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信仰のために孤島で暮らす男女の欲望が疼く。怪作『ビリーバーズ』でむき出しの本能を見せた北村優衣の意欲

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)山本直樹・小学館/「ビリーバーズ」製作委員会

カルト集団のプログラムとして、孤島で共同生活をする2人の男と1人の女。山本直樹の伝説的怪作を映画化した『ビリーバーズ』が公開される。ヒロインの「副議長」を演じたのは北村優衣。俗世の汚れを払い落とすという修行生活の中で、本能を抑えきれなくなるシーンも多い役に、女優として強い意欲を持って挑んだという。

信じるものをバカにされた怒りをバンと出して

――『ビリーバーズ』の副議長役は「熾烈なオーディションを勝ち抜き選ばれた」と資料にありますが、だいぶ気合いを入れて受けたんですか?

北村 オーディションを受けるに当たって、「挑戦しないといけないシーンがあるから、原作を読んでおいてほしい」と言われたんですね。読んだら「こんな面白い作品、女優としてやらないわけにはいかない!」と思ったんです。二つ返事で受けさせてもらい、これまでにないくらい準備をして臨みました。原作のシーンを演じるうえで、どういうことを詰めていけばいいか考えて、「絶対に決めてやる!」くらいの勢いでした。

――オーディションではどの辺のシーンをやったんですか?

北村 島にクルーザーに乗った人たちが漂着して、副議長が怒るシーンや、副議長の本能が初めて出るシーン、あとは最初の「みんなのために頑張りましょう」というフラットなシーンと、いろいろな振り幅を演じました。

――映画でも外部の人間が漂着したシーンでは、副議長の怒り方が尋常でありませんでした。

北村 オーディションから、あれくらいのテンションでやりました。副議長は自分の信じているものに対する想いが人一倍強いようだったので、それをバカにされた怒りを、これでもかというくらいバンと出しました。

――「堕落した人たちの来る場所ではありません!」と罵る中で、原作通りの強烈な言葉をすごい勢いでぶつけていました。

北村 人間の欲を汚いものと思っていたのかもしれませんね。

――その台詞もたくさん練習したんですか?

北村 カラオケボックスでずーっと叫んでいました。家であの台詞を言って、ご近所に「何をしているんだろう?」と思われないように(笑)。

――オーディションで手応えはありましたか?

北村 緊張しすぎて覚えていませんけど、できるアプローチは全部やりました。自分の作品への熱は監督たちに伝えたつもりで、達成感はありました。

人間の本性を描く作品に出たかったんです

――『ビリーバーズ』の原作にどんな面白さを感じて、そこまで力が入ったんですか?

北村 人間の本性や本能的なものを描いた作品に、ずっと出たかったんです。やっとそういう作品に携われるチャンスだと思いました。極限状態に陥ったときの生きざまや人の汚い部分が出てくるのに、登場人物たちが愛おしくなる。人は結局、人を求めるものだというところもたくさんあって、欲を描くシーンも確実に必要だと感じられました。

――本能の象徴として性欲が描かれていました。

北村 本能を全部さらけ出した、ありのままの人間を愛おしく感じたので、そこが観る方にも伝わればいいなと思って挑みました。

――最初に「挑戦しないといけない」と言われた部分も、抵抗はありませんでした?

北村 まったくなかったです。女優をやっていくうえで必要なことですし、ごはんを食べることや寝ることと同じ本能だから、私の中で境目はなかったです。

――家族会議を開いたりもせず?

北村 しませんでした。家族に何を言われようと絶対やるつもりでしたし、うちはずっと放任で「責任は自分で持ちなさい」みたいな方針だったので。実際、決まってから母に話したら、「あなたがやりたいなら、いいんじゃない?」ということでした。父には直接言ってませんけど(笑)。

カルト宗教の映画を観て連合赤軍も調べて

――クランクイン前に準備でしたこともありました?

北村 カルト系を扱った作品はたくさん観て、わかりやすい映画がありましたけど、洋画も多かったです。あと、原作の山本直樹さんが、この作品は連合赤軍を元にしているとおしゃっていて。

――宗教団体でなく、1970年代にあさま山荘事件を起こした過激派ですね。

北村 そういう事件を本やネットで調べたり。それで、どうやったら教えを信じるようになるのか考えました。ただ、山本さんもマンガを描かれるうえで、そこまでカルトを調べなかったそうなんです。だから、私が調べたこともあくまで土台。『ビリーバーズ』で副議長たちが信じるものを、深めていった感じです。それから、無人島で僅かな食料で生きている説得力を出すために、食事を控えめにして体を絞りました。

――大学で心理学を学んだことは役立ちましたか?

北村 あえて言えば、3人組だと何か起こると、授業で習ったのを思い出しました。偶数のほうが人間関係はうまくいく、みたいな。

人を信じやすい性格に弱さや孤独を加えました

――副議長はカルト的な教えを信仰していて、オペレーター(磯村勇斗)、議長(宇野祥平)と共に、無人島で俗世の汚れを落とすための共同生活を送る役。『かくも長き道のり』で女優を演じたときなどとは違い、自分に覚えのある気持ちは少なかったのでは?

北村 それはなかったですね。学生役やOL役のように、実体験や身の周りで見たことから演じられる役ではありませんでした。台本を読み込んで想像したり、副議長の内面的な部分で自分と似ているところを考えました。

――似ているところもあったんですか?

北村 ありました。私も人を信じやすい性格なので。副議長はそこに、弱さや孤独をプラスしていった感じです。

――難しい役ではありましたよね?

北村 難しかったです。『かくも長き道のり』も強い女性役でしたし、私は学生でもヤンキーやカーストの高い役が多かったので。副議長も強くないわけではないんです。内に秘めているものはありますけど、吐き出し方がストレートに伝える役とは違っていました。要所要所で強さを出すために、普段はあまり出さない。そのあんばいは意識しています。後半にかけて、副議長の本能がむき出しになるのを見せるためにも、そこに行く引き算でお芝居をしていきました。

1人ではどうにもならなかったものが引き出されて

――撮影中も悩んだところはありましたか?

北村 ずーっと悩んでいましたけど、磯村さん、宇野さんと一緒だったから、できたと思っています。お2人がオペレーター、議長として持ち込まれたものに身を委ねることで、私も副議長でいられて。1人で悩んでどうにもならなかったところで、お2人に引き出していただけたものがあって、自分のイメージ以上の副議長が出来上がりました。感謝しかありません。

――現場で生まれた感情もあったわけですか?

北村 台本を読んで、何となく「こういう気持ちで、この台詞を言う」と想像していたのが、お2人がくれたきっかけによって、「あっ、こんな気持ちになるんだ」と変わることがありましたね。

――城定秀夫監督からはどんな演出を受けました?

北村 本読みのときに少し言われたくらいで、現場では「好きにやっていいよ」という感じでした。唯一ラブシーンでは見え方が大事だったので、細かく指導していただきました。

ラブシーンはアクションのようでした

――そういうシーンって、役者さんはよく「アクションのよう」と言いますね。

北村 それをすごく体感しました。劇中では2人とも本能のままですけど、私たちは頭の中で「どう見えたらいいんだろう? どこまですれば?」とずっと考えていて。ちょっとの角度がすごく大事だから、本当にアクションでしたね。あと、そういうシーンが多いので、全部同じに見えるのもイヤで。ひとつずつ、どういう気持ちか考えて、話し合いながらやっていました。

――北村さんにとっては初めてですよね? 撮る前は緊張したりも?

北村 自分でビックリするくらい、緊張はなかったです(笑)。監督の撮りたい画がしっかりわかっていたので、それに合わせるだけ。周りのスタッフさんも配慮してくださって。あの島にいたら開放的になるんですかね(笑)? 恥じらいはそんなになかったです。

――「食べることや寝ることと同じ」とはいえ、撮影環境に関わらず、すんなり臨めたわけですか?

北村 何か不思議な感覚でした。今それをやれと言われたら、できるかわかりませんけど(笑)、あのときの自分は行けました。副議長という役が自分の中にいてくれたので。

お弁当はほとんど口にしていません

――無人島で3人が、傍から見たら異様な生活をしている話ですが、現場での空気はどんなものでした?

北村 ロケ地は待機場所も含めて自然がいっぱいあるところで、その生活に馴染んでいました。東京では絶対味わえない環境で、半分本当に孤島プログラムをしているような気持ちにもなりました。無意識にボーッとしていたり、自分をいろいろ見つめ直す機会にもなって、不思議な2週間でした。

――本部から届く食料が少ない設定の中で、現場でも実際にあまり食べなかったり?

北村 3人とも本当にずっと食べませんでした。お弁当が出てもほとんど口にせず、「この撮影が終わったら何を食べる?」という話で盛り上がって。磯村さんが体に良いナッツを差し入れてくれたときは、幸せでした。

――劇中では小麦粉と塩だけで作ったボンゴレを「マジでうまい」と夢中で食べるシーンがありました。

北村 あれは本当においしかったんですよ! 実際にほぼ小麦を練って切っただけで、味も濃いわけではないですけど、「小麦ってこんなにおいしいんだ」と思いました。今食べたらどうかわかりませんけど、あの環境では最高でした。

夢まで役と近くなっていました

――そこも役と同化していたんでしょうね。

北村 あそこにいた期間は、自分と役が近かった感じです。夢にも磯村さんと宇野さんが出てきて、磯村さんも「今日も2人が夢に出てきた」とおっしゃっていました。

――隠しごとをした罰で、体を土の中に埋められたシーンはキツかったですか?

北村 なかなかキツかったです。雨が多かったので、土が水分を吸収して重くなっていて。それが脚じゅうに載っていたから、身動きが全然取れないんです。ずっと「脚が痛い」と思いながらモゾモゾしていましたけど、このまま埋まっていたら、本当に浄化できそうな気もしました。

――リアルな体感があったわけですね。

北村 ちゃんと土が重たかったのも、ほとんど閉ざされた空間で生活したのも、少しでもリアルに体験できたことは、お芝居をするうえでありがたかったです。

――副議長の過去のことも掘り下げました?

北村 原作や脚本に夫のDVを受けていたことが書かれていたので、そんな夫とどういう経緯で結婚したのか、どれくらい一緒にいたのか……ということは考えました。回想シーンで説得力を持たせたかったので。自分が受けてきた仕打ちも想像しました。

――「汚濁に満ちたあの世界に比べたら、この島での暮らしは天国」と言っていたくらいだから、相当の仕打ちだったんでしょうね。

北村 そう思います。家に帰ってきたら夫に殴られて、でも、やさしくもされて。夫を信じたいから一緒にいたんだろうなとか、そういう部分を作っていきました。

異様に見えても役としては当たり前なので

――穴に入る前に議長に責められるところでは、泣き叫びながら謝っていました。

北村 原作でもめちゃめちゃ責められて、めちゃめちゃ泣いていて、すごく面白いんです(笑)。あれはどうしても再現したくて。宇野さんも全力で責めてきて、私も全力で「ごめんなさい!」と謝っていました。

――原作を超える叫び合いに感じました。

北村 あの世界に生きている3人に、ウソがどれだけ悪いことか。すべてをさらけ出さないといけないプログラムで、周りからは異様に見えても、彼らには当たり前。それがわかるシーンだったなと思います。

――議長の夢に対処するために……というシーンで、オペレーターが「頑張れー!」と応援するのもシュールでおかしくて(笑)。

北村 あそこは撮影中も面白かったです(笑)。真剣にやればやるほど面白いのは、原作を読んで感じていました。議長さんは「これは『気持ちいい』ではなくて」と真剣に言って、私も真剣にやるし、オペレーターさんも「2人とも頑張ってください!」と真剣に応援する。その構造がおかしかったですね。我に帰ると「何をこんなに応援しているんだろう?」と思いますけど(笑)。

単純な愛情でなく欲を満たす姿も見せようと

――副議長は海でオペレーターを誘う辺りから、急に俗っぽさを見せるようになりました。

北村 議長にいろいろあってからのオペレターターと副議長のやり取りは、ていねいに演じました。2人の距離が縮まって、お互いを求め合って欲を解放していく姿に、変化を付けられるように。

――副議長のオペレーターに対する気持ちは、どう捉えていましたか?

北村 そこは難しいところでした。単純に好きというより、自分の欲を満たしたいのと絶妙なバランスを考えました。本能のままの2人という見せ方もしたくて。食料がままならない中、他の欲で補っている部分もあるかと思いました。うまく体現できていたか、わかりませんけど。

――頬が紅潮していく感じとかも、すごくリアルでした。

北村 似た場面のある他の映画もいろいろ観ました。練習はできないから(笑)、知識を身に付けて、見せ方を学ぼうと。城定監督の『性の劇薬』を観て「こういう感じで撮るのか!」とドキドキしましたけど、「あれとは違う」と言われて安心しました(笑)。最初は受け身だった副議長がどんどん積極的になるところは、『全裸監督』にも人の本能が出てくる瞬間があって勉強になりました。

一番濃い撮影で岐路になったと思います

――この『ビリーバーズ』は北村さんの女優人生の中で、大きな作品になりそうですね。

北村 一番濃い時間でしたし、私の岐路になったと思います。先輩の磯村さんと宇野さんに圧倒されつつ、お2人の取り組み方も見て、やっぱりお芝居は面白い、続けていきたいと思いました。

――試写を観て、どんなことを感じましたか?

北村 私、自分が出た作品は、目を隠しながら観ちゃうんです(笑)。「もっとこうすれば良かった」みたいなことが結構あるので。『ビリーバーズ』でもそれはありましたけど、あのときの自分にできる最大限のことは、できた想いがあります。胸を張って、皆さんに観てほしいと言える作品になりました。

――客観的に、作品全体にはどんな印象がありました?

北村 観終わったとき、今までの映画にない気持ちになりました。笑ったけど「この人たちはどうなってしまうんだろう?」という悲しさがあったり。すごく不思議な作品でしたね。でも、やっぱり私が好きで出たかった感じの映画になっていました。

刑事役もやれるように体を鍛えます

――北村さんは3月で大学を卒業して、今は社会人1年目ですね。

北村 もう学割が使えないのが、本当に悲しい(笑)。だから、映画は割引きのある水曜日に行っています。ラーメンのトッピングが学割で無料になるのが、もう使えないのは一番大きいです(笑)。

――卒業しても勉強を続けたいことや、新たにできた時間で始めたいことはありますか?

北村 同い年の人たちが働き始めて、私もさらに覚悟を決めて仕事をしなければと思いました。アクションをやりたいので、殺陣には挑戦したいと思っています。

――キックボクシングはやっているんでしったけ?

北村 やってます。強い女性になりたいし、カッコイイ女性役もやりたいので、体も鍛えようかなと。いつでも動けるようにしておいて、50mを7秒くらいで走れるように頑張りたいです(笑)。

――社会人はあまり50m走はしないと思いますが(笑)。

北村 学校ではリレーの選手だったので、今も遅くはないと思います。刑事役をやりたいので、犯人を追い掛けられるようにしておこうかと(笑)。

Profile

北村優衣(きたむら・ゆい)

1999年9月10日生まれ、神奈川県出身。

2013年に女優デビュー。主な出演作はドラマ『水族館ガール』、『女子グルメバーガー部』、映画『シグナル100』、『13月の女の子』、『かくも長き道のり』など。映画『ビリーバーズ』が7月8日から公開。

『ビリーバーズ』

監督・脚本/城定秀夫 

出演/磯村勇斗、北村優衣、宇野祥平、毎熊克哉、山本直樹ほか

7月8日よりテアトル新宿ほか全国順次公開

公式HP

(C)山本直樹・小学館/「ビリーバーズ」製作委員会
(C)山本直樹・小学館/「ビリーバーズ」製作委員会

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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