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その「出現感」に驚かされた、夏ドラマの「秀作」とは?

碓井広義メディア文化評論家
母娘を演じた仁村紗和さんと毎田暖乃さん(番組サイトより)

10月になりました。間もなく秋ドラマも本格的に始まります。

わずかな休憩時間といった感じの今、「夏ドラマで印象に残った作品は?」と訊かれたら、どうでしょう?

たとえば「ベスト3」なら、必ず入れたい1本が、NHKの夜ドラ『あなたのブツが、ここに』です。

8月22日から9月29日までの月曜~木曜、15分の全24話が放送されました。

「ブツ」とは宅配の荷物のことで、描かれたのは宅配ドライバーとして働くシングルマザーの奮闘でした。

主人公は、小学生の一人娘・咲妃(毎田暖乃)を育てる、29歳の亜子(仁村紗和)です。

コロナ禍のリアルを描く

物語は2020年の秋から始まりました。

亜子は大阪のキャバクラ店で働いていましたが、コロナ禍で店が休業状態に陥り、貯金は底をつきます。

さらに給付金詐欺の被害に遭ったことで、母・美里(キムラ緑子)がお好み焼き店を営む、兵庫県尼崎市の実家に身を寄せることを決意。

キャバクラ店の常連さんに誘われ、宅配ドライバーの仕事に就きました。

コロナ禍で、エッセンシャルワーカー(人々の生活に必要不可欠な労働者)として需要が高まった宅配業界ですが、決して楽な仕事ではありません。

膨大な量に増えた荷物。客からの容赦のないクレーム。またウイルスの媒介者のように扱われ、娘の咲妃まで学校でいじめられたりしました。

それでも、時には人の優しさを感じて泣きそうになることもあります。

物語には感染状況の推移が織り込まれ、理不尽なものに振り回される辛(つら)さと滑稽さが浮き彫りにされていきました。

慣れない仕事でも頑張ってきた亜子ですが、元同僚でキャバ嬢を続けていたノア(柳美稀)が自殺したことにショックを受けます。

「たった1個の間違いで死んでしまったノアちゃんと、何個間違えても何とか生きている、あたし」

やがて、ずっと反発してきたにもかかわらず、自分を支えてくれる母・美里の存在に気づくのでした。

女優・仁村紗和の「出現感」

ある時、疲れて落ち込む亜子が、売り上げが激減してもお好み焼き店を続ける理由を、母に問いかけます。

この時の美里の言葉が、忘れられません。

「いったん休んだらな、もう立ち上がられへん気いするんよ。逆にこのまま乗り切れたら、何があっても大丈夫な気いするし」

あきらめないこと。日常を続けること。その大切さを教えてくれました。

登場人物たちの感情を丁寧にすくい上げた、きめ細かな脚本は、『マルモのおきて』などを手掛けてきた櫻井剛さんのオリジナルです。

正直言って、「15分の連ドラで、ここまで出来るんだ」と驚きました。

また注目すべきは、仁村さんの大健闘でしょう。

これまでは、「きれいなモデルさん」というイメージが強かったような気がします。

しかし今回、亜子として全身で表現する喜怒哀楽は、まさに「女優・仁村紗和」にしか出来ない演技でした。

何より、その「出現感」が新鮮で、今後の活躍が楽しみです。

というわけで、このドラマ全体が、コロナ禍で追い込まれた市井の人たちの苦境と心情をリアルに描いて秀逸でした。

ドラマが「時代を映す鏡」であることを、あらためて思わせてくれた、今年の夏の大きな収穫です。

制作はNHK大阪放送局。プロデューサーは『青天を衝け』などの橋爪國臣さん。演出が『おちょやん』などの盆子原誠さん、梛川善郎さん、佐原裕貴さん。

この制作陣にも拍手!です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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