麗しき一条天皇(塩野瑛久)の成長、清少納言(ファーストサマーウイカ)は清・少納言。「光る君へ」15回
どこまでも思いやりある道長
「兄上は変われます。変わって生き抜いてください」
第14回で藤原兼家(段田安則)が亡くなったことに続き、第15回「おごれる者たち」(演出:中島由貴)では、倫子(黒木華)の父・源雅信(益岡徹)が亡くなり、藤原公任(町田啓太)の父・頼忠(橋爪淳)もすでに亡くなっていて、ずいぶん代替わりしている。
道隆(井浦新)が関白から摂政となり栄華を極め、一条天皇(塩野瑛久)が成長して麗しくなっている。伊周(三浦翔平)、公任と見目麗しき男性が居並び眼福であった。
ただ、見どころを「麗しき一条天皇」だけではくくれないのが「光る君へ」である。今回も見どころがたくさんあり、どこを中心に書いていいのか悩む。
第15回の見どころ
その1:一条天皇が麗しすぎる
その2:まひろ、石山寺に詣でる
その3:藤原3兄弟の確執
その4:ききょう、清少納言に
第15回の総括
☆以下ネタバレありますので、番組をご覧になってからお読みください。
■見どころ1:一条天皇が麗しすぎる
992年、ますます道隆が身内びいきし、実資(秋山竜次)は内裏の乱れを心配する。
道隆は、成長した一条天皇に満足そうだ。
横笛を吹く姿も清らかで美しい一条天皇。それをうっとり聞いている中宮になった定子(高畑充希)も純粋無垢だが、中宮様が帝を手玉にとっているという噂が流布し、「あの親にしてこの子あり」と陰口をたたかれる。
定子が「帝を大切にし、仲睦まじく過ごすだけではいけないのですか」と母・高階貴子(板谷由香)に聞くと、「いけません」とすげない。
藤原家が栄え続けるために、父・道隆が輝くために振る舞わないといけないと諭されるが定子は承服しかねる様子だ。
本来、政治的な結びつきのはずの結婚を、定子と一条天皇は愛情の結びつきにしているが、それが彼らの立場的には問題なのだ。
朝廷の人々
■見どころ2:まひろ、石山寺に詣でる
さわ(野村麻純)に誘われて、まひろ(吉高由里子)は石山寺に小旅行。そこで寧子(財前直見)と息子・道綱(上地雄輔)に会う。
「蜻蛉日記」を愛読していたまひろは、作家本人と登場人物に会えたことを喜ぶ。こういう感情は、視聴者に近いだろう。本や映画やドラマの作家や出演者にイベントなどで会えたりしたときなどの嬉しさと共通するものがあって、まひろの反応には共感しかない。
まひろは、寧子が歌に詠んだ、兼家が訪ねてきて嬉しいのにつれない返事をしてしまう「心と体は裏腹」という真理に共感し、道長(柄本佑)との逢瀬を思い出す。あの濃密な場面が回想されると、なんだか湿度が上がる気がする。
寧子はできれば、妾にはならず、嫡妻になったほうがいいとまひろとさわに助言する。彼女は哀しみを日記に書くことでなんとかやり過ごしてきた。その体験談がまひろを動かしていく。
これが人間のこわさである。女に限ったことではないと思うが、女性のほうが、この執着心は強いかも。
びわを弾いても暗い音色しか出せず、「私は一歩も前に進んでいない」と落ち込むまひろは、つらい思いを文章にぶつけていくことになるのだろう。それって実資と同じなんだけども。
その晩、道綱がまひろと間違えて、さわの枕元にやって来たのは「源氏物語」の「空蝉」で描かれたようなエピソードである。空蝉に惹かれた源氏だったが、間違えて軒端の荻と契るはめとなる。
旅行時、まひろたちは、赤い細い帯のようなもの体に巻いている。なんだか縛られているみたいにも見えるが、これは掛帯といって、女性が旅行に行くとき、清める意味で身につけたもの。
まひろの家族
■見どころ3:藤原3兄弟の確執
摂政になった道隆は身内を出世させ周囲をがっちり固め、予算も好きに使っているので、道長は苦言を呈す。
「おまえは実資か」と軽くいなす道隆。細かいことを指摘しないと思って道長を中宮大夫にしたと言う。
漢詩の会を開いていた頃の道隆は、もっと心の広い人物のように見えたのにすっかり視野が狭くなってしまった気がするが(まさにサブタイトルのおごれる者)、演者が井浦新なので、悪人に見えないところが救いである。きっと悪い人ではなく、立場上そうなってしまったのかなあと。
伊周と道長の弓競べでは、緊迫感と気まずさが漂った。最初は道長がたぶんわざと外していたが、願い事を言いながらと言われ、「我家より帝が出る」と言うと、形成逆転してしまう。
「われ関白となる」では道隆が止めに入る。道長が本気出しただけのような、言霊なのか、ますます兄と弟の関係にひびが入っていくようだ。弓矢の先が未来を暗示するかのような不穏な場面だった。
この弓競べで、山岸凉子の漫画「日出処の天子」を思い出した漫画好きな視聴者も少なくない。
家に戻ると明子(瀧内公美)が新たに子を宿していて、雅信が危篤となっている。
出世コースを完全に外れた道兼(玉置玲央)は、妻や子にも見捨てられ、酒に溺れ、公任のもとに押しかけていた。
「おまえ、俺に尽くすと言ったよな」と公任に迫る道兼。そのときの微笑みがこわい。きっと公任もこわかったと思う。
公任は亡き父の、道兼につくようという遺言を守ったらハズレくじで、残念なことになっている。F4(藤原4)のなかで最有力出世候補だったのにいまや道長に完全に抜かれてしまった。でも、頭の中将になっていたときには、大和和紀の「あさきゆめみし」の頭の中将は秋山竜次ではなくやっぱり町田啓太だよねえと思った、少女漫画ファンの視聴者も多いはず。
道長の家族と兄弟
■見どころ4:ききょう、清少納言に
貴子に選ばれて、ききょう(ファーストサマーウイカ)が定子の女房になる。
はじめて定子を見たききょうは「きれい……」とぽーっとなる。
定子が女房名を「清少納言」と名付けると、ききょうはその名前をとても気に入る。「清」はききょうの父親の清原元輔から取ったが、父も夫も「少納言」という官職ではなかった。通常官職からつけるものだが、そうじゃないところがむしろ気に入ったのだろう。
清少納言は清・少納言だが、清少・納言と切って読んでいた人も少なくないようだ。清・少納言のほうが、聖・◯◯みたいなありがたい印象がする。
NHKの公式サイトの「君かたり」のサマーウイカのコメントによると、定子にはいまでいう「推し」感覚だという。だからこそ、トークショーで繰り返し「定子様」について言及していたのだろう。
「君かたり」では清少納言と命名されたときのききょうの心境の解釈も語られている。少納言とは関係のない名前をなぜ気に入ったのか、筆者が思ったこととはちょっと違っていたのだが、だからこそ興味深った。
■第15話総括
以上、第15話、平安時代の知識も盛り込みながら、少女漫画的描写も交えながら、物語は、まひろ(紫式部)と清少納言が作家に、道長が政治の道に進んでいく道筋をちょっとずつ描いている。
再放送中の朝ドラこと連続テレビ小説「オードリー」(00年)や、大石静がはじめて書いた大河「功名が辻」(06年)を見ても、大石は脚本を書くにあたり調べた知識を過不足なく視聴者にわかりやすく取り入れながら、ドラマティックに物語を盛り上げていくことに長けていることがわかる。固有名詞の使い方が手堅い。『光る君へ』が安定した支持を得ている理由はそこにもあるような気がしている。
第15回でとりわけ印象的なのは道長がやさぐれた道兼にあくまで親切に接することだ。
父の操り人形となり、己を封印してきた道兼は、摂政の首をとりたいと言い出す。
浄土に行くことなど望まないと自棄になる道兼を、道長は励ます。
生きることを強調する道長の言葉が響く。
また、まひろは、身内のいないききょうの話し相手になり、さやには、このまま結婚できなかったら一緒に暮らそうと言われる。結婚がすべてではなく、寄る辺のない者たちの共生の可能性を描くことで、古典が現代に息を吹き返す。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか