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ピンチを防ぐ連係。稲垣啓太が語るスクラムと防御の裏側。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
今年はワールドカップイヤー。3大会連続での出場が期待される。(写真:つのだよしお/アフロ)

 ラグビーを教わるならこの人から。そう思わせる国際的選手のひとりに、稲垣啓太が挙げられる。

 身長186センチ、体重116キロの32歳。スクラム最前列の左プロップを務め、運動量、突進力、タックルの技術を長所とし、日本代表として45キャップを取得してきた。

 ワールドカップ日本大会で8強入りした2019年には「笑わない男」として知名度を上げたが、その以前からプレーの解析にも定評があった。

 ウイルス禍にさいなまれる以前、試合後のミックスゾーンでは稲垣の周りに多くの記者が集まった。この人の詳細な振り返りを聞くためだ。オンライン会見が主流となった時期も、稲垣への取材要請が重なる日は多かった。

 そして今年1月15日、埼玉・熊谷ラグビー場。国内リーグワンの第4節に埼玉パナソニックワイルドナイツの1番をつけて出場した稲垣が、試合後、スタンド下の小部屋に現れる。感染対策を施し、報道陣の質疑に応じる。

 この日はトヨタヴェルブリッツを相手に48分間、プレーしていた。スクラム、タックル、接点の球への絡みで、堅守速攻型のクラブに好循環をもたらした。34―19で下し、開幕4連勝を果たしていた。

 以下、共同取材時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

——まずは、スクラムについて。ワイルドナイツが押しているシーンが多かったようですが。

「最初は、合流して間もなかった。僕も、坂手(淳史主将=先発フッカー)も、クレイグ(・ミラー=リザーブの左プロップ)も、アサ(ヴァル アサエリ愛=リザーブの右プロップの愛称)も(それぞれ代表活動、故障からのリハビリなどのため、プレシーズン期間は実質不在)。

 となると、後ろ、横とのコネクションも大変だったので、バランスの部分でちぐはぐしていた。きょうは、そのバランスの部分——スクラムを組む前のポジショニング——でいいセットができた。ようやく形になってきたなと。

 スクラムって、すぐ解決、というわけにはいかないんです。スクラムは些細なこと、細かい部分で変わるんですけど、その部分はちょっと話したからってすぐには変わらない。お互いに組んだ感覚もあるので。それは、前3人だけではなく、後ろ5人の感覚を感じ取れていたか、いなかったか(という問題)もある。

 今回、後ろの2人(ニュージーランド出身のリアム・ミッチェルと南アフリカ代表のルード・デヤハーの両ロックいずれも新加入)とは、初めてプレーしています。そして、(それぞれの自国と日本では)システムも違う。色々な制約があるなか、まずは自分たちのやるべきことを理解する。そのうえで、それをやるために横の人間、後ろの人間に何をして欲しいのかを話せるか、話せないか(が鍵になる)。やっと、(互いの要求が)伝わってきたなと」

——一般論では、海外諸国よりも日本の方がスクラムでの決まりごとが多いような。

「こんなに細かくやっているのは、海外ではあまりないかもしれないです。ただ、(フォワードを重視する)南アフリカの選手はセットプレーがどれだけ大事かをわかっています。(ワイルドナイツの組み方への)対応は早かったと思います」

 好感触を掴めた手応えからか。

 試合中に発生したトラブルにも、ややフランクなトーンで語る。

「途中、小山が(一時)退場になり、ウイングの竹山がボールインをしたのですが…」

 この日は前半34分からの約10分間、スクラムの足元にボールを投げ入れるスクラムハーフの小山大輝が一時退場した。危険なプレーを判定されたからだ。

 スクラムハーフにはボールインという、スクラム時のボール投入が課されている。今回、小山がいない間は、ウイングの竹山晃暉がボールインをおこなった。もちろん不慣れだったとあり…。

「フッカーの足が届かないところへ入れられてしまって、それでユーズイット(レフリーからの球を早く出すようにとの指示)をかけられて、『あ、これは無理だ』と」

 淡々とした「あ、これは無理だ」に、聞き手は笑った。稲垣は続ける。

「まぁ、ああいうシチュエーションも、対応していかないといけないですよね。竹山がフッカーにボールインするなんて、誰も想定していないです。でも、想定するべきだったんでしょうね」

 備えあれば憂いなし。普段からその意識を貫く。

 熊谷ラグビー場近くの練習場では、通常トレーニング後には防御の個人練習を実施。前述の「アサ」こと、アサエリとおこなうことが多い。

「(自主練を)コーチにやれと言われることは、ないですね。自分がこれは必要だからと、自分からコーチを呼んで、『ここをやりたいから、ここにフォーカスした指導をしてください』と。そのほうがいいと思いますね」

 その意図と、目的が整理されているのがわかった。

「たまにバックス(身軽さやスキルが求められるポジション)の選手を呼んで、1対1の(タックルの)トレーニングをします。

僕らのポジションには、あまりそういうシチュエーションがないんです。

そこで僕らがバックスと(1対1の防御の)トレーニングをする意味は…。『正しいポジショニングを取れていないと、コースを簡単に切らせてしまう』を、確認するためです。

僕らがウイング(バックスのなかでも足の速い選手が多い)の正面に立って、両方(左右のステップに対処できるよう)ディフェンスをするって、不可能なんですよ。

であれば、しっかりポジショニングをして(左右どちらかのコースを遮るようにして)、一定の方向へ切らせる。そうすれば、仲間が助けてくれる…。そういったことを、(自主練で)やっている。それをするのは、誰なのか。ポジションで言うと、僕と、アサなんですね」

 競技の構造上、稲垣らタイトファイブと呼ばれるポジション群(プロップ、フッカー、ロック)の選手は、接点の周りに立って守るのが一般的とされる。

 ただし攻める側は、常に数的優位(攻める人数で防御の枚数を上回ること)と質的優位(大きな選手が小さな選手にぶつかる、身軽な選手が体重のある選手へ仕掛けること)を作るべく施策を練る。

 今回、稲垣が教えてくれた「バックスとの1対1」には、相手に質的優位を作られた時にどう対処するかを確認する意図があったと取れる。

 その成果が活きたであろう場面が、ヴェルブリッツ戦に見られた。

 前半38分だ。

 ワイルドナイツが24―14と10点リードも、小山が一時退場していたタイミングだった。

 まずは敵陣中盤の相手ボールスクラムから、ヴェルブリッツが展開する。ワイルドナイツ側から見て、左から右にボールを動かす。

 ボールが端まで渡れば、今度は右から左への攻めが始まる。

 ここでは、ヴェルブリッツが大外にスキルや走力に長けたバックスの選手を並べていたのに対し、ワイルドナイツはその場所に稲垣らフロントロー(プロップ、フッカー)の選手3人を配置してしまっていた。

 つまり、ヴェルブリッツに質的優位を与えていたのだ。

 自陣ゴール前まで距離があったとはいえ、ピンチと取れなくもない。

 それでも稲垣らワイルドナイツのフロントローは、「正しいポジショニング」「コースを切」らせないよう意識していたような。

 それぞれ、ワイルドナイツ側から見て正面の相手のやや右に位置取り。接点側のスペースを押さえ、左側へのパスを誘導するかのように動いた。果たして、ヴェルブリッツは左側にパスを重ねた。

 結局、ヴェルブリッツの選手がミスキックを犯し、ワイルドナイツが自軍ボールを得た。

 稲垣の述懐。

「ディフェンスはひとりでやるものではない。喋っていれば、どういうポジショニングになろうと、コントロールすることができるんですよ。もちろん、ああいう大外にフロントロー3人という状況を作らないことも大事です。ただ、試合中に完璧というものはないんです。色んなことが——もちろんミスも、イレギュラーなことも——起こるんです。きょう、ああいった(当該の)シチュエーションが起こってしまったわけなんですが、じゃあ、そういったなかで、次はどうするべきか、しっかりと喋れたのでよかったですね」

——そのほかの防御局面も見事でした。一見すると数的優位を作られているようで、最終的には数的同数を作って止めることも多かったような。

 そう問われれば、ヴェルブリッツの攻撃陣形の特徴を踏まえた動きをしていたとしてこう締める。

「(守りながら)判断する。だから、最初、余っている(数的優位を与えている)ように見えても、上がっていく(防御ラインを相手方向に押し上げていく)最中に、自然と(自分たちと相手側との人数が)合う…と、いうニュアンスですかね」

 繰り返せば、ワイルドナイツは堅守速攻型のチームだ。フッカーで日本代表経験者の堀江翔太が仲間に防御システムを落とし込み、一枚岩となってボールを奪い返したり、反則を誘ったりする。

 個々の守備範囲の広さをチームのプラットフォームに昇華させる様子を、稲垣はこう説くのだった。

「僕らがディフェンスラインを上げていないと、ボールを持つ相手に余裕、選択肢、判断する時間、勢いを作らせる時間を与えてしまう。まず、スペースを与えない。判断(する余裕や時間)を与えない。すると、相手のスキルが低下する。そこ(を目指しているの)は、ワイルドナイツでも、代表でも同じことです。

ただ、ひとりでラインスピードを上げることはできない。いかに横(隣の選手)とうまくディフェンスラインを形成するか。喋る。相手の声を聞く。(相手は自分の声を)聞いてくれているのか(を確かめる)。そういった部分までフォーカスしながら、やっていますね」

 つくづく、ラグビーは身体と頭を使うスポーツだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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