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ARの影響力とは?米グーグルや世界的人気ゲーム企業の拡張現実プロジェクトリーダーに聞いた

土橋克寿クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト
ARアプリ「World of Tanks AR 1.0 Experience」

 テクノロジー大手各社によるAR(拡張現実)への取り組みが加速している。アップルが17年6月にiOS開発者向けARフレームワーク「ARKit」を、グーグルが17年8月にアンドロイド開発者向けARフレームワーク「ARCore」を発表した。

 AR位置情報ゲーム「ポケモンGO」が世界的に注目を集め、現実空間にデジタルオブジェクトを映し出すAR技術への期待は根強い。そこで今回、ARCoreを用いてこのほど配信開始されたARアプリについて、米グーグルでAR/VRのゲーム領域で責任者をつとめるマリア・エシッグ、ウォーゲーミング社で同プロジェクトを統括したマット・ダリーらに話を聞いた。

■ARを活用した魅力的なユーザー体験

ウォーゲーミング社のマット・ダリー【本人より提供】
ウォーゲーミング社のマット・ダリー【本人より提供】

「社会的なつながりをはじめ、ARは今からまさに全てを変えようとしています。グーグルと共にその最初のステップに取り組めたことは、非常にエキサイティングでした」

 全世界1億3000万人以上の会員数を誇るオンライン戦車バトルゲーム「World of Tanks(以下WoT)」を開発運営する、ウォーゲーミング社のマット・ダリーはそう語った。同社はグーグルと連携し、戦車の拡大縮小、製造、解体、内部機構の観察などができるARアプリ「World of Tanks AR 1.0 Experience」を3月20日に提供開始している。同ARアプリは、グーグルのARCoreプラットフォームのローンチタイトルの一つだ。

「歴史映画の製作と同様、戦車の3Dモデルを作り上げる際には社内外の歴史研究チームと協力します。この時、歴史的事実から忠実に再現していく“正確さ”は非常に大切なことですが、我々の焦点はあくまでもユーザーへ魅力的な体験を提供することです。その方向性を実現していく上で、ARCoreは魅力的な開発環境となっています」(マット)

 ARCoreは17年8月に開発者キットの形で導入され、18年2月に正式版へとアップデートされた。現時点で、全世界1億以上のアンドロイド製タブレット・モバイルデバイスに対応している。米グーグルにおいて、AR/VRのパートナーシップやコンテンツポートフォリオを担当しているマリア・エシッグは、ARCoreについてこう話した。

グーグルのマリア・エシッグ【本人より提供】
グーグルのマリア・エシッグ【本人より提供】

「ARCoreは、ARをアンドロイドにもたらす最適な手段です。携帯電話のハードウェアを何ら変えることなく、アンドロイドのエコシステム全体でAR体験を実現していきます。我々はARを通じて、毎日の生活にちょっとした楽しみを加えたり、重要な歴史的出来事を学びやすくするような体験を作り込んでいきたい。ウォーゲーミング社のARアプリが興味深いのは、歴史的資産とスケール感あるARがうまく組み合わさっている点です」

■博物館と補完関係を育む

 同ARアプリの前進的取り組みともいえるのが、ウォーゲーミング社と英ボービントン戦車博物館の間における数年に及ぶパートナー関係だ。歴史的な参考文献や正確な設計図に数多く触れられたことが、よりリアル感のあるARオブジェクトの再現に役立ったとマットは話す。

「ボービントンは非常に先進的かつ革新的な博物館です。彼らは、自分たちが既にリーチしている歴史的解釈に関心を抱く層を把握した上で、我々とのパートナーシップやメディア展開による新たな層へのリーチに価値を見出していました」

 両者は、Tango(ARCoreの前身となるグーグルのハイエンドARプラットフォーム)とHoloLens(マイクロソフト社の複合現実デバイス)を用いて、原寸大の戦車の3Dモデルに触れられるAR体験イベントを17年夏に開催している。会場には若者から高齢者、軍人からゲーマーまで、幅広い層の人々が詰め掛けた。それから間もなくして、ARCoreテスト版が開発者向けに公開されたが、マットは社内の開発体制をARCore向けに構築していくことを即決したという。

「我々のAR戦車を体験するために、多くの方々に博物館へ足を運んでいただきました。ただ、そこにはHoloLensの約30万円という高めの端末価格や、特定の場所に来ていただく必要があるなど、いくつかの壁が存在しました。できるだけ多くの人々の目にARを触れていただきたいと考えていた我々にとって、ARCoreはまさに最適解でした」(マット)

■リアリティーを様々な打ち手で実現

ウォーゲーミング社のユーザー交流イベント、中央に座るのはアレクサンダー・デ・ジョルジオ【筆者撮影】
ウォーゲーミング社のユーザー交流イベント、中央に座るのはアレクサンダー・デ・ジョルジオ【筆者撮影】

 ウォーゲーミング社は18年3月、同社主軸タイトルであるオンライン戦車バトルゲーム「WoT」をバージョン1.0へとアップデートした。10年8月のゲーム提供開始以来、史上最大のアップデートとなる。最大の変化は、開発期間に4年の歳月を費やした独自開発グラフィックエンジンによる、ゲームグラフィックの最適化だ。既存プロダクトのアップデートとARアプリへの新たな挑戦ーー、そこに通じるのはリアリティー追求によるユーザー体験の向上だという。

「WoT1.0のリアリティーある戦車を、そのまま現実世界に持ち出せるという切り口で、ARアプリのユーザー体験を設計しています。私たちの生活にARが浸透していく上で、その最初の大規模な動きはモバイル、とりわけアンドロイド端末で起こるでしょう。非常に使いやすく実用的なARアプリが増えていけば、誰もがごく自然に使うようになるはずです」(マット)

 そんなAR/VRにおいて、日本における取り組みは活発だ。グーグルのマリアは、日本のAR/VRの現状について次のように語った。

「日本は、世界中のどこよりも早くAR/VR技術を活用したプロジェクトを推し進めています。ぜひ引き続き、ユニークな取り組みや新たな開発手法を推し進め、それらをプレイヤーへ提示して、さらなる熱狂を作り出していってほしいです」

 また、ウォーゲーミング社のWoTアジア太平洋地域パブリッシング・ディレクターのアレクサンダー・デ・ジョルジオは、オンラインゲームWoTについても、日本ユーザーは非常に特徴的だと話す。

ウォーゲーミング社のアレクサンダー・デ・ジョルジオ、タイにて【筆者撮影】
ウォーゲーミング社のアレクサンダー・デ・ジョルジオ、タイにて【筆者撮影】

「我々のゲームにログインしている時、他の国々のプレイヤーはバトルに出る時間が圧倒的に長い一方で、日本の方々はバトルに出るだけでなく交流ツール、つまり他のプレイヤーとのチャットに非常に長い時間をかけています。そういったことが影響し、我々のゲームの日本コミュニティは、アジアの中で最大級に育っています」

■ARの社会的影響力

米サンフランシスコで開催されたゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス2018のグーグルブースにて、ARアプリを紹介するマリア・エシッグとマット・ダリー【GDCスタッフが撮影】
米サンフランシスコで開催されたゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス2018のグーグルブースにて、ARアプリを紹介するマリア・エシッグとマット・ダリー【GDCスタッフが撮影】

「我々にとっての没入型コンピューティングは、AR/VRとその中間のすべてです。ですから、Cardboard(段ボール紙やスマートフォンを用いた組み合て式の簡易ヘッドマウントディスプレイ)は最初のティーザー(断片的情報で消費者の興味をそそる)のようなものであり、VR領域への小さなジャンプです。これまでの取り組みは、AR/VRの潜在的な障壁を取り除いていき、この技術を多くの人々に届けていくための可能性を探るものでした」(マリア)

 現在、マリアのチームは中国PC大手レノボ社と提携し、世界中の複数のゲーム開発者と協力しながら新たなへッドセットを開発中だという。スタンドアロン型でオールインワンなモバイルベースVRヘッドセットが、今年末に発売される予定だ。

「コラボレーションによるラインナップの拡充を重視しています。AR/VRに関心を抱くフリーの方々にとっても、有用で簡単に取り組み始められるように環境を整えていきます」(マリア)

 20億台以上とされる全世界のアンドロイド搭載端末のうち、現在、ARCoreは既存の1億台の端末で利用できる。今年末までに、この数を2億6000万台まで増やす考えだ。社会全体の関係性において、ARはより効率的で、より情報に富み、より自由に結びつきやすくさせていき、日々の生活を技術的に支えていくだろう。

「ポケモンGOは、市場がARを受け入れる準備ができていたことを証明しました。そしてARを取り巻く現状を見ていると、この技術は人々を互いにより近づけ、新たな接点でつなぐのに役立つことがわかります。人が誰かと出会い、コミュニケーションを通じて関係性を深めていく新たな方法を持つことは、社会全体により彩りを持たせていくでしょう」(マリア)

クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト

1986年東京都生まれ。大手証券会社、ビジネス誌副編集長を経て、2013年に独立。欧米中印のスタートアップを中心に取材し、各国の政府首脳、巨大テック企業、ユニコーン創業者、世界的な投資家らへのインタビューを経験。2015年、エストニア政府による20代向けジャーナリストプログラム(25カ国25名で構成)に日本人枠から選出。その後、フィンランド政府やフランス政府による国際プレスツアーへ参加、インドで開催された地球環境問題を議題に掲げたサミットで登壇。Forbes JAPAN、HuffPost Japan、海外の英字新聞でも執筆中。現在、株式会社クロフィー代表取締役。

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