バルサがメッシと「再契約」に至らなかった理由。ネイマール・ショックと「MSN」時代からの方向性。
いなくなって、初めてその偉大さが分かるかも知れない。
バルセロナが、リオネル・メッシの退団を発表した。昨季限りでバルセロナとの契約が満了を迎えていたメッシだが、“再契約”に向けて父親であり代理人を務めるホルヘ・メッシ氏がジョアン・ラポルタ会長と交渉を続けていた。
しかし、新契約締結には至らなかった。コロナ禍で財政が圧迫されるバルセロナとしては、サラリーキャップの問題があり、ラ・リーガが求める条件を満たすために、メッシの放出を決めざるを得なかった。
「もう以前のように戻ることはない。カンプ・ノウも、バルセロナの街も、僕たちも。20年以上が経って、ついにバルサのユニフォームに袖を通さなくなる。時に、現実は非常に残酷だ」とはメッシの退団を受けてのジェラール・ピケの言葉だ。
「僕たちが出会ったのは2000年のことだった。僕たちは13歳だった。その後のキャリアは…。信じられないものだったよ!その時に未来をデザインしていたとしても、こんな風にはならなかったと思う。僕がバルサに復帰して最初のシーズンに、3冠を達成した。君は世界最高の選手になった。ロサリオから出てきて、ローマで頂点に達した。あそこから伝説が始まったんだ」
■13歳のメッシと治療費
メッシは13歳でバルセロナのカンテラに入団。当時、成長に関してホルモンの問題を抱えていたメッシに、バルセロナが治療費の負担を約束する形で入団が決定したのは有名な話である。
そして、メッシはそれに答えるように、2004−05シーズンにトップデビューを果たして以降、バルセロナで活躍した。778試合672得点。合計で35タイトルを獲得。そこには、4度のチャンピオンズリーグ優勝が含まれる。個人としても、6度のバロンドール(FIFAバロンドール含む)受賞を果たして、名実ともに世界最高のプレーヤーになった。
バルセロナの“過ち”は、どこから始まっていたのか。
昨年夏、メッシの退団騒動は世間を賑わせた。ジョゼップ・マリア・バルトメウ前会長とメッシの関係は最悪だったと言っていいだろう。幾度となく約束を反故にされ、メッシの怒りのボルテージは頂点に達した。弁護士を通じてBurofax(ブロファックス/内容証明郵便)を出し、退団の意向をクラブに伝えた。
最終的には、メッシが契約下にあるというバルセロナの主張が通った。契約解除金7億ユーロ(約910億円)を支払えるクラブは存在せず、メッシの残留が決まった。しかし、バルトメウ前会長が辞職して、ラポルタ会長が就任してからも、光は見えなかった。その帰結が、2021年夏のメッシの退団だった。
■膨れ上がった選手たちの年俸
確かに、メッシの退団に関しては、サラリーキャップの問題が大きかった。選手の総年俸額と移籍金の減価償却費を収入の70%以下にしなければならないのは、コロナ禍で財政が打撃を受ける状況で厳しかった。
だが、そもそも、なぜ選手の総年俸額がそれほどまで膨れ上がってしまったのかという点が問題だ。
話は2010年に遡る。サンドロ・ロセイ氏が、第一次政権を終えたラポルタ氏から会長のポストを引き継いだ。「就任して、言われていた以上に負債があることが判明した。金庫にお金がない。少しずつ、それを整えている。私はタフな性格だ。警備員へのケータリングをやめて、コピーはカラーから白黒にした」とはその頃のロセイの弁である。
一方で、バルセロナは大物選手獲得を画策していた。実現したのは2013年夏で、選ばれたのは、ネイマールである。
バルセロナは移籍金5710万ユーロ(約74億円)でサントスからネイマールを獲得した。しかしながら、バルセロナのネイマール獲得には不正があったとされ、その騒動は裁判に発展した。実際には8600万ユーロ(約112億円)以上の資金がオペレーションに費やされたとみられている。
2014年1月にロセイは辞任に追い込まれたが、バルセロナはすでに迷宮に足を踏み入れていた。
ネイマールが加入した頃、メッシの年俸は1600万ユーロ(約21億円)だった。そして、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタがメッシに続いて、サラリーの序列はある程度定まっていた。
ただ、メッシの2014年夏の契約更新(年俸2000万ユーロ/約27億円)、ネイマールの2016年夏の契約更新(年俸2500万ユーロ/約32億円)から分かる通り、主力選手の年俸は右肩がりになっていった。
2017年夏に“ネイマール ・ショック”が起きてからも、傾向は変わらなかった。ウスマン・デンベレ(獲得時の推定年俸1100万ユーロ/約14億円)、フィリップ・コウチーニョ(1350万ユーロ/約17億円)、アントワーヌ・グリーズマン(1700万ユーロ/約22億円)とネイマールの代役で加入した選手たちの年俸はバルセロナの大きな負担になった。
■黄金期と方向性
ネイマールの加入で、バルセロナには黄金期が訪れた。
バルセロナの黄金期とは、“ペップ・チーム”と“MSN”の時代に二分されるだろう。しかし、4年間で14個のタイトルを獲得したジョゼップ・グアルディオラ監督のチームにおいては、タイトル獲得数だけではなく、費用対効果が抜群だった。
セルヒオ・ブスケッツやペドロ・ロドリゲスを筆頭にカンテラーノを重宝していたため、大型補強を敢行する必要はなく、カンテラ上がりの選手の年俸はたかが知れていた。
一方で、メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールの豪華攻撃陣を擁して2014−15シーズンに3冠を達成したチームでは、補強や年俸という側面でコストが高かった。
そして、近年のバルセロナは、MSN時代の方向に舵を切っていた。それはスポーツ的側面の成功(主にチャンピオンズリーグ優勝)と選手売却やマーケティングによる収入に期待するビジネスモデルに終始する。その終着点が、メッシの退団なのだとしたら、その代償は大きい。
34歳のメッシを放出する。ひとりのベテランが去る。そこに留まるなら、まだいい。だがメッシがいなくなるのは、カンテラーノたちの大きな希望が絶たれることを意味する。
バルセロナというクラブで育ち、いつか世界最高の選手にーー。その未来を、彼らはこれから描けなくなる。そのカウンターは、鋭い刃になって、バルセロナに襲いかかってくるはずだ。