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アメリカのカフェで広がる“恩送り” 後ろに並んでいる人を元気づける一杯のコーヒーとは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
スタバなどのカフェで広がる“恩送り”の一杯のコーヒー。(写真:ロイター/アフロ)

 行方不明になった2歳児を救出したボランティアの尾畠春夫さんが“時の人”となっています。尾畠さんがボランティアをしているのは、今の自分を作ってくれた社会に恩返しするため。

 恩返しをしている尾畠さんは、“恩送り”をしていると考えてもいいかもしれません。“恩送り”とは、“Pay It Forward”と英語では呼ばれますが、誰かから受けた恩を、直接、その人に返すのではなく、別の人に送ること。もちろん、見返りなどは一切受けません。

 アメリカでは、先日、オハイオ州に住むマッケンジー・モーラーさんが、スタバで、後ろに並んでいた、見ず知らずの女性のコーヒー代を支払うという“恩送り”をしたところ、その女性から心温まる感謝のメッセージを受け取ったことが、話題になりました。

 モーラーさんが8月7日にした以下のツイートは、2万回以上リツイートされて拡散されました。

「昨日、スタバで、私の後ろに並んでいた女性のコーヒー代を払ったんです。その日、家に帰ると、郵便箱にこのメッセージが入っていました。小さな行為であっても、大きなインパクトを与えることができる。思いやりを広げて行きましょう」

一杯のコーヒー以上の素晴らしい行為

 

 郵便箱にあったメッセージは、モーラーさんの後ろに並んでいたニコル・クローソンさんが残したもので、こう書かれていました。

「コーヒー、ありがとうございます。スタバに行って自分にご褒美をあげることなどめったにないのですが、ここ数ヶ月は、ちょっと苦闘していたのです。ベビーシッターをしてくれていた父が他界したからです。家族も子供たちも本当に大変な状況になりました。今朝は、ベビーシッターが病気で来られなくなったので、仕事を休まねばならなくなりました。それで、子供たちの朝食とコーヒーを買いに行ったのですが、その時、罪悪感を感じていました。しばらくの間、仕事を辞めて家にいなくてはならなくなるからです。それは私の人生計画にはなかったことでした。そのため、仕事を辞める精神的準備も経済的準備もできていませんでした。コーヒーを買ってくれたあなたの優しさに涙が出ました。数軒先にあなたが住んでいることを知り、嬉しくなりました。あなたのした行為は一杯のコーヒー以上のものだということをお知らせしなくてはと感じたんです。それは、私の1日を良いものに変え、涙を誘い、スマイルさせた素晴らしい行為でした。とても感謝しています。ありがとう!」

モーラーさんが“恩送り”したクローソンからもらった感謝のメッセージ。
モーラーさんが“恩送り”したクローソンからもらった感謝のメッセージ。

 クローソンさんは、ベビーシッターにキャンセルされたその朝、これからは、働き手として家計を支えられなくなることに罪悪感を感じながら、スタバのドライブスルーレーンに並んでいました。そんな時、前に並んでいた、見ず知らずのモーラーさんが買ってくれた一杯のコーヒー。クローソンさんの感動はいかばかりだったでしょう。モーラーさんが偶然近くに住んでいることがわかったクローソンさんは、感激のあまり、上のメッセージを郵便箱に入れたのでした。

 モーラーさんが、見ず知らずのクローソンさんのコーヒー代を支払うという“恩送り”をしたのには理由があります。モーラーさん自身も以前、見ず知らずの人がコーヒー代を払ってくれたという経験をしたことがあったからです。見ず知らずの人から受けた恩を、自分もまた見ず知らずの人に送ろう。モーラーさんはそう感じていたのです。

 クローソンさんのメッセージに感涙したモーラーさんは彼女の住まいを探し出し、二人は繋がることができました。

 モーラーさんのした小さな親切は人々に感動を与え、彼女は見ず知らずの人から150ドルを送られました。彼女はそのお金でスタバカードを買い、クローソンさんに送りました。さらには、クローソンさんの子供たちのベビーシッターとなると申し出たのです。クローソンさんは、自分の子供たちもまた、誰かに“恩送り”をする人に育つだろうと感じています。

“コーヒーで恩送り”はどこから来たのか?

 モーラーさんのした“恩送り”を知り、筆者は一年ほど前のある出来事を思い出しました。サンタモニカのあるカフェで、コーヒーを買おうと列に並んでいたのですが、注文して、支払おうとすると、レジ係の人にこう言われたのです。

「あなたのコーヒー代は、前にいた女性が支払い済みです」

 見ると、私の前に並んでいたブロンドの若い女性がスマイルを送っています。なぜ、見ず知らずの私なんかに、コーヒーを買ってくれたんだろう? この時、コーヒーで“恩送り”が行われていることを知らなかった筆者は、ただただ、怪訝に感じ、彼女の行為は筆者の中に、謎として残されていました。しかし、今回、モーラーさんのした“恩送り”がその謎を解いてくれたのです。

 見ず知らずの人のコーヒー代を払うという形の“恩送り”の起源は、イタリアはナポリにあります。同地では、20世紀に入る前後、カフェで、自分のコーヒー以外に、コーヒーを買えない恵まれない人のコーヒー代も先払いするという習慣が生まれ、そのコーヒーは「保留コーヒー(Suspended Coffee)」と呼ばれていました。「保留コーヒー」と呼ばれているのは、そのコーヒーが、必ずしも、客がコーヒー代を支払った時に恵まれない誰かに飲まれるわけではなく、恵まれない誰かがほしいと訴える時まで保留にされるからです。

 リーマンショック後、経済危機に見舞われて貧困に苦しむ人が増加した同地では、2011年頃、一杯の「保留コーヒー」でする“恩送り”が復活、ナポリは、12月10日を「保留コーヒーの日」に制定しました。

 それから2年後、「保留コーヒー」のコンセプトを知ったアイルランド在住のジョン・スウィーニーさんが、フェイスブック上に「保留コーヒー」のページを立ち上げ、「保留コーヒー」は世界中のカフェに広まって行きました。

 アメリカでは、2014年8月、フロリダ州のスタバで、ある女性が後ろに並んでいる人のコーヒー代を支払うという“恩送り”をしたところ、彼女に続いて、同日、同じ店で、378人の人々が次々と“恩送り”をして話題になったのをきっかけに、ムーブメントに発展して行きました。

“恩送り”が繋がりを生み出す

 今回、モーラーさんがした“恩送り”が注目されたのは、それが本来はさりげなく、見返りを求めずに行われる行為であるにもかかわらず、恩を送られたクローソンさんが、“恩送り”が与えるインパクトの大きさを伝えようとモーラーさんに感謝のメッセージを残し、繋がりを生み出すことができたからです。

 

 筆者は、当時、その行為が“恩送り”だとは気づかず、狐につままれてしまったわけですが、“恩送り”を受けたその日は、一日、とても気持ちが良く、フェイスブックにも、見ず知らずの人から受けた“小さな優しさ”について投稿したほどでした。

 そして思いました。今度は、私が、後ろに並んでいる見ず知らずの誰かにコーヒーを買おう!

 もちろん、後ろに並んでいる人がどんな人であるかはわかりません。しかし、人はみなそれぞれ、多かれ少なかれ、大なり小なり、問題を抱えながら生きています。思いがけずに受けた“一杯のコーヒーという小さな思いやり”は、誰にとっても、“大きな励まし”になることでしょう。モーラーさんの“恩送り”はまさに、そのことを教えてくれました。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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