フランス椅子の300年 王座からトランプ夫妻を迎えた椅子まで
前回に続き、パリならではの展覧会にご案内しようと思う。
ただし連日行列ができる前回のとは対照的に、こちらはぐっと静かで空間をほとんど独り占めできそうな椅子の展覧会。
Mobilier National(モビリエ・ナショナル)が所有する3世紀にわたるフランスの椅子が展示されている。
「モビリエ・ナショナル」は、辞書を引くと「国有備品保管庁」という訳。国の備品、特に家具やテキスタイル、調度品などを賄う文化庁管轄の機関で、起源は1604年にまで遡る。歴史的にも価値の高い所蔵品は10万点という規模で、現在でもそれぞれの専門分野の技術者たちが修復、製作にあたり、大統領府エリゼ宮を始め、各官庁、またシャトーなど国有建造物のインテリア装飾に生かされている。フランスでは大統領が変わるごとにエリゼ宮のインテリアをそれぞれの好みで一新してきた伝統があるが、新しいファーストレディーのブリジット・マクロンさんも、先ごろこの「モビリエ・ナショナル」を訪れ、改装の第一歩を記したようだ。
さて展覧会。会場に入ると、まずは骨組みだけのたくさんの古い椅子に迎えられる。
椅子と聞いて、てっきり座れる状態のもののイメージが先行していた私にとって、この光景はちょっと意外だった。しかし考えてみれば、骨組みと座面、背面とは、木工とテキスタイルというそれぞれ別々の専門技能。実際に使われていれば、椅子は座面から傷むのは当然のことで、1700年代に作られた椅子たちのほとんどはこのように骨格の状態で保存されている。
仔細に見て行くと、全体のフォルムや木材のたわみ具合、細部のデザインなどが多種多様で、一つ一つが木の彫刻作品のよう。と同時に、よくこれで大人の重量を支えられると思うほど華奢で繊細な木組みだが、力学的にも考え抜かれたデザインなのが印象的だ。
座面、背面も完全な状態の椅子は雄弁に一つの世界を描き出す。それは木の匠の仕事を額縁に見立てて、染色の華が咲いたようだ。
豊潤な時代の意匠にとっぷりと浸ったあと、ひとごこちつきながら登る階段には、ちょっと面白い演出がしてある。
過去から現在までの様々な椅子が折り重なるように置かれていて、その光景は椅子という造作物の変遷史そのもの。さらに上階には16世紀のタピストリーとウルトラモダンな椅子との共存や、ナポレオンの遠征を思わせる野営テントを取り込んだ展示など遊び心も感じられる。
これらのアイディアはフランスを代表するインテリアデコレーター、ジャック・ガルシアによるものだ。パリのパラスホテル「La Reserve」、ニューヨークの「NOMAD」、マラケシュの「Mamounia」などを手がけてきた彼は、2001-2014年にはヴェルサイユ宮殿の装飾プロジェクトにも参画していて、モビリエ・ナショナルとは深いつながりがある。そもそもこの展覧会の開催自体、彼の強い願いによるものだ。
このようにも言う。
伝統の継承。言うは易し行なうは難し。それは何処も同じだろう。
華々しく評判を呼ぶ展覧会ではないにせよ、現代のスターとタッグを組んでこのようなイベントを形にし続けていることが、アートの都を標榜するフランス、パリの強みだろう。
会期は2017年9月24日まで。