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大阪万博は、もはや「災害」? 過労死の危険を無視した「強硬策」は問題だらけ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(提供:イメージマート)

 2025年4月開催予定の大阪・関西万博(日本国際博覧会)をめぐり、今年7月、日本国際博覧会協会(万博協会)が政府へ、建設労働者へ時間外労働の上限規制を適用しないように要望したというニュースが報じられた。

 現状、政府は適用除外を否定しているが、つい先月に行われた自民党の大阪万博推進本部では、万博パビリオン建設のために時間外労働の上限規制の適用除外を求める意見が多数上がった。

 その会合の中では、例えば、「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出ていたという。

参考:万博工事「超法規的措置を」 自民会合で発言、残業規制の除外求める(2023年10月10日・朝日新聞)

 元々建設業は、他業種に比べて長時間労働が深刻な問題となっており、2024年から新たな時間外労働の上限規制も導入される予定であった。それにもかかわらず、万博開催を最優先するために上限規制を適用除外にしてしまうと、過労死・過労自死等や重大な事故をも拡大してしまう危険性があるだろう。

 本記事では、昨今の建設業界の過重労働の実態や現在話題となっている建設業界の「2024年問題」と関連して生じている、労働時間規制の適用除外の問題について考えていきたい。

10人に1人は過労死基準を超えて働く建設労働者の実態

 今回の万博開催に向けた建設労働者への労働時間規制適用除外の議論を考える前提として、これまで建設業界全体でいかに過重労働が蔓延していたのかを見ていこう。

 まず、厚生労働省が出した2019年度版過労死白書の中には、過労死防止のために、国が重点的に取り組むべき業種として建設業が位置付けられ、調査結果が示されている。この調査結果では、建設業界全体でおよそ10人に1人である9.9%が週60時間以上働いており、月に換算すると国が定める「過労死ライン」(月80時間残業)を越えていることがわかっている。「過労死ライン」とは、長時間労働により脳心臓疾患で亡くなった場合に、国が労働災害として認定するの基準のことである。

 特に、過重労働が深刻なのは「技術者(現場監督)」であり、週60時間以上働いている労働者は、16.2%にも上っている。これは、現場監督者の6人に1人は、「過労死ライン」を超えた長時間労働をこなしていることになる。

「過労死白書」(2019年・厚生労働省)
「過労死白書」(2019年・厚生労働省)

参考:「過労死白書」(2019年・厚生労働省)

 また、国土交通省が出している建設労働者の働き方に関する資料からも、建設労働者の過酷な労働実態が明らかになっている。まず建設労働者の年間労働日数は、全産業と比較しても12日も多くなっており、また年間労働時間数も90時間ほど多くなっている。特に目を引くのは平均休日についてであり、「週休2日」を取れている建設労働者はたった8.6%しかおらず、4週6休が44.1%と最多となっている。建設労働者は、他産業では当たり前となりつつある「週休2日」すらほとんど取れていないのだ。

「建設業を巡る現状と課題」(2023年・国土交通省)
「建設業を巡る現状と課題」(2023年・国土交通省)

参考:「建設業を巡る現状と課題」(2023年・国土交通省)

 このような過酷な労働環境のため、2022年度の脳・心臓疾患での労災支給決定件数において、建設業(総合工事業)は2番目の18件、建設業(設備工事業)は6番目の7件となっており、建設業で多くの労働者が過労死と認定されていることがわかる。

「2022年度過労死等の労災補償状況」(2023年・厚生労働省)
「2022年度過労死等の労災補償状況」(2023年・厚生労働省)

参考:「2022年度過労死等の労災補償状況」(2023年・厚生労働省)

 以上のように、建設業界は、他業界に比べても長時間労働が広がっている業界であることが様々なデータから明らかとなっている。なお、建設業界には「一人親方」の個人事業主として働いている人も少なくない。それらの人は様々な建設現場を流動的に働いており、また原則として労災保険に加入していないため、上記のデータに実態が現れていない。立場の弱さからより劣悪な環境で働いている可能性が高い。

顧客からの契約変更や厳しい納期など過重労働が生まれる背景 

 2019年度版過労死白書では、建設労働者に時間外労働が生じる理由も調査されている。それによると、全体では「業務量が多いため」(54.0%)が最も多く、次いで「人員が不足しているため」(43.2%)、「顧客からの不規則な要望に対応する必要があるため(予期せぬ設計変更等)」(38.8%)の順で高い回答が出ている。

 ここからは、建設業では根本的な業務量の多さや人手不足に加えて、納期のある仕事の中で頻繁な設計変更等により、現場労働者の時間外労働が増えていることがわかる。今回の万博についても、開催まで600日を切っているが、度重なる計画変更等による工期の大幅な遅れが既に指摘されている

 そこで今回の万博と類似した状況として頭に浮かぶのは、2021年に開催された東京オリンピック大会の建設現場だろう。東京オリンピック大会では、新国立競技場の建設についてデザインや建設費をめぐる混乱などにより、当初より1年2ヶ月も遅れて工事の着工となった。

 そのような状況の中で、新国立競技場建設の施工管理をする下請け企業で働いていた23歳の新入社員の男性が自死し、極度の残業での過労が原因だったとして労災認定されている。その男性は、深夜に及ぶ長時間労働が常態化しており、1ヶ月に3回の徹夜勤務をした月もあったという。自死する直前の1ヶ月の時間外労働は「過労死ライン」の2倍以上である月200時間を超える異常な労働をしていた。

 彼がそのような過重労働を強いられた原因は、度重なる計画変更と国家プロジェクトとして設定された厳しい納期であったことが指摘されている。工程の遅れをなんとか取り戻すために、現場では殺人的な残業が増えていったのだ。また、特に、建設業界に特有の「多重下請け構造」の中で、無理な納期を求める元請け企業に対して意見を言うのが困難な下請け労働者へ、そのしわ寄せがより顕著に生じていたことも推測される。

 以上からも、今回の万博において、東京オリンピックの時のように既に工期が遅れている中で、納期に追い立てられて現場の労働者が過重労働に追い込まれていく危険性があることは明らかだろう。

参考:新国立で過労自殺、時間外200時間を会社「把握せず」(2017年7月24日・日本経済新聞)

「2024年問題」と万博協会のダブルスタンダード

 次に、昨今話題となっている建設業界の「2024年問題」について見ていこう。国は「働き方改革」の一環として、労働基準法を改正し、2019年4月1日から「原則月45時間、年360時間」を超える残業はできないように罰則付きの時間外労働の上限規制を導入した。

 ただし、「臨時的な特別の事情」があって労使が合意する場合には、①時間外労働は年720時間以内、②時間外労働プラス休日労働 は月100時間未満、2~6か月平均80時間以内とし、③原則である月45時間を超えることができるのは、年6か月まで可能としている。

 この規制自体、「臨時的な特別の事情」があるとすれば、「過労死ライン」まで働かせることができるというものであり、かなり緩いものとなっている。しかし、この時間外労働の上限規制を、建設業は24年4月まで5年間の猶予期間が与えられていた。建設業においては、以前から人手不足と長時間労働の常態化等が蔓延していたため即時導入は困難であると評価され、5年の間に業界改善を求められた形だ。

 ところが、猶予期間が終わり来年4月から時間外労働の上限規制の適用がなされることとなったが、建設業界では「2024年問題」と言われ人手不足と長時間労働の改善の目処は立っていない。このままでは、さらなる工事の延期が生じかねないため、万博協会も国に対する上記の時間外労働の上限規制の適用除外を要望したのだろう。

 しかし、このような万博協会の行動は、万博の開催趣旨からみても大きな問題がある。万博協会は今回の万博のテーマを「いのち輝く未来社会のデザイン」としている。また、「SDGs達成・SDGs + beyondへの飛躍の機会」を掲げ「持続可能性に配慮した調達コード」を定めており、その中には、下請け企業等含む「サプライチェーン」での「4.7 長時間労働の禁止」、「4.8 職場の安全・衛生」を掲げている。

参考:「持続可能性に配慮した調達コード」(万博HP)

 このような万博開催の趣旨等からも、今回の過労死・過労自死を拡大しかねない時間外労働の上限規制の適用除外は許されないのではないだろうか。

終わりに

 建設業に限らず、過労死は日本社会全体に蔓延している。2022年度に過労が原因で死亡するなどして労災申請があったのは、全国で約3500件と、過去最多となったことが厚生労働省から発表されている。また、「3500件」という数字はあくまで労災「申請」に至った数なので、家族・知人等が過労死・過労自死の可能性があるのに、何をすればいいか、どこに相談すればいいか分からず労災申請まで辿り着くことができていないケースは、それ以上に存在しているだろう。

 このような過重労働が蔓延している状況を改善するためには、遺族が労災申請をしたり、過労死が起きた企業に対して裁判をしたりなどするための社会的なサポートが必要だ。

 もさまざまな団体が過労死問題の相談を受け付けている。一人で悩む前に、まずは専門家への相談を検討してほしい。きっと解決の方向性が見えてくるはずだ。

*イベント紹介

 なお、私が代表を務めるNPO法人POSSEは、実際に解決が困難な過労死事件を遺族と支援者が一緒に取り組むことで、労災認定や企業責任の追及を実現した複数の実例を紹介するイベントを今週末に企画している。ぜひ、過労死問題に関心のある方は、参加をしてみてほしい。

11/19(日)午後開催 私たちはこうやって過労死を認めさせた~遺族と支援者の実践から見えるもの~

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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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