「サッカーを手段に」海を渡ったなでしこリーガー。スペイン女子リーグで戦う堂園彩乃の現在地
ここ数年で、海外挑戦をする日本人女子サッカー選手が増えている。その移籍先として、特に人気があるのがスペインだ。
バルセロナやアトレティコ・マドリードなど男子のビッグクラブが女子部門にも力を入れ、集客への取り組みやスター選手の獲得を進める中で競技レベルも向上。5月にはバルセロナが女子チャンピオンズリーグで初の決勝進出を果たした。一方、国内女子リーグでは昨年末に、1部の選手たちが最低賃金12,000ユーロ(年/約146万円)の保障などを求めてリーグ戦のストライキを起こすなど問題も抱えている。
そうした変化を感じながら、言語や文化的背景が異なるスペインで長くプレーする日本人選手たちに、自身の現在地、スペインでプレーする魅力や、今後挑戦を志す選手たちへのアドバイスなどを語ってもらった。
コルドバの千葉望愛、後藤三知の2選手(前編/後編)に続き、今回は2人と同じくスペインで4シーズン目を迎え、現在は南部・アンダルシア地方のマラガでプレーするMF堂園彩乃選手に話を聞きに行った。
マラガは2部にあたる1部B(32チームを北地区と南地区で16チームずつに分けてリーグ戦を行う)の南地区で、1月21日現在、16チーム中5位につけている。
堂園は、浦和レッズレディースで2009年と14年にリーグ優勝を経験。体格に恵まれ、年代別代表でW杯にも出場するなど早くから才能を示していた。海外への思いが芽生えたのは20歳の頃だったという。
「当時、安藤(梢)さんや(熊谷)紗希がドイツでプレーしていたこともあって、私もいつか海外でプレーしてみたいなという思いがありました。ただ、その頃は海外に行くのは日本代表クラスの選手ばかりでしたし、浦和には山郷のぞみさんや柳田美幸さんなどすごいメンバーがいたので、その中で成長して、結果を出してから行きたいと思っていたんです」
だが、22歳の頃に浦和を牽引してきた代表クラスの選手たちが引退し、世代交代によって重い責任が生まれたことや、仕事とサッカーを両立させる生活の厳しさの中で堂園のサッカーへの思いは変化した。
そして、高いプロ意識を持った先輩たちの背中を見てきた中で、「中途半端な思いでサッカーを続けたくない」と、24歳の若さでの現役引退を決意する。
その後、当時千葉県1部からチャレンジリーグ(3部にあたる)昇格を目指していたオルカ鴨川FC(現2部)からの熱烈なオファーを受けて現役復帰を果たした。そして同シーズンにオルカの昇格に貢献した後、16年1月に2度目の引退を発表した。
サッカーをやめ、その後の人生と向き合う時間が増えた中で、堂園は元々持っていた海外生活への思いを実現すべく、ワーキングホリデーの講演会に参加するなどしていたという。その中で、先にサッカーでトライアウトを受けてスペイン行きを決めていた千葉望愛(ちば・みのり)から話を聞いていたことがきっかけとなり、自身もトライアウトを受けることを決意する。
「みのりとはレッズに入った当初からの付き合いで、彼女がスペインに行く前から話を聞いていました。トライアウトのことや生活面の話はすごく楽しそうだったし、ご飯の美味しさや人の感じも良さそうだったので、私も行きたいなと思い、サッカーを手段にしていくことにしました」
サッカーの実力で目標としていた海外への扉を開いた堂園は、16年7月にスペインに渡った。
その後、1部のUDグラナディーラ・テネリフェで2シーズンを過ごした後、昨季は2部のサンタ・テレサCDでプレーし、今季からマラガでプレーしている。
今季序盤はケガもあったが、徐々にコンディションを上げ、1月4日には首位のアルバセテ戦で今季スタメンで初ゴール。さらに、1月18日のテネリフェとのアウェーでの対戦(○1-0)で、古巣相手に今季2ゴール目となる決勝点を決めた。
試合の動画を見ると、堂園はトップ下で出場し、激しいコンタクトプレーも多いスペイン女子リーグで、海外勢にも負けないフィジカルと技術を融合させたプレーで輝きを放っていた。そのプレーには、守備的なポジションやサイドから攻守にアクセントを与えることが多かった浦和時代とは異なる力強さが感じられた。
堂園彩乃選手インタビュー(1月10日@マラガ)
【変化への適応力】
ーーまずはスペインに来た頃のお話から伺います。トライアウトを受けて、チームが決まるまではどのような感じだったのですか?
堂園:スペインに3週間滞在して、1週間ずつ、計3チームを受けました。週に4回しかない練習が突然中止になったり、チームによっては移動があって2日間しか参加できないこともありましたが、最終的にグラナディーラ・テネリフェからオファーをもらうことができました。
ーーテネリフェでの生活や、初めてボールを蹴った時の印象はどうでしたか。
堂園:テネリフェは生活もサッカーも、すごく面白かったです。スペイン人はミスを怖がらないんですよ。たとえばシュート練習で、日本だと枠を捉えること、コースを狙うこと、コントロールなどを大切にしますが、テネリフェはミスをしても、まずは思いっきり蹴ればOKという感じでした。人はみんな陽気で人なつっこく、わずかな時間でも楽しもうとしますね。
ーープロになっての生活の変化や、堂園選手は流暢にスペイン語が話せますが、言葉を身につけるまでの苦労について教えてください。
堂園:時間の有効な使い方は、レッズ時代の経験が生きました。当時チームメートだった山郷のぞみさんや柳田美幸さん、安藤梢さんや、中堅の選手もプロ意識が高かったんです。食事や寝る時間をうまく考えたり、休みの日のリカバリーや練習前のケガ予防が習慣になっていたので、そういう姿を見ながら時間の使い方を学べたのは大きかったですね。
語学に関しては、テネリフェには特有のイントネーションや言葉の使いまわしがあって、それにプラスで仲が良かったチームメートがアンダルシア出身の子でした。だから、私がスペイン語を話すと二つの地域の訛りが入ってたらしいです(笑)。テネリフェでは日本から持って行った本で一般的なスペイン語も勉強していました。日本語を話すといまだに(故郷の)鹿児島弁が出ます(笑)。
【スペインリーグの光と影】
ーー先週は首位のアルバセテ相手に見事なダイビングヘッドで初ゴールを決めました(1月4日△2-2)。今季初スタメンで、試合では相手を押し込むシーンも多く見られましたが、チームとご自身の調子はどうですか?
堂園:マラガは基本的に超攻撃的です。監督が分析官出身なので、相手によって戦術やフォーメーションを変えることも多くて、かなり柔軟ですね。リーグ前半戦は勝てる試合で終盤に追いつかれたり、シュートが決められなかったり、という部分で苦しんでいたのですが、着実に成長しています。
私はプレシーズンマッチで膝が腫れて試合に出られない時期も長くて、その時期は悔しかったですね。でも、監督はテネリフェ時代から一緒なのでコンセプトもわかっているし、(監督が)自分の特徴もわかってくれているので焦りはなかったです。先週の試合(アルバセテ戦)は、自分の感覚的にもパーフェクトな状態とモチベーションの中でプレーできました。
ーー試合の動画を見ると、空中戦でかなり競り勝っていましたね。体格的に負けていない印象で、予測でも上回る場面が多いように感じました。トップ下での出場でしたが、スペインでは希望するポジションでプレーできていますか?
堂園:私の体格(164cm)はスペインの平均ぐらいだと思います。ただ、スペインは当たりの強さだったり、ジャンプ力やスピードなどがある選手が多くて、私はそういう部分が特に高いわけではないので、予測の部分でアンテナを張って誰にも負けないようにしています。
テネリフェでプレーしていた時は中盤に中心選手がいたので、サイドで起用されることもありましたが、サンタ・テレサではボランチで、マラガに来てからはトップ下やボランチなど希望するポジションでプレーできています。
ーースペインで4シーズンを戦ってこられましたが、なでしこリーグとの違いをどんな部分で感じますか。例えば戦術的なことや、休みに対する感覚の違いはどうでしょう?
堂園:戦術的ファウルがあることですね。たとえば中盤で相手にボールを持たれていて数的不利の時は、あからさまに掴んで止める場合もあるし、後ろから両手で抱きついて止めることもあります(笑)。止めないと、試合の振り返り映像でも「あそこはファウルすべきだったでしょう?」と言われますから。最初の頃はあまりに感覚が違うので笑ってしまいました。
練習は、日本では2時間ぐらいやった後に自主練をしていましたが、こちらでは1時間半と決まっています。試合の前日と(試合後の)週の中日に1日オフがあるので、日本より休みが多いですね。
ーー堂園選手は、ここ数年でスペイン女子リーグが発展しているなと実感することはありますか。
堂園:1部の女子の試合はテレビでも放映しているので時々観ていますが、この4シーズンの間に上位チームだけでなく、下位チームも含めて全体的にベースが上がってきているなと。代表のレベルも上がっていますし。プロリーグと言っても仕事をしている選手はいますが、「AFE(Asociacion de Futbolistas Espanoles)」というスペインサッカー選手協会の動きもあって、(給料や環境面の充実に向けて)本当の意味でのプロ化は進んでいると思います。
ーーAFEはどのような組織なのですか?
堂園:年会費を払うと、まずスパイクを一足プレゼントされるんです。加入している選手としていない選手がいて、年会費はカテゴリーによっても違うみたいですが、私は2万5千円ぐらいでした。他にも指導者資格を取るための金銭的なサポートや、選手をしながら大学に通っている選手には奨学金も出るようです。あとは代理人とトラブルがあった時に間に入ってくれたり、選手をやめてからすぐに仕事が見つからない場合の援助などですね。
私はスパイクだけで元が取れると思って入ったのですが(笑)、プラスしかないですよね。この間のストライキでもAFEが中心になって動いていたようです。
ーーストライキについては千葉選手がわかりやすくまとめてくれていましたね。待遇面はチームによって格差もあると聞きますが、それは感じますか?
堂園:はい。たとえば私がプレーしたテネリフェとサンタ・テレサは、チームがジムを持っていたけれど、マラガにはないです。あとは、クラブが家を用意してくれていたり、選手が分割して光熱費を払う場合もあるし、全部クラブが負担してくれるところもあります。
ーーそれは結構な差になりそうですね。堂園選手は、そうした金銭的な部分はストレスにはならないですか?
堂園:私はスペインで生活ができることに満足しているので、お金に関してはストレスになりません。スペインに来て最初の頃は、練習時間が予定から遅れたり、気まぐれなところに戸惑うこともありましたけど、慣れましたね。私の場合、日本のきっちりした部分がきつく感じることもあったので、スペインの感覚は慣れると楽でした(笑)。そこで自分の習慣を変えられない人にとっては強いストレスがかかりそうですね。
ーー男子のスタジアムを使った試合で4万人、6万人という大勢のお客さんが入って話題になりましたよね。男女のカテゴリーを越えたサポーターの一体感は感じますか?
堂園:テネリフェもサンタ・テレサも女子の単独チームだったので、マラガは男子トップチームがある初のクラブです。男子に比べるとお客さんは少ないですけど、グラウンドと客席が近く、ホームとアウェーの差がはっきりしていますね。ホームでは相手のサッカーの特徴を考えて、裏に蹴ってくるチームに対しては小さめのグラウンドを選んだり、自分たちが回して疲れさせたい場合は広いグラウンドを選ぶこともあります。
1部では年に1度ぐらい男子のスタジアムを使って試合をしていて、ダービーもお客さんが入りますね。アトレティコとバルセロナが代表的ですが、マドリード・ダービーやバレンシア・ダービー、セビージャ・ダービーもあります。
【セカンドキャリアに対する意識の変化】
ーー日本でも2021年にプロリーグの新設が決まりました。プロ選手は、サッカーをやめた時にセカンドキャリアへの不安も生まれそうですが、両方の立場を経験されて、どう感じますか。
堂園:最初に現役を引退した時はただ普通の生活がしたかったので、サッカーだけをやめて仕事は続けていました。でも、自分が本当にしたいことが何なのかは悩みましたね。今は何でもチャレンジしたいなと思って、結果的にスペインにいますけど、サッカー1本でやっている中で、やっぱり不安にはなりますよ。その中で、自分がやりたいことが見つからないなら「今、やれることにチャレンジしよう」と思うようになりました。
4年目の今は指導者の勉強もしています。日本のライセンスとは対応していませんが、スペインの指導者資格を取りたいと思っています。
ーー将来はスペインで教えてみたいと思いますか。また、これから先もずっとスペインで生活したいですか?
堂園:そこまで明確な目標はないんですが、今29歳なので、そろそろ次のステップも考えています。
スペインではサッカーを仕事にしているので、練習以外の時間は小中学生や子供たちにコーチとして教えることがあります。日本は現役を終えてから指導者を目指すのが一般的だと思いますが、こちらでは選手をしながら教えて、アウトプットすることで自分のプレーにもプラスになるという考え方ですね。私は以前は現役をやめたらサッカーから離れようと考えていましたが、こちらで考え方が変わ(って、指導者にも魅力を感じるようにな)りました。全部スペイン語なので、助けてもらいながらですけれど(笑)。
今後は(スペインで生活を続けることと帰国の可能性も含めて)どちらもありです。ただ、寒いところは苦手なんです(笑)。マラガは温暖ですが、それでも朝晩は寒いですから。スペインの中ではやっぱりテネリフェが大好きで、いつかもう一度住みたい場所ですね。
ーー最後に、今後、海外挑戦を考えている選手にアドバイスをお願いします。
堂園:サッカーで挑戦する場合は、自分の色を大切にすることでしょうか。私も1年目は希望していた中央ではなくサイドで起用されたり、思い通りにいかないこともありましたけど、そのポジションで自分の色を出して楽しむ気持ちは忘れないようにしていました。言葉がわからなくて伝えられないもどかしさもありましたけど、それがあるからこそすごくスペイン語を勉強しましたし、いい刺激になりました。
今、スペインリーグは日本人選手が多いので来れば助けてもらえると思いますけど、個人的には日本人がいないチームがおすすめです。「何かができなくて悔しい」とか、そういう逆境の中でプライドを捨ててみたり、ミスを恐れずにジェスチャーを使ったり、(ほかの選手を)いじってみたり。スペイン人はそういうのを面白がってくれますから。挑戦すると決めたら、すべて経験だと思ってチャレンジしてほしいですね。
【取材後記】
日本では2度の現役引退を含めて、サッカーとの向き合い方やセカンドキャリアへの不安の中で試行錯誤していたのだろう。
だが、その後、サッカーを海外に行く手段としてスペインに渡り、サッカーを通じて語学も身につけた。いきいきと語ってくれるその様子を見ていると、チームでも自分の人生でもたしかな居場所を築きつつあるのではないかと思えた。
取材の前に、マラガの練習を見学させてもらった。地中海に面したリゾート地としても知られるマラガの陽射しは気持ちが良く、美しい天然芝のグラウンドでの練習には活気があった。
彼女は流暢なスペイン語で練習の雰囲気を盛り上げ、チームメートと冗談を言い合って談笑していた。
先週の試合では今季2ゴール目を決めるなど好パフォーマンスを続けている。残り13試合となったリーグ後半戦は、チームの軸としてさらなる活躍を期待したい。