首相が「撤退しない」とした「サハリン1・2」続行を国際世論は許すか。ロシア企業トップはプーチンの側近
ロシアの仕掛けたウクライナ戦争でにわかに注目されているのがサハリン(樺太)北東部沿岸で進行中の原油・天然ガス開発計画「サハリンプロジェクト」。主に日ロと石油メジャー(国際石油資本)によって進められてきましたが戦争を契機に米エクソンモービル(エクソン)とイギリス&オランダの「ロイヤル・ダッチ・シェル」(シェル)が撤退を発表したのです。
岸田文雄首相は「(日本は)撤退しない」との方針を表明したものの今や世界の敵と化しているロシアと共同開発を続行して国際世論が納得するでしょうか。
石油ガスともにロシア依存度は高くない
石油は9割が中東に依存。ロシアは5%ほどです。天然ガスはオーストラリア(約4割)、中東と東南アジア(各々約4分の1)、アメリカ5%と石油より分散化していてロシアからの輸入は約8%。依存度はやはり高くありません。
サハリンプロジェクトは旧ソ連時代から提案を受けて石油主体の「サハリン1」と天然ガス中心の「サハリン2」がそれぞれ稼働しています。依存度こそ低いとはいえ、ロシアの存在感は石油が非中東で最大。天然ガスは発電の燃料として最大で他の輸入国より地理的に近いのが魅力的です。
もっとも、いずれの開発もロシアの都合に振り回されてきました。サハリン1は当初、政府や伊藤忠商事、丸紅などの日の丸連合が出資の3割、ロシア4割であったのを前世紀末の大不況で国営石油企業ロスネフチが悲鳴をあげて縮小。代わりに計画を主導するようになったエクソンが権益の3割(日本と同じ)を得、残り2割ずつをロスネフチなどとインド国営石油が保有する形に変わりました。
煮え湯を飲まされた「サハリン2」の過去
「サハリン2」はシェルが55%、日本45%(三井物産25%、三菱商事20%)を出資して進めていたのを2年後の稼働を目の前にした06年、ロシア政府が「環境汚染の恐れ」を理由に工事承認を取り消したのです。
この頃、ソ連崩壊以降低迷を続けていた経済が折からの資源高でロシアに追い風を吹かせていました。ロシア勢を含まない仕組みだと権益が十分ではないとの国内不満をプーチン政権が吸い上げて政府と表裏一体の国営ガス企業ガスプロムを一枚かませたいとの思惑を環境を口実に果たそうとしたようです。
日本は島国なので気体のままパイプラインで天然ガスを供給できず、氷点下162まで冷却した液体として運び込みます。この液化天然ガス(LNG)技術を当時のガスプロムは持っていなかったのも欲しがった理由でしょう。
結局「泣く子と地頭には勝てぬ」ことわざ通り、出資比率を変更してガスブロム50%+1株(過半数)、シェル27.5%-1株、三井物産12.5%、三菱商事10%で折り合いました。
悩ましいEUと中国の動向
今回のウクライナ危機でメジャーが撤退を表明したのは当然と受け止められています。経済制裁の中心となっているアメリカのエクソンはもとより、ロシアの横車で嫌な思いをしたシェルもうま味はないと天秤にかけた損切りと思われます。
対して岸田首相は徹底しない理由として「自国で権益を有している」「長期かつ安価な安定供給に貢献している」「エネルギー安全保障上、重要」を挙げています。
特に契約上「安定供給」が保証されているのは大きい。サハリン一帯は未着手の鉱区を含めると中国との間でイザコザしている東シナ海ガス田の埋蔵量を遙かに超える(100倍とも)可能性が残るのも容易に手放したくない理由です。
仮に日本勢が退いたら待ってましたとばかりに中国が権益を埋めてしまう恐れもあります。四苦八苦してここまでこぎ着けておいて果実を中国に渡すのはしゃくですよね。
国際社会が今のところ日本の判断に強い不満を表明しないのはEU(欧州連合)がロシアからの天然ガスに大きく依存していて禁輸などの措置に踏み切っていないから。言い換えるとEUが既に発表しているように依存度を急速に引き下げていけば日本も「撤退せず」というわけにはいかなくなりそうです。
付き合っていた方が安全保障になるのか
では仮に日本も禁輸に追随するしかなくなったらどうなるか。冒頭に掲げた通り、石油・ガスともに全体に占めるロシアの割合は高くありません。加えてアメリカが「困るならば我々から買え」といってくるでしょう。
アメリカは技術革新によってシェール層(頁岩)から石油・天然ガスを大量に掘削・生産する能力を得ていて世界最大の資源国となっています。価格がネックでしたが下がりつつあるのと、ウクライナ危機などで資源高となっているのが幸か不幸か相対的にシェールの値段に割安感を与えているのもプラス要因です。
もっとも、ロシアと縁切りしたら、それはそれで「エネルギー安全保障」というより文字通りの安全保障を脅かす危険も。「サハリン2」の総販売量の6割が日本向け。ロシアにとって上客で、それを失うような下手なまねはしまいとの推測もできるからです。まあプーチン大統領に通じる理屈かどうかは別として。
プーチンの「三河以来の家臣」が率いるロスネフチとガスプロム
サハリンプロジェクトに大きくかかわるロスネフチとガスプロムのありようも今後の課題となってきそうです。
ロスネフチのセーチンCEOとガスプロムのズプコフ会長およびミレルCEOの3人は、ソ連崩壊直後、まだ一介のサンクトペテルブルグ副市長(後に第一副市長)にすぎなかったプーチン氏と市役所でともに働いた古い友人です。セーチンCEOは後にプーチン政権下で副首相を、ズプコフ会長は首相まで務めた盟友ないしは側近といえます。
ロシアは一見、強い指導者にイエスマンだらけの部下が平伏している印象がありますが裏では陰謀が渦巻き暗闘、裏切り、粛清など何でもありの権力闘争の権化。プーチン大統領が彼らを重用するのは自身がまだ海のものとも山のものとも知れない頃から肝胆相照らす仲であったのが大きな理由です。徳川家康になぞらえれば「三河以来の家臣」といったところ。
うちズプコフ会長は高齢で大統領からすれば寝首をかかれるような心配はありません。セーチンCEOは表だっての経歴からは判然としないとはいえプーチン氏と同じ「軍・諜報・警察」畑の実力者とみられます。ミレルCEOは同じ系譜だとも経済人であるとも。両者はウクライナ戦争にともなうアメリカの経済制裁の対象者。そうした人物をトップにいただいている組織と一緒に油田やガス田を開発していていいのかという批判がいつ襲ってくるか。岸田外交の力が試されそうです。