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【現場から】クルド人自治区、イラクから独立機運―憤る隣国イランの本音

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
クルド人自治区の旗を掲げ、独立支持を訴える人々。イラク北部アルビルで筆者撮影。

 現在、筆者は、独立の機運が高まっているイラク北部クルド人自治区で取材中だ。クルド人自治区の独立の是非を問う住民投票が、現地時間本日に行われるが、これには、イランやトルコなどのイラク隣国の国々、そして米国も反対している。とりわけ、国境沿いで軍事演習を行うなど、住民投票への露骨な圧力を加えているのがイランだ。こうしたイランの振る舞いについて、日本のニュースでは「国内に少数民族としてクルド人を抱えるイランは反発」と解説されることが多いと思われる。ただ、それも間違いではないのだが、本質は別のところにある。端的に言うと、

●現在のイラク政府はイランの強い影響下にあり、そのイラクが分裂することは、イランにとって面白くない、ということが一番大きいのではないか。

●クルド人の多くは、イスラム・スンニ派であり、それもイスラム・シーア派の総本山イランがクルド国家の誕生を警戒している理由ではないか。

●イラク正規軍に組み込まれている民兵組織「ハシド・シャービ」はイランの強い影響を受けている。クルド側の独立投票のタイミングで、その帰属が論議を呼んでいるキルクークのすぐそばで、IS(いわゆる「イスラム国」)掃討を始めたのも、クルド側へのメッセージというか、脅し的なものがあるのではないか。

ということだ。ともかく、イスラム・シーア派の総本山イランの動向と、それに対するイスラム・スンニ派の国々(例えばサウジアラビアなど)の動向を抜きに、ここ10年くらいの中東情勢を語ることはできない。

〇イラク政府とイランの関係

筆者は現在イラク北部クルド人自治区で取材中。
筆者は現在イラク北部クルド人自治区で取材中。

 さて、イラクでの最大勢力はイスラム・シーア派で、大体人口の6割くらいを占めるといわれている。こうした宗派の支持を背景に、イラク戦争以降、イラクの国会では常にシーア派の宗教政党が最大派閥としてその勢力を誇ってきた。また、これらの宗教政党のリーダー達は、イラク戦争前のフセイン政権時代は、イランに亡命していたのである。ちなみに、イラクのシーア派有力政党のダワ党は、当初、米国からはテロ組織扱いされていたのだが、イラク戦争によるフセイン政権崩壊後、ダワ党の幹部らをイラクに招きいれたのは、米国だったりする。ともかく、イラクのシーア派政党は、イランより財政支援も受けており、それにとどまらず、シーア派の民兵組織はイランから軍事支援を受けている。イラク最大の民兵組織であり、イラク正規軍にも組み込まれる「ハシド・シャービ」の構成員も、シーア派民兵が多数を占めており、イランの強い影響下にあるとみられている。

 問題は、イランの影響下にあったイラク政府やシーア派民兵組織が、フセイン政権の崩壊以後、大規模な「スンニ派狩り」を行ってきたということだ。特に2005年から2007年頃までスンニ派というだけで、人々を拘束し、苛烈な拷問の挙句に殺してしまうということが相次いだ。また、社会サービスやインフラ再建などでも、特にスンニ派が多いイラク西部は軽視され、シーア派の多いイラク南部が優遇された。そのため、スンニ派の人々は非暴力でのデモや座り込みを行ったが、イラク当局は実弾射撃などの徹底的な弾圧を行った。

 こうしたことの背景には、フセイン政権での弾圧への恨み辛みや、アルカイダなどのスンニ派を主体とするテロ組織がシーア派を敵視していたなどのことがあるが、それにしても、イラク政府は宗派間・民族間の融和とは程遠い振る舞いを続けてきた。そのことへの反発が、ISが短期間のうちにイラクで勢力を広げた最大の要因だったのだ。

〇クルド人達の自負と野心

ペシュメルガの仮装で独立集会に参加するクルド人親子。筆者撮影
ペシュメルガの仮装で独立集会に参加するクルド人親子。筆者撮影

 そのISと正面からぶつかっていったのが、クルド人の治安部隊「ペシュメルガ」だ。筆者のインタビューに応じたペシュメルガの大佐は「ISとの戦闘でペシュメルガは2000人が死亡し、5000人が負傷するなど、多大な犠牲を払ってきた」と語る。今、イラクのクルド人達が思い描く「クルド人国家」には、キルクークはおろか、モスルやシンジャルといったクルド人自治区の外の都市まで含まれているのも「北部イラクを解放した立役者は、ペシュメルガだ」という自負があるからだ(もっとも最終的にISをモスルで掃討したのは、兵力・装備ではるかに勝るイラク正規軍だが)。ただ、こうしたクルド側の自負は、イラク政府側から観ると、領域拡大の野心あらわ、といったものであり、それもイラク政府側、ひいてはイランを苛立たせているのだろう。

〇双方が自制を、国際社会も協力を

 今後、懸念されることは、その素行の悪さが恐れられるハシド・シャービがIS掃討でクルド人自治区の近くに派遣された際、ペシュメルガと衝突しないか、ということだ。特にそれはイラク最大の油田地帯キルクークのすぐそばでIS掃討が始まった今、いつ起きてもおかしくない状況だといえる。そしてそれが、さらに大規模な衝突に拡大しない保障もどこにもない。実際、筆者が話を聞いたクルド人自治区の住民達からは「絶対、内戦になる」との不安の声もあった。

 悲願の独立にむけ、テンションが上がり過ぎているクルド側も自制が必要だが、イラク政府側、そしてイラン側にも非常に大きな問題があることは、もっと注目されるべきだろう。そして、そもそも、このような複雑怪奇な混乱状態をイラクにもたらしたのは、イラク戦争とその後の占領の失敗の結果であり、この戦争を支持・支援した日本にも無関係ではない。いずれにせよ、国際社会はイラク北部情勢に注視し、交渉による平和的な解決を模索すべきだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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