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自民党総裁選、候補者3氏の「次を見据えた」狙いと選挙戦略を分析

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
東京・永田町の自由民主党本部(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 自民党総裁選の方法・日程が大筋で決まりました。既に候補者も石破氏、岸田氏、菅氏の3名に固まり、あとは告示日を待つのみとなっています。報道では菅氏の圧勝ムードが伝えられていますが、あくまで安倍総理総裁による安倍政権のクローザー的意味合いの強い「1年」ポストということからも、各候補は来年秋の総裁選をも見据えた戦いを展開しようとしています。それぞれの候補者の戦略について、分析をしていきたいと思います。

前回同様に地方票で圧倒したい石破茂氏

 今回の総裁選では、最も早く名乗りを上げたのが石破茂元幹事長でした。前回総裁選で総理に対抗した唯一の候補者であり、しかも現職総理相手に党員投票で45%の票を獲得したことを考えれば、立候補自体は妥当と言えます。安倍政権下では長く冷遇されていた一方、2014年から2016年の地方創生担当大臣時代には精力的に地方を回ったことから、地方を中心に未だに人気があることはよく知られています。

 石破氏は、総裁選が両院議員総会方式になったことに対し、31日のロイター通信への取材に「党員に対する侮辱」と相当厳しい言葉で批判をしていました。党歴代青年局長経験者らがまとめた、党員投票を求める自民党所属現職国会議員の署名が140筆以上にのぼったことからも、地方票の掘り起こしによって自身の順位を上げたかった石破氏の思惑は透けて見えます。一方、石破派は所属議員19人と(推薦議員20名という条件を満たせず)表面的には単独での総裁選立候補すら難しいほどであり、今回も無派閥議員らの支援を受けて立候補は確実とされていますが、議員票は菅義偉氏、岸田文雄氏の後塵を拝することになりそうです。

 来年の総裁選にも立候補が確実視されていますが、議員票が自らの派閥のみでは票の上積みに限界があり、また今後も地方票が石破茂氏を中心に集まる保証はどこにもありません。仮に総裁選で上位に食い込んでも、決選投票となれば党内力学で苦しい立場になるのが石破茂氏の弱点でもあることから、今回の総裁選を通じて特に地方における自身の健在さをどれだけアピールできるかがポイントです。

 少し具体的な話になりますが、両院議員総会方式での地方票は、都道府県連に各3票が与えられます。この3票をどのように投票するかは都道府県連に任されていますが、総務会で党員の意見の反映をするよう要求が相次いだことから、都道府県連が自ら予備投票を行うなど党員の意見を反映できるようとの意見が付帯されました。このため、これまでの慣例にも従う形で、ほとんどの都道府県連で予備投票をおこなうものとみられます。

 党員予備投票を3票に集約するために「勝者総取り方式」と「ドント方式」の2つが多く採用されますが、「勝者総取り方式」は1着の候補者が3票すべて取れるのに対し、「ドント方式」は2着、3着の候補者にも票がわたってしまいます。ただし計算上、予備選投票で1着の候補者が50%以上の得票を得られれば、1着の候補者に2票、2着の候補者に1票となって、3着の候補者には1票もわたらないことになります。

 世間での「総理にふさわしい人」調査は、ほぼ例外なく1位石破氏、2位菅氏、3位岸田氏ですので、決選投票で岸田氏との2着争いを展開するにあたっては、この点を踏まえた戦略が必要になるでしょう。

 また、石破氏自身は発信力があると言われており、実際に自身のTwitterに早速総裁選立候補表明を受けた動画をアップするなど、若い世代へのアピールも欠かしません。こういった草の根の活動がどういった世代に響き、どこまで地方票に反映されるかも注目をしたいと思います。

 

どうにか次の総裁選に繋げたい岸田文雄氏

 安倍総理の意中の人とまで言われた岸田文雄政調会長は、結果的に首相や首相出身派閥である細田派からの支援を受けることもできず、自らの派閥である岸田派を中心とした選挙戦となりました。一方、石破派と比べれば党内の人間関係は構築できていると言われ、岸田派・石破派以外のすべての派閥が菅義偉氏への支持を表明する中、無派閥議員や谷垣グループのベテラン議員などとの関係を構築して票の上積みを狙っています。今回の総裁選で、仮に石破茂氏を下回って3位になると、実質的な後継指名までもらっていた自身への関心が薄れ、今回総裁選を断念した多くの議員が立候補を狙っているとされている来年の総裁選での「本命」獲得すら危うくなります。

 岸田文雄氏で話題となっているのが、自身初の著書となる『岸田ビジョン 分断から協調へ』の出版日を9月15日から4日早めて9月11日としたことです。岸田氏の政権構想なども書かれているといわれる同書は、総裁選投票日までに発売されて初めて意味があるものとなるため、発売日の前倒しという報道からは、今回の総裁選に関する情報が岸田陣営には伝わっていなかった可能性を示唆しています。既に対抗馬の石破茂氏は『政策至上主義』、『マンガで読む国防入門』、『日本人のための「集団的自衛権」入門』、『国防』など多くの著書があるほか、菅義偉氏も著書『官僚を動かせ 政治家の覚悟』を2012年に出版していることから、岸田氏にとっては2候補と同じ土俵に乗るという意味でも、この書籍出版を重要視していると思われます。

 地方票も苦戦しそうです。両院議員総会方式となったために、地方票は都道府県連代表各3票となりましたから、総裁選の票全体における割合は少なめです。また、前回総裁選で現職総裁相手に党員投票の45%を獲得した石破茂氏、「令和おじさん」として名を馳せて安倍政権のスポークスマンとしてメディア露出も多かった菅義偉氏と比べると、地方での票獲得も厳しいものが想定されます。2位争いを展開するとみられる石破茂氏と、地方票で逆転をされないために、派閥所属の議員らを動員して都道府県一つ一つ単位で地道な戦略を展開していく必要があると思われます。先に石破氏の項でも触れましたが、特に「ドント方式」で3票を配分する都道府県においては、石破氏が50%以上を獲得した場合に、1票も入らない都道府県が発生します。参考までに、2018年自民党総裁選(地方票)では、石破氏が10の都道府県で50%以上を獲得しています。この点からも都道府県毎に実施される予備選において、石破氏が得票率50%を超えないことを狙う選挙戦が、基本戦略になります。

勝ち馬効果で議員票・地方票ともに圧倒したい菅義偉氏

 最後に、すでに最大派閥の細田派をはじめ、麻生派、竹下派、二階派、石原派をまとめたと言われている菅義偉内閣官房長官を分析したいと思います。この5派閥は言い換えれば、総裁選に立候補した石破氏、岸田氏のそれぞれの自身の派閥以外をすべて菅義偉氏に集中させたということになり、圧倒的な強さであることがわかります。この5派閥だけでも265議員(票)の獲得が見込まれており、今回の両院議員総会方式における総裁選の過半数である268票に並びます。実際は派閥に属さない無派閥議員や谷垣グループの中にも、菅義偉氏を押す議員が多くいることから、最終的な議員票の数は290票近くになることでしょう。

 ただ、議員票のみで両院議員総会方式における過半数を獲得して総裁就任というシナリオは、永田町だけで決めたという論理展開にもなり、総理指名のプロセスにおける「民主性」が問われる可能性があります。そのため、今菅義偉氏にとってできることは、安定した議員票をバックに、出来る限り地方票を掘り起こしすることです。現職の内閣官房長官という立場上、またコロナ禍であるという状況から、地方行脚を最も行いにくい候補者であることは間違いありません。一方、圧倒的な議員の支持を通して、党員投票における菅義偉氏への票集中をどこまで徹底できるかが、鍵となります。党員投票で石破氏を超えることは現時点では困難との見方が多いですが、「令和おじさん」をはじめメディア露出が多かったことから知名度は十分であり、仮に来年の総裁選をも狙っているのであれば、現時点での地方票の掘り起こしは来年にとっても有益なものになるでしょう。マスメディアでも菅氏の有利が報道されていることから、地方票における勝ち馬効果も期待できるかもわかりません。

 また、菅義偉内閣官房長官は、28日午前の定例会見で「大手携帯電話3社でシェアの9割を寡占しており、各会社の利益率が20%程度と高止まりしていることから、いまだ料金引き下げの余地がある」と発言するなど、携帯電話料金の更なる引き下げに強い意欲を示しています。安倍首相退任の報を受けて菅義偉氏の総裁就任が確実視された31日は、東京証券取引所でも携帯3社の株価が軟調な推移をたどりました。国民生活に直結している携帯電話料金の引き下げは、選挙的には大きな効用をもたらす政策とも言えることから、政策の中心に据えてくる可能性もあります。

 以上、ここまで3氏の動きと次回を見据えた選挙戦略について簡単に分析をしました。14日に投開票を迎える総裁選まで時間はわずかですが、それぞれの陣営の思惑を念頭において、選挙戦の展開を注目していきたいと思います。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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