日産・ルノー「経営統合」に向けて最終戦争が勃発へ
西川派重用人事
日産自動車は24日夜、ナンバー2の最高執行責任者(COO)ポストを設け、そこに山内康裕CCO(チーフ・コンペティティブ・オフィサー)が昇格するなどの執行役員人事を発表した。同時に副最高執行責任者ポストも新設した。
これまで日本市場担当の星野朝子専務が副社長に昇格し、日本市場に加えて、中国を除くアジア・オセアニアの地域責任者となる。グローバル渉外などを担当し、政府との窓口だった川口均専務や、研究開発担当の中畔邦雄専務も副社長にそれぞれ昇格。中国での合弁会社、東風汽車総裁を務める内田誠専務は、新たに中国地域の責任者となる。
意味深な5月16日付
日産はガバナンスの改善、強化を図る推進体制を構築するための人事と説明しているが、外国人が優遇されてきた「ゴーン時代」とはうって変わって、日本人優遇と「西川派重用」の側面が目立つ人事でもある。COOに就いた山内氏は購買部門が長く、同じく購買での経験が豊富な西川廣人社長の側近の一人。内田氏も購買部門出身で山内氏とのパイプが太い。
大企業で社長が子飼いの役員を引き上げることは珍しくないが、今回の人事の大きなポイントは人事の日付だ。この役員人事は5月16日付。決算の新年度が始まる4月でも、株主総会後の6月でもなく、企業にとっては中途半端な時期だ。ここに「ルノーへの抵抗戦略」が垣間見える。
今年3月12日、日産の西川廣人社長、三菱自動車の益子修会長、ルノーのスナール会長、ボロレ最高経営責任者(CEO)がそろって記者会見し、「アライアンス・オペレーティング・ボード」を設立すると発表。これがゴーン氏なき後の3社連合の最高意思決定機関となった。
会見では西川氏もスナール氏もこの組織の運営方針について「コンセンサス(合意)ベース」と述べ、ゴーン氏のように「独裁」ではなく、話し合いで物事を進めていく考えを強調した。
「研いだ爪」を見せ始めたルノー
昨年11月のゴーン氏逮捕後、日産とルノーとの間には、ルノーが会長ポストをもとめ、それを日産が拒否するなど溝があったが、この時には、スナール氏は大きな権限のない新設ポスト「取締役会副議長」に就く案が示されたことで、一見、両社の融和が進んだかに見えたが、ルノーは「研いだ爪」を隠していた。
4月に入り、スナール氏は西川氏に経営統合を再び打診、それを西川氏が拒否したという。筆者もルノーは経営統合を諦めたわけではなく、様子をうかがっていると見ていた。そして、筆者が考えていたストーリーは、北米事業の不振などにより、これから世界生産が大きく落ち込み、日産の業績がさらに悪化した時に、筆頭株主としてルノーが日産の経営への関与を強め、経営統合を打診してくるだろうと踏んでいた。
役員人事で綱引き
ルノーがこんなに早く「爪」を見せてきたのには、大きく2つ理由がある。まずは、6月の株主総会での取締役人事で影響力を行使しようと考えているからだ。4月8日の臨時株主総会ではゴーン氏およびグレッグ・ケリー氏の取締役退任とスナール氏の取締役新任については日産とルノーの足並みは揃った。
しかし、他の取締役の選任、退任を含めて新体制が決まるのは6月の株主総会。社外有識者らで構成された「ガバナンス改善特別委員会」が3月27日、日産に対して、新体制では取締役数を11人程度とし、過半数を社外取締役にすることなどを答申した。仮に新体制の取締役数が11人だとすると、社外取締役は6人。残り5人は、日産とルノーとの取り決めで日産側が一人多く出せるため、日産3人、ルノー2人となる。すでにルノーからはスナール氏が取締役に入っているので、ルノーにとって残りの枠は1つしかない。
会長職は廃止され、その代わりに「取締役会議長」が新設されたが、そのポストには前日本経団連会長の榊原定征氏が就く案が有力。日産とルノーとの取り決めではルノーは日産にCOO以上のポストを送り込むことができる。そうなると、残された1枠について、ルノー側は日産のCOOポストを要求する可能性が高かった。それを見越して西川氏は5月16日付で、株主総会前に執行役員人事を断行。ルノーにCOOポストを与えない作戦に出たわけだ。
ルノーに焦り
経営統合を打診した2つ目の理由が、ルノーも業績が沈み始めているからだ。2018年1~12月期決算でルノーの純利益は前年同期比で40%近く落ちこんだ。ルノーの経営に余裕がなくなりつつあり、それを受けて日産の収益を丸ごと呑み込める経営統合を急いでいると見られる。ルノー側にも焦りがある。
いすれ経営統合へ
西川氏は現時点では経営統合を頑なに拒否しているが、筆者はいずれ受け入れると見ている。そして、受け入れる前提条件が2つあると見ている。まず、今の資本関係を見直すことを求めていくだろう。現状ではルノーは日産に43%、日産はルノーに15%を出資し合っているが、日産側には議決権がない。こうした関係を見直し、出資比率を日産側が引き上げ、逆にルノー側が引き下げるなど目に見える形で対等な関係にしてから、経営統合交渉に向かうだろう。
もう一つの前提条件は、15%の株式を持つルノーの筆頭株主であるフランス政府がその株を手放し、ルノーへの経営関与をやめることだ。日産側は、ルノー経営陣というよりも、その背後にいるフランス政府を警戒している。なぜなら、企業同士の話し合いは、コスト競争力やブランド価値向上などの経済合理性を強く意識した下で行われるが、政府は経済合理性を無視して時にポピュリズムに走るからだ。要は、ルノーには企業経営の常識が通じるが、政府には通じない部分があるということだ。
この2つの前提条件が整えば、持ち株会社方式で両社のブランドを残しながら対等な形で経営統合に向かうだろう。今回の「ゴーン事件」で、取締役としての善管注意などの責任を西川氏も問われ、株主からも責任を追及する声も出ているが、西川氏は道筋をつけてからの退任を表明している。この「道筋」とは、両社を目に見える形で対等にしたうえでの経営統合だと筆者は見ている。
親子上場への批判
両社の事情以外にも、世界の株式市場の流れからみて「親子上場」に批判が向き始めている。日産とルノーのケースで当てはめてみると、日産の株式43%を持つルノーと、残り57%の少数株主の意見が対立し、利益相反の問題が浮上した場合どうなるのか。世界のトレンドは少数株主を優遇する流れにある。たとえば、アライアンスの戦略上、日産の工場で生産するはずのクルマを、ルノーに移管するような場合、日産の生産量は減り、売上高・利益は減少するだろう。そうなると、その判断は日産の少数株主にとって利点はなく、クレームが付く可能性がある。
「不平等条約」見直しが不可欠
そもそも、これまでゴーン氏が日産とルノーの両社のトップに就くこと自体が利益相反の一面があったが、ゴーン氏は高い配当を出すことで、株主の批判を封じてきた。日産株の配当利回り6%近くあり、トヨタ株よりも高い。配当利回り6%とは、いま日産株に100万円投資すれば、1年後に配当が6万円返ってくるという意味で、東京証券取引所上場株の中でもかなり高い方だ。
こうしたことができたのは、ゴーン氏は開発投資などに回すカネを配当に回してきたからだ。その結果、少数株主の声を封じることができた。
しかし、西川氏はゴーン氏の経営スタイルそのものを見直す気でいる。特に値引きしないと売れない商品力のなさを改良し、バリュー(価値)で売れるクルマづくりを目指す考えだ。そうなると、ゴーン氏のように開発投資を抑制するわけにもいかず、その結果、配当に回すカネが減るだろう。こうした流れからも、日産とルノーが経営統合し、日産自体は上場を廃止し、持ち株会社が上場する形が自然だ。
いずれにせよ、これから取締役人事を巡ってせめぎ合いが激化し、「不平等条約」を見直して対等な関係にしていくための「日産vs.ルノー最終戦争」が勃発するだろう。