮官、長谷川健太監督(現名古屋グランパス監督)のもとで、ド派手な復活劇を見せたガンバ大阪だったが、長丁場のリーグ戦でチームが逆転優勝へと勢いづいたのはアウェイの鹿島アントラーズ戦だった。10年ぶりのタイトル奪還を目指す大阪の雄は6月26日、県立カシマサッカースタジアムに乗り込むことになる。10年前とのいくつかの符合を取材ノートをもとに振り返る。

10年前も5連勝で迎えた鹿島アントラーズ戦

 2014年10月5日の鹿島アントラーズ戦は三冠イヤーにおけるベストマッチの一つ。未だにその興奮を覚えているサポーターも多いはずだ。

 一つ目の符合は6連勝を賭けた大一番であるということだ。

 試合前の段階で勝ち点46で4位だったガンバ大阪に対して勝ち点49の鹿島アントラーズは2位。

 現在と同じく、5連勝中だったガンバ大阪だが、まだ優勝を意識する選手はおらず、強気な長谷川監督も試合前は過度な色気を出していなかった。「優勝を目指すなら勝たないといけないけど、ACLを考えれば引き分けも悪くない」と話していた。

 試合を振り返ると、常に鹿島アントラーズに先手を取られる苦しい展開だったが1対2で迎えた後半26分には宇佐美貴史の華麗なクロスをパトリック(現名古屋グランパス)が合わせて、試合は振り出しに。

 同点に追いついた直後、長谷川監督にスイッチが入る。

 「勝負を決めないといけないというような試合を両チームがしていたし、ここで引けねぇなと思った」(長谷川監督)。

 アウェイの鹿島アントラーズ戦は引き分けでも悪い結果ではないが、指揮官はブラジル人FWのリンスを後半27分に投入。後半の切り札でもあったリンスは「仕上げのリンス」なる言葉で知られたが、後半48分に遠藤保仁(現ガンバ大阪コーチ)の浮き球を受けて、強烈な一撃を突き刺し、チームに勝利をもたらした。

当時も現在も選手が口にする「危機感」という言葉

 そんな劇的な勝利を収めた試合前、阿部浩之(現湘南ベルマーレ)は「残り7試合は長いけど、先は考えずに1試合1試合戦えればいい。皆が危機感を持ってやっている」と好調のチーム状態に油断することなく、気を引き締めていた。前年までJ2リーグを戦い、2014シーズンもW杯開催による中断期間前は16位の降格圏内に沈んでいたガンバ大阪だけに、誰もが軽々しく優勝を口にせず、目の前の戦いに集中してきたのだ。

 ダニエル・ポヤトス監督が就任した昨季、残留争いに苦しみ16位でシーズンを終えただけに、やはり現在の選手たちも当然ながら「優勝」という言葉を口にすることはなく、一戦必勝のスタンスを崩そうとはしない。

 リーグ戦を折り返した段階で19試合14失点。首位を走るFC町田ゼルビアとの勝ち点差はわずか2だが、驚異的な堅守を支える中谷進之介は、奇しくも10年前に阿部が語った「危機感」を鹿島アントラーズ戦の2日前に口にした。

 「神戸に勝ったのは凄く大きかった。ただ、5連勝しているチームの雰囲気じゃない。今日の練習でも全員が喜んでいる感じでもないし、地に足がついてやれている。どこで転げるか分からない怖さがあるので皆が危機感を持ってやっている」。

カシマスタジアムの難しさを知る宇佐美貴史という存在

 10年前のカシマスタジアムのピッチに立った選手のうち、今もガンバ大阪に在籍するのは宇佐美と東口順昭、そして倉田秋の3人のみ。サッカーのスタイルも選手の顔ぶれも変わったガンバ大阪だが、未だに変わらないのがエース、宇佐美の存在である。

 当時の背番号39から背番号7に変わった宇佐美だが、アウェイの鹿島アントラーズ戦の難しさは承知済み。だからこそ、前年王者のヴィッセル神戸を下した直後、「個人的には3連戦の中でアウェイの鹿島戦が一番難しいと思っているのでしっかりと準備したい」と気を引き締めた。

 10年前は、プロ入り後初めて対戦するアカデミー時代の仲間、昌子源(現FC町田ゼルビア)について「同じところから育った選手として対戦は楽しみだし、間違いなく鹿島の守備を支えている選手」と語った宇佐美だが、今はキャプテンとしてチームの勝利だけにフォーカス。

 「チームとしての伸びしろは、さらに伸ばしながらも個人としてさらに数字(ゴールやアシスト)を加速させていきたいし、もっと攻守両面と、ピッチ内外でリードしていけるように頑張りたい」とキャプテンらしい言葉を口にする。

「仕上げる男」は現れるのか

スピードと圧巻のフィジカルを兼ね備えるウェルトンが「仕上げる」か
スピードと圧巻のフィジカルを兼ね備えるウェルトンが「仕上げる」か写真:ムツ・カワモリ/アフロ

 10年前と同じく、ガンバ大阪も鹿島アントラーズも優勝を狙いうる立ち位置で激突する。激戦は必至だが、「仕上げのリンス」を再現しうる選手は今のガンバ大阪に揃っている。

 ヴィッセル神戸戦でゴラッソを叩き込んだ「タンキ(ポルトガル語で戦車)」ウェルトン。コンディションを上げてきたチュニジア代表FWのイッサム・ジェバリ。売り出し中のホープ、坂本一彩。スピードスターの山下諒也。古巣相手に燃えるファン・アラーノ。そして心技体が充実中の至宝、宇佐美。

 仕上げる男は、果たして誰だーー。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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