韓国激震…セウォル号事故めぐり朴槿恵前政権で記録改ざんか
文在寅政権が抱いた二つの「疑惑」
「今朝、報告を受けた後で長い時間悩み討議した末に、この事実が持つ深刻さや重大性を考え発表することにした。朴槿恵(パク・クネ)政府によるセウォル号関連文書の改ざん疑惑について申し上げる」。
任鐘哲(イム・ジョンソク)大統領秘書室長は12日午後、青瓦台(韓国大統領府)で行われた記者会見をこう切りだした。
要点は二つ。一つ目は「セウォル号事故当時の状況報告日誌を、事後に改ざんした疑惑」で、二つ目は「国家危機管理の基本指針を事後に違法に変更した」というものだ。
青瓦台はこれらの文書を「9月27日に危機管理センターのキャビネットから見つかった文書と、11日に国家安保室のPCの共有フォルダから」見つけたとした。
朴槿恵大統領の初動に更なる「遅れ」か
2014年4月16日のセウォル号沈没事故当日、当時の朴槿恵大統領は午前10時に最初の報告を受け、10時15分に事態を収拾するよう一度目の指示を出したとされてきた。
「このような事実は当時の青瓦台ホームページにも掲載されていたし、憲法裁判所での弾劾審判裁判の過程でも提出され」(任秘書室長)、公式発表となっていた。
だが、この度発見された報告日誌によると「青瓦台の国家安保室に置かれた危機管理センターは当時、セウォル号事故の最初の報告書を午前9時半に提出していたことが分かったというのだ。
任秘書室長によると、改ざんされたのは事故から約半年後の2014年10月23日とのことだ。
その5日後には当時の金淇春(キム・ギチュン)大統領秘書室長が、国政監査の場で事故当日の朴大統領の行動について「午前10時に最初の報告を受けた後、7時間の間、19度の報告を受け、7回の指示を下した」(ハンギョレ新聞10月13日付による)と説明していた。
こうした状況から任秘書室長は記者会見で「報告時点と大統領の初めての指示までの時間の間隔を縮める意図としか読めない」と資料改ざんの背景を説明した。その上で「当時、一分一分の重要性を考えると、多くの考えが頭をよぎる」と付け加えた。
「7時間」のミステリー
「セウォル号7時間」というのは事故以降、韓国で最も有名なキーワードとなっていた。最初に報告を受けてから、中央災難安全対策本部を訪問した午後5時15分までの間、朴大統領の姿を見た公式的な人物がおらず「空白の7時間」とされた。
青瓦台ナンバー2である秘書室長ですらも会えず、書面と電話での報告に終始した。修学旅行に向かう高校生325人を含む476人が乗った船が転覆し、その様子が全国にリアルタイムで中継されている中、大統領の消極的な対応への批判が当然のように殺到した。
さらに7時間の間、公務以外に何をしていたのかについて様々な憶測を呼んだ。全身麻酔の上に美容施術を行っていたというものから、男性と密会していたというものまで諸説乱舞したが、真相は未だわかっていない。
国家危機管理指針を「勝手に」変更
記者会見で任秘書室長が明かしたもう一つの疑惑が「セウォル号事故後、政府が国家危機管理における基本指針を、適切な手続きを経ず違法に変更した」というものだ。
事故当時、施行されていた基本指針では、青瓦台の国家安保室長が国家の危機状況における総合的なコントロールタワーの役割を果たすとされていた。
それが、事故から約3ヶ月後の14年7月末、当時の金寛鎮(キム・グァンジン)国家安保室長の指示によって、「安保分野は国家安保室が、災難分野は安全行政部が管轄する」と変えられた。
国家安全室長の役割に関しては、さらなる変更があった。
「国家安全室長は大統領の危機管理・国政の遂行を補佐し、国家次元での危機管理に関する情報の分析、評価、総合的な国家危機管理業務の企画および遂行体系の構築など、危機管理状況を総合管理する昨日を遂行し、安定的な外交管理のためにコントロールタワーの役割をする」と明記されていたのが、「大統領の安定的な国政遂行を補佐する」というわずか一行に変更されていた。
事故から約2か月後の14年6月、当時の金淇春大統領秘書室長が国会に出席した際に「国家安保室は災難時のコントロールタワーではなく、安全行政部がその任にある」と報告した内容に合わせ修正したと、文在寅政府では見ている。
内容も内容だが、その手続きも完全に違法であった。元来、大統領の訓令である国家危機管理基本指針は法制処長に審査を要請し、審議を通過した後、大統領の裁可を受ける手続きを経なければならないが、これが無視されていた。
背景には「朴槿恵政府の責任逃れ」
前出の報告時間の改ざんと合わせ、こうした行為の背景には304人の死者・行方不明者を出したセウォル号事故において、朴槿恵大統領を中心とする青瓦台の責任を最小化し、世間の批判の矛先を政府の一部署に過ぎない行政安全部など、別の所へと向けさせたい狙いが透けて見える。
これに対し、任秘書室長は「このようなことが二度と起きてはならない」としながら「これこそが最も惨憺たる国政ろう断の標本といえる事例だ」との現政府の立場を示した。
そして「必ず関連事実を明かし、正さなければならないという考えから、捜査を依頼する予定だ」と明かした。
セウォル号事故遺族会は「全面再調査が必要」
青瓦台の発表から一夜明けた13日午前、セウォル号被害者家族協議会はソウル市内中心部の光化門で糾弾記者会見を開き、「報告書改ざんおよび隠蔽工作」を強く非難した。
記者会見の中で家族協議会は「記録と指針を改ざんし、国会と法廷で偽証したあらゆる責任者たちに法的責任を問うべき」、「政府は朴槿恵大統領の事故当日の行状を含め、あらゆる非公開記録を公開し、その真偽を問う再調査に着手するべき」と主張した。
また、2016年9月をもって終了した「『特別調査委員会』を引き継ぐ『社会的惨事特別調査委員会』を設立するための特別法の即時制定も訴えた。
筆者は13日午後、セウォル号家族協議会のテントが設けられている光化門広場を訪ねた。
関係者に感想を求めると「一事が万事だ。朴槿恵大統領とその周辺が、あらゆる手を尽くして真実を隠したことが明らかになった。そこまでして人命を軽視したのかと愕然としている」と心境を明かした。別の関係者は「今すぐ(朴大統領のもとに)乗り込んでやりたい」と強い怒りを露わにした。
真相究明のための署名運動を展開しているブースでは、小学生たちが集まり、せっせと署名をしていた。担当した女性は「昨日の記者会見以降、署名に訪れる人が増えた。『いつまでやってるんだ』と通りすがりに悪口を言うお年寄りも多かったが、今日は一人もいない」と笑顔を見せた。
各紙の反応は「30分早かったなら」
発表直後から、韓国各紙はこの内容を大きく扱った。
韓国の進歩(革新)系日刊紙「ハンギョレ」は、嘉泉大学の最高層防災融合研究所のシミュレーションである「午前9時45分ころ脱出(退船)命令を出したならば6分17秒のうちに476人の搭乗者全員が退避できた」という内容を引用し、「朴槿恵青瓦台が改ざんした30分は、セウォル号の『ゴールデンタイム』であった」と強く批判した。
また、セウォル号沈没当時から最も熱心にこの問題を追い続けている、ケーブルテレビ局の「JTBC」でも夜のメインニュースで特集を組み「無対応の45分」と批判的に伝えた。同局では特に「まさかと思いました。そこまでするとは…そんな人達が国家を運営していたというのがとても悲しいです。これから検察で明白に真相が解明されるべきです」というセウォル号遺族の声を紹介した。
やはり進歩系の「京郷新聞」でも「『誰一人として人命被害が無いようにせよ』という朴大統領の救助指示がもう30分早かったなら」とし、「その時刻は船が完全に傾く前であった。救助が始まったのも9時48分だった。大統領の指示が早かったなら、乗客は『待機せよ』との放送だけを聞いて、沈没する船の中にいることがなかったかもしれない」と分析した。
保守陣営は反発 文大統領は「国民に知らせよ」
だが、保守陣営は反発している。理由は「なぜこの時期になって発表するのか」という点だ。
収賄罪などで公判中の朴槿恵前大統領の勾留期限は16日まで。この延長をめぐって左右(進歩派と保守派)の対立が高まるなか、延長世論の肩を持つために発表したというのだ。保守紙「朝鮮日報」では「文在寅政権は国民の生活よりも『前政権殺し』を重要に思っているのでは」という声を紹介した。
また、奇しくも12日は文在寅政府に入って初めての国政監査が国会で始まり、政府と野党間の激しいがやり取りが予想される時点でもある。なお、朴前大統領の勾留延長は今晩(13日)決まる予定だ(追記:17時過ぎ、勾留延長が決定)。
最大野党・自由韓国党の鄭宇沢(チョン・ウテク)院内代表は13日、国会で「任秘書室長の記者会見は青瓦台の政治工作と規定する」と明かした。「国政監査が始まるやいなや、青瓦台の秘書室長が確認も検証もされない内容をもって、生中継で記者会見を行った」というのがその根拠だ。検証後に発表して困る理由はないということだ。
冒頭の記者会見で任秘書室長が明かしたところによると、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は今回の資料を公開するにあたり「すべての国民的な疑惑が解消されるように公開する方がよい。国民に知らせて正す必要がある」と語ったとされる。
昨年10月から20週連続で延べ約1700万人が参加した「ろうそくデモ」の目的の一つが「セウォル号事件の真相究明」であった。
「ろうそくデモ」から1年を迎え、今回の文書発表が世論に及ぼす影響は無視できない。前政権の「積弊(積み重なった悪弊)」への批判がデモとなって再燃する可能性もある。ただ、与野党の溝がさらに深まることは間違いなく、文政権にとっては諸刃の剣になる危険もはらんでいる。