シリアはイランとロシアとの貿易を現地通貨で行うことを希望する
ロシアのサンクトペテルブルグにて、サンクトペテルブルグ国際経済フォーラムが開催され、シリアからはヤーギー財務相を団長とする代表団が参加した。このフォーラム、商業や貿易の振興云々という関連からはほとんど見るべきところは期待できないだろうし、そもそもシリアがそこにいたところで、紛争や制裁の結果、シリアにはもうよそに売るものもよそから物を買うお金もたいして残っていないので、ますます見るべきところがないだろう。その一方で、経済にはまるで門外漢の筆者でも最近ときおり見聞きするようになった、国際的な決済での「ドル離れ」の文脈でこのフォーラムを眺めるとどうなるだろうか?
そんな折、フォーラムでヤーギー財務相が、シリアとロシアの中央銀行の間で、両国の二国間貿易を各々の現地通貨(シリア・ポンド。以下SPとルーブル)で行うための銀行システムの稼働についての協議が行われていると述べた。これを報じた2023年6月18日付の『シャルク・ル・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)によると、シリア政府はイランとも、共同で銀行を設立するための手続きを迅速化しているそうだ。この銀行は、シリアとイランとの間の貿易を各々の現地通貨(SPとイランのリヤール)で行うのを促進することを目的としている。この銀行が両国の合意通りに設立され、運用されるならば、両国の通貨で決済する口座の開設、両国で同一のキャッシュカードの利用が可能になる・・・はずだ。シリアがロシア、イランとの二国間貿易をドルなどの外貨を介在させずに行おうとしているとなると、それはシリアが紛争や制裁の結果直面している経済危機、外貨危機を打開するための努力の一環ということになる。
ちなみに、上記の報道によるとイランは紛争勃発以来、石油製品の供給で約200億ドル、軍事的支出で約500億ドルの債権を持っているそうで、合同銀行の設立により、シリアでひそかに自国資産を運用したり、債権を管理したり、シリアでの投資や土地購入をしたりするつもりらしい。一方、同じ記事によると、シリアとロシアとの間の貿易(注:おそらく軍事関連を含まない“堅気の”貿易)は年間2億ドルに達しておらず、シリアから見た輸入が1億8000万ドル程度に対し、輸出は2000万ドル程度の非常に不均衡な貿易だ。筆者がシリアの中央統計局が発表する対外貿易の実績を眺めている限りでは、近年のシリアとロシアとの貿易はシリアから見た輸出:輸入の比率は、大体1:20~40、イランとでも大体1:10~20で、両国との貿易でドルやユーロを排除したところでシリアの経済・外貨危機対策としてはあまり役に立ちそうにない。
落ち着いて考えれば、シリアは1970年代からの「伝統ある」反米国であり、長らくアメリカに経済制裁を科されている。従って、シリアがアメリカのドルへの依存(や欧米諸国による経済覇権への従属)を低減するために払ってきた努力も、それと同じくらい「伝統ある」ものと思ってよい。例えば、レバノン情勢をめぐってアメリカによる対シリア制裁が強化された2000年代半ば過ぎの時点で、シリアの公称の外貨準備の半分はドルからユーロに切り替えられていたはずだ。そんな「伝統」にもかかわらずシリアのドルへの依存が改善しそうにないのは、シリアの貿易相手国を見るとその理由の一端が明らかになりそうだ。上述の通り、ロシアもイランもシリアにとって輸出先、輸入元として最も重要な国々とは言えない。シリアにとって重要な貿易相手国は、輸出先としてはアラブ諸国、輸入元としては隣接するレバノンや中国だ。興味深いことに、2021年までの貿易統計ではシリアにとってはロシアよりもウクライナの方がよほど大口の輸入元となっていた年の方が多い。去る5月にシリアがアラブ連盟に復帰した際は、やたらと「孤立」からの脱却といわれたが、それはあくまで政治関係の上でのことであり、サウジ、UAE、エジプト、ヨルダン、レバノン、イラクのような諸国は、シリア紛争勃発後もシリアにとって最重要の貿易相手国であり続けた。当然ながら、これらの諸国はシリアとの貿易をSPや自国通貨やルーブルや人民元で営もうなどとは思わないはずだ。欧米諸国から「孤立」しているシリアですら、ドルやユーロ決済からの脱却は途方もなく困難なことだということがよくわかる。