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高齢者がペットを飼うと認知症発症の確率低下 そのしわ寄せが犬や猫にきていないか?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真(写真:アフロ)

2040年には、高齢者のうちおよそ3人に1人は認知症やその前段階の症状になると厚生労働省が公表しました。高齢者の認知症は、これから大きな問題になります。

そんななか東京都健康長寿医療センターがペット飼育する高齢者は、認知症の発症する確率を低下させるという研究結果を報告したと朝日新聞が伝えています。

高齢飼い主の認知症発生の確率は犬や猫で差がある

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「ペットを飼う高齢者は認知症発症の確率低下」という言葉を見ると、犬や猫を飼っている人は認知症の発生率が低いのか、と思ってしまうかもしれません。

しかし、よく読むと猫の飼い主については、猫を飼っていない人との間に意味のある差はみられなかったということです。

その一方で、犬の飼い主は犬を飼っていない人に比べて発症する確率が40%低いことがわかっているそうです。それでもただ犬を飼っている飼い主が、認知症の発生率が低いというわけではないのです。

犬の飼い主の中でも、運動習慣があり社会的孤立をしていない人の認知症の発生率が特に低かったそうです。

つまり認知症の発生率を低くするためには、犬を飼ってそのうえ散歩をよくして、そのときに、他の人と「暑いですね」「この子は、10歳で高齢犬なのです」などと話すことが大切なのです。

この辺りのことを十分理解して、高齢者がペットを飼うことをすすめてほしいです。

犬を飼うことが、認知症の発生率を下げるための道具にされていないか

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認知症の発生率を低下させるには、犬を飼って散歩して多くの人とコミュニケーションを取ればいいのか、と考える人もいるでしょう。そして、行政もこのような調査結果を基に、高齢者に犬を飼うことをすすめるのでしょう。

臨床現場にいると高齢者が犬を飼った場合に、犬にしわ寄せが行くと感じることが多くあります。犬や猫は、言うまでもなく命があるものなので、「老い」や「病気」をします。そのとき、高齢飼い主だと適切な治療をしてもらえないこともあるのです。

13歳のトイ・プードルのレオくん(仮名)は、高齢飼い主と暮らしていました。レオくんは、大切にされていた犬なので定期的に混合ワクチンや狂犬病予防注射を打ったり、フィラリア症の予防薬を飲んだりしていました。年齢の割には、元気な犬でした。

前の診察から1カ月経って、レオくんが以前来院したときとは別の犬のように衰弱した状態でした。そのときはレイくんの飼い主の娘さんが連れてきました。

娘さんの話によりますと、実家に行くと玄関の隅に入り込んでレイくんが鳴き叫んでいたそうです。飼い主のお父さんは寝入ってしまって、まったくレイくんの声に気がつかっなかったそうです。

血液検査の結果は、白血球の数値が上昇して敗血症になっていました。娘さんはレオくんの状態がよくないことを理解して自宅に連れて看病をしていましたが、レオくんは明け方に死亡したとのことでした。

ほんの1カ月で、レオくんに何が起こったのか、飼い主のお父さんに尋ねてもよくわからなかったそうです。1カ月前は、元気だったので、このようなことで命を落とす犬もいます。犬は言葉を話すことができません。飼い主がちょっとした異変に気がついてくれると、助けられた命かもしれません。

その他には、乳がんが自壊して血や膿が出ていたミニチュアダックスが来院したことがあります。その飼い主は、高齢者施設に入るので親戚が預かったら、乳がんになっていたということでした。

飼い主は、皮膚がただれているだけだと思っていたようで、患部から血などが出るので包帯のようなものを体にぐるぐる巻きにして飼っていたそうです。本当に、飼い主が、それが重篤な病気であるということを理解できていなかったのか、不明です。

高齢飼い主が犬を連れて動物病院までいけない理由は、肉体的に無理、経済的に困窮していることが多いです。

高齢飼い主の経済的困窮、嗅覚と視覚と聴力の衰えをどうするのか?

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筆者も動物が好きなので、高齢飼い主が犬や猫と暮らすことはよいと思います。

その一方で、高齢者は、嗅覚、視覚、聴覚が年齢とともに衰えることを認識してほしいです。

そのうえ、高齢飼い主は年金生活者が多く、高額の医療費を払うことが難しい場合も多くあります。

動物の医療費は、人の医療のような保険制度がないので、がんや心臓病になれば、簡単に数十万円になります。そんな場合は、治療をしない高齢飼い主もいます。病気があり治療をしない場合は、ネグレクトにならないのか、と疑問を持っています。

まとめ

4月28日の朝日新聞デジタルによりますと、

野良猫の不妊手術、迷子猫捜しなどのサービスを関西で展開する「ねこから目線。」(本社・大阪市)が、「ペットヘルパー」をしてくれるそうです。サービスの内容は、訪問して、猫用トイレの洗浄(丸洗い)や爪切りなどの世話をしています。料金は1回3千円だそうです。

このように、高齢飼い主だけで、犬や猫の世話ができないときには、外部の人が加わって犬や猫の世話をすることが大切です。

高齢者が犬を飼うことで、認知症の発生率が下がるのであれば、医療費なども削減できるはずです。その一部を犬や猫の福祉に回してもらうと、高齢飼い主も犬や猫も幸せに暮らしていけるでしょう。

高齢飼い主が犬を飼うと認知症の発生率が下がるという結果だけがひとり歩きして安易に犬を飼う高齢者が増えると、その中で犬にとって適切ではない環境を生み出すこともあるのです。

犬や猫を飼うことはよいことだと思いますが、犬や猫は「老い」もあるし「病気」もすることを大前提にしてほしいです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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