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バットがいきなり出てくる…望遠レンズ越しに感じた近江・山田のスイングのすごさ

上原伸一ノンフィクションライター
今夏も甲子園では多くのカメラマンが決定的瞬間を求め、レンズ越しに選手と向き合った(写真:アフロ)

撮影が難しい打者のインパクトの瞬間

今夏も熱い闘いが繰り広げられた甲子園。ここはカメラマンにとっても戦いの場だ。炎天下にさらされる中、他の誰よりもいい写真、決定的場面を押さえようとしのぎを削る。

各社のカメラマンが撮りたい1つが、大会注目選手がホームランを打った時の写真だ。今夏で言えば、近江高の山田陽翔(3年)のホームランシーンである。

山田が登場する試合では、1塁と3塁のカメラマン席、そしてセンターバックスクリーン奥から、合わせて約50人ものカメラマンが、山田にレンズを向けた。1球たりとも集中力を切らすことは許されない。もちろん山田だけを撮るわけではなく、「打者担当」のカメラマンは、出場全選手の打席を撮影する。

ホームランを打った写真には、バットを振り切ったフォロースルーの形で外野スタンドを見ているところや、2塁ベースを回りながらガッツポーズをしているところなど、いくつかパターンがあるが、カメラマンが是が非でも撮りたいのが、インパクトの瞬間、バットにボールがくっついている「絵」だ。

ただ、それはプロのカメラマンであっても、なかなか撮れないという。

「山田君は海星との3回戦で満塁ホームランを打ちましたが、正真正銘のバットにボールがくっついている写真は、誰も撮れていないかもしれません」

こう話すのはスポーツカメラマンの田中慎一郎氏だ。スポーツカメラマン歴22年の田中氏は、夏の甲子園での撮影は今年が8回目。ベースボール・マガジン社の「全国高校野球選手権大会総決算号」では、これまで何度も田中氏の写真が表紙を飾っている。

野球はプロ、アマチュア問わず幅広く撮っている他、陸上競技や水泳、さらにはアルペンスキーを主要フィールドとしている。オリンピックの撮影経験もあり、夏季では昨年の東京、冬季では今年の北京でも様々な競技のアスリートにレンズを向けた。

スポーツカメラマン歴22年の田中氏。野球はアマ、プロ全般を撮影しており、陸上、水泳、アルペンスキーも主要フィールドとする他、オリンピックでの撮影経験もある(田中氏提供)
スポーツカメラマン歴22年の田中氏。野球はアマ、プロ全般を撮影しており、陸上、水泳、アルペンスキーも主要フィールドとする他、オリンピックでの撮影経験もある(田中氏提供)

田中氏は続ける。

「カメラの性能が良くなっているし、連写なら誰でも撮れるのでは、と思われる向きもあるでしょうね。実際は1秒間に30コマ撮れるカメラでも、スイングスピードに追いつかないのです。大事なのはタイミングで、1枚目で撮らなければなりません。僕の場合は、これは写真学校で教わったんですが、捕手側の軸足の踵がほんの少し浮いた瞬間にシャッターを押しています。手が動いた瞬間では間に合わなかったり早過ぎたりするので」

実は田中氏は、山田が満塁ホームランを打った時、インパクトの瞬間の撮影に成功している。当日は業界用語で「ピッチャーフリー」と呼ばれる、バックネット裏から投手を撮る担当だったが、山田の打席だけ、カメラを向けていたのだ。

<参照>https://news.yahoo.co.jp/articles/33db07f396a7c977a0a7b57df932aeb316afceaa

撮った場所は1塁側のホーム寄りにある「スクイズカメラ(下)」というところ。「スクイズカメラ」とは文字通り、高校野球で多用されるスクイズの迫力ある「絵」を撮影するために設けられた、甲子園期間中限定のカメラマン席だ。

ただし、この写真には満足していない。

「合格点はもらえそうですが、ほんの少し、微妙にバットとボールが離れているのです」

田中氏によると、山田はインパクトの瞬間が押さえにくい選手だという。

「他の選手同様に、軸足の踵が動いた瞬間に狙うんですが、山田君はスイングスピードが速く、しかも、いきなりバットが出てくるんです。動きにムダがなく、ギリギリまでボールを引きつける選手なので、他のカメラマンもシャッターを切るタイミングに難儀していると思います」

高松商の浅野も手元まで引きつけて打つ

通称「長玉」と呼ばれる、スポーツカメラマンが使用する望遠レンズは、車が買えるほど高価だ。そして、そこから見える世界は、とても特殊だという。「撮影したい選手だけにフォーカスするので、背景はぼやけています。その分、ちょっとした体の動きや、表情の変化がよくわかるのです」

今春のセンバツに続いて山田の撮影をしているうち、その非凡さを実感した田中氏。思い出したのが、2013年にプロ野球初のシーズン本塁打60本を記録したバレンティン(元ヤクルト他)だった。

「バレンティンも、見逃すのかなと思った瞬間にバットが出てくる。インパクトの撮影に苦労した選手でした」

高松商の浅野翔吾(3年)も、山田同様にいきなりバットが出てくるという。

「浅野君が2本塁打した試合(佐久長聖との2回戦)、僕はセンターから撮ってました。ここからだと投球の軌道が見やすいので、手元まで引きつけて打っているのがよくわかりました。これができるのも、山田君もそうですが、体幹などの体の力が“超高校級”だからだと思います。2人とも上背はさほどではないものの(山田は175センチ、浅野は170センチ)、体の厚みはすでにプロの選手のようです」

近江の全5試合に先発し、計644球を投げ抜いた投手・山田からは、「クレバーさ」が伝わってきたという。「気迫が前面に出るタイプではありますが、実はとても冷静で、1球1球、とても考えながら投げているな、と。特に右足のハムストリングを痛め、思うように蹴れなくなってからは、力の配分をしながら、場面ごとにメリハリをつけながら投げていた印象です」

今夏の甲子園大会で使用した田中氏が所有する機材一式。これらの他にもセンターカメラでは左端より大きいレンズを、ネット裏では広角のレンズをいずれもメーカーから借りて使用した(田中氏提供)
今夏の甲子園大会で使用した田中氏が所有する機材一式。これらの他にもセンターカメラでは左端より大きいレンズを、ネット裏では広角のレンズをいずれもメーカーから借りて使用した(田中氏提供)

近江と高松商が激突した準々決勝は、山田と浅野の対決を撮るため、ネット裏に陣取っていたという。

打者のインパクトの瞬間に相当するのが、投手がボールをリリースする瞬間だ。田中氏によると「投手を撮影するとなったら、この写真、人差し指と中指がボールについているところは必要になる」。だが、中にはリリースの瞬間を押えにくい投手もいる。腕が遅れて出てくる、いわゆる球持ちがいい投手だ。

田中氏にとっては、阪神の伊藤将司(阪神)が代表格だという。高校(横浜)時代は2年夏(13年)、3年春と2度、甲子園を経験した。

プロのスポーツカメラマンである田中氏はもちろん、野球の専門家ではない。しかし、甲子園期間中であれば、全試合の4分の3は望遠レンズを向け、その全球に集中する。また、グラウンドレベルのカメラ席、つまり審判に次いで近い位置からも選手を見ている。

だからこそ気付く点、わかるところがある。その視点からの、山田と浅野の「すごさの秘密」は具体的で、説得力があった。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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