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国に金払って「土地もらってください」。山林負動産の現実

田中淳夫森林ジャーナリスト
「この山、もらってください」。そんな時代が来た。(写真:イメージマート)

 2023年4月27日から相続土地国庫帰属制度が始まる。

 ごく簡単に言えば、相続したくない土地は国が引き取りますよ、という法律だ。

 一昔前なら土地は絶対的な財産で、国から土地の払い下げを受けたい人はいても差し出すという選択肢なんぞ、ほとんどなかったはず。しかし、今や人口減少時代である。土地を相続しても「遠くに住んでいて利用できない、する予定がない」「管理が必要だけど、負担が大きい」。そして「放置しても固定資産税などを取られるだけ」といった理由により、土地を手放したいという声が高まっているのだ。いわゆる「負動産」である。

 とくに、森林や農地などがそれに該当する可能性が高い。(空き家もいらない、という人もいるだろうが、対象となるのは更地だけである。)

 国としては、管理しないまま放置されると、将来「所有者不明土地」になりかねない。すでに九州の面積より広いと言われる有り様だ。そこで、相続又は遺贈によって土地の所有権を取得した相続人が、一定の要件を満たした場合に、土地を手放して国庫に帰属させることを可能とする制度ができたのだ。

上納するなら金をくれ

 それならよかった、と思いたいところだが、実は簡単ではない。本当に機能するのかと疑問の声が噴出している。その理由は、何より国に引き取り料(負担金)を要求されるため。土地を「上納するなら金をくれ」というわけだ。

 この点も、一昔前からすると仰天だろう。土地を引き渡すんだから金を受け取れるんじゃないかと思っていたら逆なのだ。

 しかも「引き取ってもらえる」土地には、数々の条件がつく。とくに森林がそれに該当する点が多いのだ。

 以下、引き取れない条件を示そう。(法務省HPより)

A 建物がある土地

B 担保権や使用収益権が設定されている土地

C 他人の利用が予定されている土地

D 土壌汚染されている土地

E 境界が明らかでない土地・所有権の存否や範囲について争いがある土地

 B、C、Dは当たり前だろう。Aも建物さえ撤去すればいいのか、と思うかもしれない。

 だが、Eは簡単ではない。なぜなら森林土地は「境界が明らかでないこと」、「所有名義が曖昧なこと」が非常に多いのだ。

 たとえば「自分の山は、あの尾根あたりからこっち」といった決め方で、公図を元に現地を訪れると、境界線が何百メートルもずれている場合もある。「所有名義は亡くなった曾祖父のままで、権利は何十人もの孫子に分散している」こともやたらある。

 では、今から確定させようと思っても、測量にどれだけ経費がかかるか。各地に分散した相続人全員に連絡を取って了解を得るのも至難の業。

 それだけではない。

A 一定の勾配・高さの崖があって、管理に過分な費用・労力がかかる土地

B 土地の管理・処分を阻害する有体物が地上にある土地

C 土地の管理・処分のために、除去しなければいけない有体物が地下にある土地

D 隣接する土地の所有者等との争訟によらなければ管理・処分ができない土地

E その他、通常の管理・処分に当たって過分な費用・労力がかかる土地

 こうした案件も引き取らないよ、と国はいうのである。

馬鹿にならない審査料に負担金

 そもそも国に上納したいと願い出ても、まず審査を受けねばならないが、その手数料も取られる。こちらの額は現在検討中だが、引き取れないと決まっても取られたまま。そして引き取りOKとなっても、負担金が必要だ。

 負担金は面積によって決まってくるのだが、仮に10万平方メートル(10ヘクタール)で計算してみると、91万円以上となった。最低基準の750平方メートル以下で25万円以上。馬鹿にならない金額だろう。相続土地が負担だから始末したいと思っているのだから、払いたくない人は多いのではないか。

 もしかして、国は引き取りたくないから設定したのかもと思ってしまう。

 ところで、森林の場合は、もう一つ別の法律がある。

 数年前に作られた「森林経営管理法」である。こちらは、管理せずに放置している森林を自治体が預かる法律である。市町村は、管理委託を受けて経営管理を代行することを定めている。

 ただし、これは林業に供する森林を想定している。こちらも条件次第だろう。場合によっては樹木を全部伐ってしまってバイオマス燃料にするという選択肢になるかもしれない。ただ自治体も具体的に何をどうしたらよいのかわからない……と困惑している有り様だ。だから委託を受けたがらない。

 なお国に帰属を移した後に、その森林はどうなるのだろうか。

 実は、極めて曖昧だ。一応、国有林として管理するほか、森林組合などに委託して経営する、集約化のために隣接する山主に譲渡や売買することも考えられているが、果たして上手く機能するだろうか。

 単に国が死蔵するだけになるケースも多くなるように思う。

 明治維新の際には、寺院や神社の土地を国が召し上げる上地令が出された。それに抵抗して返還運動が行われたケースも数多い。だが、今や土地はいらない時代なのである。国がしぶしぶ土地を受け取る、いわば逆上地令である。

 そのうち国よりも外国資本に「森をもらってください」とお願いする人も出るかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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