なぜバルサはメッシを退団させるのか?シティ、パリSG、チェルシー...新天地挑戦と獲得競争の行方。
リオネル・メッシが、バルセロナを去る。
6月30日にバルセロナとの契約が満了して、フリーの身となっていたメッシ。バルセロナとの“再契約”で基本合意に達したと伝えられていたが、8月5日にバルセロナから出された公式声明で退団する旨が発表された。
メッシは13歳でバルセロナのカンテラに入団した。2004年10月16日にトップデビューを飾り、以降、公式戦778試合で672得点を記録した。そのメッシがいなくなるというのは、バルセロニスタに大きなショックを与える一報だった。
「メッシに責められるところはまったくない。彼はバルセロナに残るために、全てを尽くしてくれた。彼は残留を望んでいた。その事実は決定的だった。彼の意思は鍵になっていた。個人的には、とても悲しい。しかし、バルサのことを考えて、ベストの決断を下した」」とはメッシ退団発表後のジョアン・ラポルタ会長の最初の言葉だ。
「メッシは素晴らしい財産を残してくれた。バルサで歴史を築いた。より多くの成功を勝ち取った選手で、豪華絢爛たる時代を象徴する選手だった。けれども、我々はそれを超えていける。そう期待している。メッシ以前・メッシ以後がある。我々は新しい時代に向かっていく」
■バルセロナの財政事情とサラリーキャップの問題
だが、バルセロナの実情を知れば、それは必然とさえ言える結果だったかも知れない。バルセロナは短期で7億ユーロ(約910億円)、長期で11億ユーロ(約1430億円)ほどの負債を抱えている。何より、この2年、新型コロナウィルスの影響で受けた打撃は大きかった。2019−20シーズンは9700万ユーロ(約126億円)の損失、2020−21シーズンは3億5000万ユーロ(約455億円)以上の損失があった。
とりわけ、サラリーキャップの問題にバルセロナは苦しめられてきた。
サラリーキャップとは、2013年にCSD(スペイン政府スポーツ上級委員会)とラ・リーガ(当時スペインプロリーグ機構LFP)が導入を決めたもので、ラ・リーガ1部と2部のクラブの債務削減を目的として採り入れられた制度である。
これにより、各クラブは選手とコーチングスタッフの年俸及び移籍金の減価償却費を全体の収入の70%以下に抑えなければいけない。
2021−22シーズンのバルセロナのサラリーキャップの額は3億4800万ユーロ(約452億円)。2018−19シーズン(6億3290万ユーロ/約822億円)、2019−20シーズン(6億7100万ユーロ/約872億円)とパンデミック襲来前と比較すれば、非常に厳しい状況であることが分かる。
定められた額を超過した場合、ラ・リーガにおいて新たな選手登録を行うことは許されない。過去、ヘタフェのペドロ・レオンやマラガの岡崎慎司が同様の問題で選手登録ができず、岡崎に至ってはマーケットが閉まる直前で契約解除が行われるという信じられない結末が待っていた。
メッシに関しても、彼らと同じように、「新たな契約にサインはしたが試合に出られない」というシチュエーションが起こり得るのだ。
当初、年俸50%減の5年契約で基本合意に達したと報じられていたメッシだが、それでも彼の年俸は6000万ユーロ(78億円)前後になるとされていた。それはクラブからすると、大きな負担になってしまう。コロナ禍では、尚更だった。
バルセロナはアントワーヌ・グリーズマンの売却を検討するなど、多くの選択肢を視野に入れて動いていた。高年俸の選手を放出し、なおかつ高額な移籍金が発生すれば、サラリーキャップの問題解決の目処が立つ。しかし、そうでなければ、メッシをはじめ、エリック・ガルシア、セルヒオ・アグエロ、エメルソン・ロヤル、メンフィス・デパイら新戦力の選手登録も不可能になる。二兎を追うものは一兎を得ず。そうなる前に、メッシと再契約をしないという手が打たれたというわけだ。
■メッシの移籍先
34歳を迎えているメッシだが、まだトップレベルでプレーできる選手であるのは間違いない。パリ・サンジェルマン、マンチェスター・シティ、チェルシーといったクラブが彼の動向を注視している。
パリSGは2011年にカタール投資庁の子会社にあたるQSI(カタール・スポーツ・インベストメンツ)に買収されて以降、移籍市場が開くたびに大型補強を敢行してきた。この夏も、アクラフ・ハキミ(移籍金7000万ユーロ)、ジョルジニオ・ワイナルドゥム(フリートランスファー)、ジャンルイジ・ドンナルンマ(フリートランスファー)、セルヒオ・ラモス(フリートランスファー)らを確保している。
しかしながら、この夏のパリSGは少し消極的だ。先述したように、獲得してきたのも大半がフリーになっていた選手である。というのも、クラブはネイマールとキリアン・エムバペを残留させるために注力してきたからだ。ネイマールについては、今年5月に2025年までの契約延長で合意した。一方、エムバペは契約期間が来年夏までというところで、契約延長にサインしておらず、レアル・マドリーが虎視淡々と彼を獲得するチャンスを狙っている。メッシーエムバペーネイマールという豪華攻撃陣は魅力的に映るが、まずはエムバペを繋ぎ止めるのがパリSGのプライオリティーになっている。
シティには、ジョゼップ・グアルディオラ監督がいる。バルセロナ時代にメッシの才能を開花させたのが、他ならぬグアルディオラ監督だ。バルセロナ、バイエルン・ミュンヘン、シティとビッグクラブで指揮を執ってきたが、ベストプレーヤーを問われた際には、常にメッシの名前をスペイン人指揮官は口にしてきた。
ただ、シティの今夏のトップターゲットはジャック・グリーリッシュとトッテナムのハリー・ケインであった。グリーリッシュの獲得を決め、シティはここからケインの獲得に本腰を入れるはず。メッシが補強プランに入っていたとは思えず、グアルディオラ監督とシティのフロントは場当たり的に選手獲得に動くタイプではない。
チェルシーは、最近ではインテルのロメロ・ルカクへの関心が取り沙汰されている。移籍金1億2000万ユーロ(約156億円)以上のオファーを準備しているとされ、資金に不足はないようだ。問題はトーマス・トゥヘル監督がメッシを欲するかどうかだろう。
スペインでは、2017年夏にネイマールが、2018年夏にクリスティアーノ・ロナウドが、ラ・リーガを離れて国外に新天地を求めていった。
今月4日には、ラ・リーガが投資系ファンドのCVCキャピタルパートナーズから巨額の投資を受けることで合意。バルセロナには2億7000万ユーロ(約351億円)が入ると見られ、これは朗報として伝えられた。
だが、その翌日にメッシの退団のニュースが届けられた。才能の流出は、ラ・リーガとしても、バルセロナとしても、大きな問題だ。メッシのBurofax(ブロファックス/内容証明郵便)と退団騒動から、およそ1年後ーー。猶予は生かされず、バルサのユニフォームに袖を通すメッシの姿は、すでに過去のものになっている。