欧州に挑戦したなでしこリーガーたち。スペイン女子リーグのリアルを後藤三知と千葉望愛が語る(後編)
ここ数年で、なでしこリーグから海外挑戦を志す選手が増えている。その中でも、特に増えているのがスペイン女子サッカーリーグだ。
欧州女子リーグのプロ化の気運の中で、バルセロナやアトレティコ・マドリードなど男子のビッグクラブが女子部門にも力を入れている。また、女子代表が急成長を遂げている国でもある。
一方、国内女子リーグは様々な問題も抱えている。協会と選手側の労働協約がないため、選手たちには最低賃金(月給900ユーロ/約11万円)が支払われず、負傷の治療費が自己負担、夏休みは無給など、不当な待遇が続いていたという。
その中で、2019年11月中旬には1部の選手200人が最低賃金の保障や休暇規定、セクハラ防止対策などの条件を提示して、リーグ戦のストライキを起こしたことが大きなニュースになった。
今回の記事では、前編に続き、スペイン女子サッカーリーグで4シーズン目を戦っている後藤三知(ごとう・みち)選手と千葉望愛(ちば・みのり)選手に話を聞いた。2人は現在、1部B(実質2部にあたる)のコルドバでレギュラーとしてプレーしている。
後編では、スペインと日本の練習の違いやサッカー文化、また、昨年11月中旬に行われたストライキの様子、日本のプロリーグ新設、そしてセカンドキャリアへの考え方についても聞いた。
千葉望愛選手×後藤三知選手 対談(1月9日@コルドバ)
【育まれる地域への愛着】
ーーコルドバの街は住みやすいですか?
後藤:はい。ローマ時代の遺跡や当時の地層を眺められるカフェなどもあって、街並みにも歴史を感じます。5月に街最大級のお祭りがあって、世界中から街の人口の2倍ぐらいの観光客が来るんですよ。南部で天気もいいですが、人も陽気で温かいです。
千葉:スペインは世界最大のオリーブ生産地ですが、その中でもコルドバのオリーブはナンバーワンと言われます。年間を通して雨が少なくて、今シーズン試合で雨が降ったことは一度もないんですよ。
ーーそれはいいですね! スペインでサッカーが文化として根付いている背景を考えると「地域密着」が一つのキーワードのように思うのですが、この4シーズンの間にそれぞれスペインの3つのクラブでプレーして、それを実感することはありましたか?
千葉:それはよくありますね。みんな地元愛が強いので、コルドバの人は、スーパーでは同じ食材でもコルドバ産のものを買うんですよ。あと、サッカーのチーム名がどこもシンプルで、地域名だけです。その方が愛着が湧きやすいみたいですね。家の近くに行きつけのスポーツバルがあるんですが、私たちが行くといつも「この間の試合で勝ったね!」とか、なにかと声をかけてくれます。
後藤:これも街への愛着に通じることだと思うのですが、まずは一番身近な家族を大事にするんです。面白いなと思ったのは、3歳ぐらいから中学卒業するまでほとんどずっと、20人ぐらいの生徒が同じクラスだそうです。だから、大人になって外に出ても、地元に帰ってくればたくさんの家族がいる感覚なんでしょうね。
ーーそれは独特ですね。でも、性格が合わない場合はどうするんですか?
後藤:私の知っているバスクの学校では北欧の教育システムを取り入れて、いじめの問題や人間関係を円滑に進めるようにしているそうです。サッカーで、クラブと選手が合わなければ移籍することが当たり前のように、人と人が合わなければ(我慢せず)変えられる柔軟なシステムがあるから、そのやり方が成り立つのかもしれないですね。
【選手が立ち上がった! 1部リーグ戦ストライキ】
ーー昨年11月中旬に、1部の選手たちが試合をストライキしたことは世界的に話題になりました。千葉選手はYouTubeやnoteで内容を発信されていましたね。
千葉: 1年以上ずっと議論が続いていて、10月にマドリード市内で開かれた会議には1部の200名以上の選手が参加しましたし、環境が良いと言われるバルセロナやアトレティコ・マドリードの選手まで参加していました。今年スポルティング・ウエルバに加入した田中陽子選手も参加したそうです。
ーーコルドバでも、給与未払いなどの問題があったようですね。千葉選手のnoteと後藤選手のブログで、それぞれの目線で発信されていました。
後藤:人生で捉えたら、この数カ月間はすごい経験をしたなと思います。私たちは給与問題の前に、まず(加入直後の)8月にアパート問題が発生したんだよね?
千葉:そうそう! 私たちはチームの監督も含めて4人でアパートをシェアしているのですが、8月は朝から15時までずっと工事をしていたんです。しかも、8月は練習が夜9時からだったので……最悪でしたね。ただでさえ壁が薄いのに、チェーンソーのような音が1カ月間鳴り続けていて。朝、(家にいられなくて)何度もカフェに行ったよね。しかも三知は……
後藤:私の部屋は天井に穴が開いて、部屋ががれきだらけになったんです! 大事件ですよ(笑)。あれがコルドバに来て最初の洗礼でした。それが落ち着いたと思ったら給料未払い問題が起きて……。
千葉:そもそも、クラブにお金がないのでユニフォームがシーズンの開幕に間に合わなくて、練習着も届かなかったんですよ。
ーーそれは大変でしたね。1カ月後にようやくユニフォームが届いて、開幕から数カ月経って防寒着を受け取った時に、千葉選手は嬉しそうに報告していましたね。
千葉:はい。でも、(シーズンも後半戦で)練習着は多分、もう届かないままシーズンが終わるんじゃないかと思います(笑)。
ーー未払いの原因がチームのオーナーによる横領だったのですね。
千葉:クラブのお金の使い方は公表されていますが、男子のスタッフにまで未払いがあって、疑惑が広がった中で発覚したようです。12月に(新しい)オーナーが決まるまでは大変でした。
後藤:スペインでは、クリスマスから1月の祝日にかけて、一年で一番お金を使う人が多いそうです。だから、みんな12月までにはなんとしても状況を打開したかったみたいで、必死でした。スペインの人たちは、本気になれば早いんですよ。でも、本気になるまでが長いのかな? 日本と比べると、スペインは先を予測して動くことは少ないと思います。
ーーそういう状況でいつも通り練習を続けることは大変そうですね。
千葉:お金がなくなった時に、電気が一回全部つかなくなりました。その時期は練習場が使えなくて転々として、練習時間もバラバラでした。先が予測できなかったよね。
後藤:水が使えないのでトイレやシャワーも使えないんです。それでも試合があるので練習はしなきゃいけないし、その時は「もうやるしかない」と、張り詰めた緊張感の中でみんなで乗り切りました。でも、そういう解決しないことの繰り返しの中でチームの勢いも薄れてきて、先が見えなくなった時が一番辛かったですね。12月に(新オーナーが決まって)落ち着きましたが、それまでの反動か、主力のケガが重なってしまいました。
千葉:そういうことを乗り越えたおかげで、今はすごく小さなことにも幸せを感じるようになりました(笑)。
後藤:たしかにね(笑)。でも、ポジティブなこともあったんですよ。コルドバのコアなサポーターの方々がチームの窮状を知って募金活動をしてくれて、結構な額が集まりました。それを直接手渡してもらったのですが、その時に、「君たちはコルドバを代表して戦ってくれているんだ」と伝えてくれて。自分たちが社会的な存在で、大切にされているんだなと実感しました。コルドバは今は新しいオーナーになって、給料問題も解決されて、クラブの立て直しが進んでいます。
ーーサポーターとの絆が深まったのですね。ちなみに、スペインはプロでもお給料は5万円以下の選手もいると聞きます。2人は日本では仕事をしながらサッカーをなさっていましたが、両方の立場を経験した上で今の環境はどうですか?
千葉:こちらではお給料をたくさんもらえるわけではないので、働いている人もいます。私も贅沢はできないし、今よりお給料が少なくなったらキツいですけど、ご飯を食べて、サッカーをすることはできているので満足しています。野菜などの食材はお裾分けをいただくことも多いので、食費はあまりかからないんですよ。
後藤:何がプロなんだろう? というテーマでみのりと話すことがあります。自分の場合は、まずは日々「力を出し切る」ことだと思っています。それは当たり前のようで簡単じゃないと思うんですよ。たとえば「10」の能力を持っている人が、その力を出しきらなかったら「11」や「12」は見えて来ないと思うんです。逆に、その人が日々「8」しか出さなければ、筋力的にも習慣的にもそれが当たり前になって「8」に落ち着いてしまうと思うんです。でも、「4」の能力の人が「5」を目指して常に出し切っていたら自然と「5」になって、さらに「6」になっていく。そういう意味で、プロは前提として、常に力を出し切っている人だと思います。そのために、休むべき時は休める環境は有難いと思っています。
千葉:コンディションに対する意識は私も変わりましたね。仕事をしながらプレーしていた時は、気持ち的には出し切ったと思っていても、体の疲れが取れていない時がありました。以前サラゴサでプレーしていた時に、疲労がゼロの状態を経験したんです。練習量が少ない上に試合前日はオフで、逆に体が軽すぎてものすごく不安だったんですが、試合ではすごく動けたんですよ。その体験が自分のものさしになっていて、体の違和感にも早く気づけるようになりました。
ーーその基準があるかどうかは大きいですね。ケガといえば、千葉選手は以前、リハビリが大変だったというエピソードを紹介していましたね。
千葉:あの時は男子のトップチーム以外、女子から男子の育成年代まで全カテゴリーのリハビリを一人のトレーナーが見ていたんです。まずボードに全員のリハビリメニューを全部書き始めて、それが書き終わるまでにかなり時間がかかるのですが、字が汚くて読めない(笑)。質問したいんですが、やり方も含めて聞きたい人がいっぱいいるからまた順番待ちです(笑)。その時は、自分でメニューを工夫したりもしていました。
【プロリーグ新設へのアイデア】
ーー2021年に日本でもプロリーグ新設が決まりました。アマチュアからプロになる選手が増えると思いますが、プロとしてプレーするためにはどのような心構えが必要だと思いますか?
後藤:プロはサッカーが仕事ですが、ケガをした場合はプレーができなくなってしまうので、なるべく良いコンディションに持って行こうと考えるようになります。その上で、自身のパフォーマンスと結果に向き合い続けることが「プロ」なんじゃないかと、私は思います。一般的には環境が良くなって、注目を浴びたりプレッシャーがかかったり、苦しいこともあるかもしれないけど、先ほどお話ししたように、常に自分の力を出しきりながら結果に向き合い続けることで、次が見えてくると思いますし、周りのアイデアやサポートを生かしていけると思います。そういう意味では、日本でプロリーグができることは、女子サッカー界が発展するためにもいいことだと思います。
千葉:それは私も同感ですね。あと、プロリーグでシーズンが秋春制になると、サッカーで海外への移籍期間などを考えれば日本が欧州と足並みを揃えることは良いと思います。ただ、こちらでは学生が卒業する9月に合わせたサイクルなので、日本は学生選手がシーズン中に卒業したらどうなるのか気になります……。
後藤:もし学生がいるチームがあるとすれば、シーズン中に選手がいなくなってしまう、ということが起こり得ますね。
ーー学生選手もプロリーグに参加する場合、それは秋春制を導入する上でクリアしなければいけないポイントになりそうですね。
後藤:はい。あとは、プロリーグに合わせて今のなでしこリーグも同じ秋春制に変えるのかどうかは気になります。トップレベルの選手たちが目指す場所としてプロリーグがあるのはすごくいいと思うのですが、個人的にはいろいろな環境の選手が選択できる場所があってほしいなと思います。たとえば、若い選手がプロになるためにステップアップするための場所だったり、経験豊富な選手たちが戻ってきて伝える場所もあってほしいし、その中で仕事と両立しながらサッカーをしたい選手もいると思うんです。そういう意味では、プロリーグの新設にかけるエネルギーと同じレベルで今のなでしこリーグも継続しながら、積み上げてきた歴史を大切にしてほしいですね。スペインは契約社会なので、そういうところも参考になるのではないかと思います。
ーー貴重な意見ですね。プロリーグを新設したら外国人選手の加入もありそうですが、それはどうですか?
千葉:それは魅力的ですよね。
後藤:スペインでも、バルセロナ(現在首位)ではスウェーデンやアフリカのFWがレギュラーですし、アトレティコ(昨季王者)も主力のブラジル人FW選手がいるのといないのとではまったく怖さが違いますから。
千葉:でも、いろいろな国の選手が集まると、言葉をどうするかというコミュニケーションの問題が出てくるよね。
後藤:外国人選手を獲得する場合には、その選手に力を発揮してもらうためにチーム側がどうサポートするかも大事だと思う。一人ひとりに通訳をつけられればいいけど……。
千葉:以前、チームメートにスペイン語も英語もわからない選手がいたんです。アフリカから来た選手で、フランス語だけ少しわかるけど、誰とも話せなくて。チームもそれをわかって獲得したのに、結局コミュニケーションが壁になって、試合では全然使われなくてかわいそうでした。
ーー外国人選手を獲得する上で、各クラブやリーグとしても何が必要なのか、考えて準備しておくことが大切ですね。
後藤:海外に住んでいて感じるのですが、日本は本当にリスペクトされていて、行ってみたい選手は世界中にいると思うんです。イニエスタ選手やビジャ選手が日本で活躍して、世界中に示してくれたのも大きいですよね。ただ、スペインの人はずっと家族のそばにいて、みんな家族を連れて来日しました。(チームから)あれだけケアしてもらえたらいいけれど、女子サッカーではまだそこまでの環境が整っているわけではないので、理想を持つことは大切だと思いますが、階段を一つずつ上がっていくのがいいのかなと。たとえば、サッカーのことが分からない人でも、その選手の言葉がわかる人がそばにいるだけで全然違うと思います。
千葉:お金というより、心の余裕を与えてあげることが必要かもしれませんね。
後藤:そうだよね。ただ、もちろん最後は本人の責任だと思います。クラブとしては少しでもフォローする姿勢を持って、それでも合わないのであれば出ていく。お互いに割り切った中で、責任を持つところを明確にできれば良いのかなと思います。
【セカンドキャリアについて】
ーー最後に、セカンドキャリアについて聞かせてください。サッカーをやめた後のセカンドキャリアについて考えることはありますか?
千葉:考えることはありますが、不安はないですね。私はサッカーを辞めた後にやりたいことがまだ見つかっていないので、今はいろいろなことに挑戦して、ダメなら他のことに挑戦していきたいです。
日本は人手不足と聞くので、ジャンルを選ばなければ働く先はあるのではないかなと。でも、自分に何が向いているか? ということを三知からよく質問されるので、最近は考えるようになったんですよ(笑)。この間、お互いを分析し合ったんです。
後藤:スペインではみんな自分が持っている明らかな「違い」を主張するので、私の場合は、自分にどんなことができて、何をしたいのかを日本にいる時以上に考えるようになりました。
私の分析では、望愛のセカンドキャリアはだいぶ絞れてきましたよ(笑)。一つはサッカークラブのメディア系のお仕事。町を紹介できるし選手のコメントを取れるし映像をまとめられるし。あとは生活と言葉やサッカーのこともわかるので、子供たちがスペイン遠征をする時のアテンド役も完璧にこなせそうですね。
ーーサッカーの話と同じぐらい熱く語りますね(笑)。千葉選手から見た後藤選手はどうですか?
千葉:三知は物事を分析する力がすごいなぁといつも感心しています。
後藤:トイレが使えない経験をしたら大体のことは大丈夫ですよ(笑)。それは冗談ですが、人の才能とか、自分に持っていないものを持っていることに心を動かされるので、指導者も含めて、人と関わる仕事は魅力的ですね。あとは、スポーツや女子サッカーの社会的価値についても気になっています。
ーー今日はいろいろなお話を聞かせていただきありがとうございました。今後のお2人の活躍にも、引き続き期待しています!
【取材後記】
歴史地区の街並みが美しい古都、コルドバ。今回はその街並みや世界遺産となった大聖堂(モスク)のメスキータを2人に案内してもらい、「花の小道」のレストランで取材をさせてもらった。街では、コルドバ女子チームを応援する人から言葉をかけられるシーンもあった。2人がバルで一緒にサッカーを観戦することもあるというペペさんはお土産店を経営していて、すれ違うと、自分の娘たちに話しかけるような柔らかい表情を見せた。2人ともコルドバでは1シーズン目だが、すっかり街に溶け込んでいるようだ。
スペインにおける時間の流れや、試合に向けた調整や練習内容について、日本との違いは興味深く、2人の適応力の高さを感じた。欧州女子リーグがプロ化を進める中で、スペインが抱えている問題や選手たちによるストライキなど、様々な現状を客観的な視点で語ってくれた。
ともにレギュラーとしてコルドバを支える千葉と後藤が、残り半分となったシーズンでどんな活躍を見せてくれるのか期待している。また、両者が発信するスペイン情報には引き続き注目したい。