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埼玉県の虐待禁止条例から考える~本当に「置き去り」なのは子どもの声~

平岩国泰新渡戸文化学園理事長/放課後NPOアフタースクール代表理事
(写真:イメージマート)

埼玉県で、子どもだけでの留守番や外出を「置き去り」として禁じる県虐待禁止条例改正案が提出され、物議をかもしています。

・子どもだけで留守番

・子どもだけで登下校

・子どもだけでおつかい

・子どもだけで公園で遊ぶ

・子どもを家に置いてごみ捨てに行く

小学校3年生までにおいて上記の行為は禁じられ、私たち市民は見つけたら通報することが義務付けられます。小学6年生までにおいても努力義務となります。

どう考えてもほとんどの家庭で守るのが難しそうなこの条例が通ろうとしていることは驚きです。ニュースではアメリカやニュージーランドなど諸外国で同様かそれ以上に厳しい法令があるケースも紹介されていますが、日本とはだいぶ背景が違います。

条例案の審議は今後の展開を見守ることにしますが、多くの保護者から強い反対の声が寄せられ、署名も各地で起きています。背景にある状況を補足できればと思いました。

◎とにかく学童保育が足りていない

学童保育の待機児童は厳しい状況にあります。下記の図は保育園との比較ですが、どんどん減る保育園の待機児童に対して、学童保育はまだ右肩上がりの状況にあることが分かります。本年5月の発表でもさらに増加したことが報じられました。

この春、静岡県島田市で自治体から保護者向けに「子どもの留守番の練習」を勧める文書が送られました。今回の埼玉県のケースと逆で「子どもだけで留守番もしてください」というメッセージです。このような真逆のことが起きたのは、島田市の学童保育が不足している状況からです。小学1年生を受け入れると、キャパシティが足りず小学2年生が退所しなければならないので、このような通知になりました。「小学1年生しか学童保育に入れない」そんな自治体は近年増えています。このように2年生で「肩たたき」になって学童保育に行けない子は、多くの場合は待機児童に数えられておりません。

ちなみに今回の埼玉県は、学童保育の待機児童数では、都道府県で見ると東京に次いで全国2位で、令和3年から4年にかけて36%も増えています。とにかく学童保育が足りないのです。

◎学童保育を増やせばいいのか?

「学童保育に行きたくない」そんな風に子どもが言うケースが増えていると感じます。データにはありませんが、私の周りでは昨今ますますそのような声を聞くことが増えてきました。

・狭いスペースで、とにかくうるさい

・やりたいことが自由にできない

・仲のいい友達と遊べない

・常に注意される

などの理由が主なところです。子どもに「行きたくない」と言われると保護者はとにかく辛いです。そのこともあり、仕事を諦めてしまう保護者も散見し、その多くが女性です。

小学生の子にとって「行きたい」と思える場所を増やしていかないと本質的な解決にはなりません。質のいい子どもの居場所を増やしていくことが重要です。

◎子どもの声は聞いたのか?

今回の条例案提出に際して「保護者の声を聞いたのか!」という強い疑問の声が寄せられています。それはかなり心配になりますが、私はそれ以上に「子どもの声は聞いたのか?」ということを本質的な課題として感じました。

この春、日本ではこども基本法が施行されました。このベースになっている国連の子どもの権利条約は4つの柱があります。

・生きる権利

・育つ権利

・守られる権利

・参加する権利

日本では特に「参加する権利」が薄かったと言われており、「子どものため」の制度やルールが、子どもの声を反映せずに決められてきた傾向にあります。これに対し、子ども自身に自分たちの居場所や決まりに意見ができる大切さが叫ばれ、こども家庭庁でも盛んに「子どもの声」を集める姿勢があります。

翻って、今回の埼玉県の条例案には「子どもはどう思うのか?」という視点は入っているのでしょうか。本当に「置き去り」にしてはいけないのは『子どもの声』ではないでしょうか。

私たちの組織(放課後NPOアフタースクール)では、子どもの声を常に集めています。

「放課後の時間に何をしたいですか?」という問いに対して、子どもから聞かれる最も強い願いはこれです。

『友達と自由に遊びたい』

今回の条例案は、その声を叶える方向とは逆の向きに見えます。

◎今後に向けての提案

条例案を提案した議員さんからは「県民の意識改革を図りたい」との発言が聞かれています。虐待防止を願い、強い意識改革を狙った法案だと感じますが、意識改革すべきは下記の2つの点だと私は思っています。

1、保護者にこれ以上負担を強いるのではなく、社会全体で子どもを支えること

2、子どものことは、子どもの声を聞いてから考えること

もともとの発端は「子どもたちの安全のために」と考えられた条例案だったのだと思います。背景に悲しい事故・事件があることもよく理解できます。しかしそのためなら「子どもの声は関係ない」という本末転倒な結果になっていないでしょうか。似たようなことを学校でも放課後でも家庭でも見かけることがあります。善意から始まるのが悩ましいところです。私たち日本人がまだ「子どもの権利」を本質的に取り扱える力が弱いように感じます。

「子どもにも必ず聞いてみる」そんな文化が根付くまでにもう少し時間が必要なのかもしれません。

北風と太陽の話がありますが、物事をより良くするためには、罰を与えるアプローチと温かく促すアプローチがあります。今回は明らかに北風的なアプローチですが、この件を学びとして「子どもの声を聞いて、子どもの居場所を増やそう」という太陽的なアプローチが多くの自治体で進むことを切に願います。

新渡戸文化学園理事長/放課後NPOアフタースクール代表理事

1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業など担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職、教育の道に専念。子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年~文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員、2023年~教育長職務代理。2019年~新渡戸文化学園理事長。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)

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