小1の壁2024~学童保育を4月でやめてしまう子どもたち~
今年も春がやってきて、間もなく新しい年度が始まります。小学生に上がり、学童保育に新たに通う1年生も多く存在します。
『小1の壁』という社会課題が言われるようになって久しいですが、どんな状況が起きているか、今後対策していくことは何か、ということを最新のデータと共に考えてみたいと思います。
◎待機児童は未だに増えている
昨年春にこども家庭庁が発足され、学童保育の所管は厚生労働省からこども家庭庁に移りました。こども家庭庁でも学童保育の実態調査が行われ、昨年12月に結果が発表されました。
5月1日時点での学童保育の待機児童は16,276人と前の年に比べて、1,000人以上の増加になりました。
保育園の待機児童と共に時系列で掲載したのが下記のグラフです。保育園の方は対策が進み、2017年をピークに大幅に待機児童が減少してきましたが、学童保育の方はまだ上昇傾向にあり、今や保育園の6倍以上の待機児童がいます。保育園が増えれば学童保育も必要なことは目に見えていた話ですが、学童保育の対策がいかに遅れているかがわかると思います。
◎待機児童は夏を境に減る?
こども家庭庁の管轄になって、待機児童は昨年から2回調査をされることになりました。先ほど挙げた16,276人は5月時点ですが、10月時点で調査すると全国で8,487人(速報値)となり、5月時点の概ね半分になっていることが分かりました。
この結果をもってこども家庭庁では「夏の対策が重要」と考え、年末に文部科学省と共同で公表した「放課後児童対策パッケージ」では、夏休みだけ開所する施設への支援のあり方を検討することも明記されました。
確かに私の周囲でも「夏休みの居場所がほしくて4月から学童に通わせている」という声は聞くことがあります。夏のニーズは一定数あるものと思います。
◎「夏だけ学童」は成立するか?
仮に夏休みのニーズが突出して高いとして、「夏だけの学童」を増やしていくのが有効な施策かは少々疑問が残ります。
まず「どこでやるのか?」です。既存の学童保育の多くは施設に余裕がありません。そうなると考えられるのは小学校施設の活用です。夏休みの学校であれば場所はなんとかなりそうです。あるいは幼稚園やこども食堂などが夏だけ子どもを預かるようなケースも考えられるかもしれません。
しかし何しろ悩ましいのは、「誰がやるのか?」です。
学童保育の世界は大変な人手不足です。保育士さんも足りませんが、それより賃金水準が低い学童保育のスタッフはさらに厳しく、夏だけのスタッフが簡単に集まることは考えにくいです。既存の学童保育スタッフも夏は朝から対応するために人手が非常に厳しい時期です。そしてもちろん誰でも出来るわけではありません。小学生の対応は一定のスキルや経験が必要です。また怪我・事故の防止や小学生対象の性犯罪の可能性などを考えても、無理な人材募集は悩ましい点が多いです。
そのように考えると「夏だけ学童」の施策はかなり難易度が高いと想像されます。
◎ニーズは本当に夏だけなのか?
放課後NPOアフタースクールでは、このたび小学校低学年(1-3年)の子どもがいる共働きの保護者を対象にアンケートを実施しました。調査の概要は下記のとおりです。
対象:小学校低学年の子どもをもつ共働き保護者360人(男女)
時期:2024年2月21日〜23日
方法:インターネットアンケート調査会社のモニターを利用したWEB調査
まずお子さんが現在学童保育に通っているかを尋ねると、以下の通り、利用中は40%で、もともと通わなかった非入所層は44%、通っていたけどやめてしまった退所層が16%となりました。
やめてしまった方に注目して、「いつやめたか?」を聞くと、下記の通り、1年生の前半(4-9月の間)でやめている家庭が30%と最も多くなっていました。5月と10月で待機児童の数があれだけ違う要因はこれにあるのかもしれません。学童保育に入ったけど一定数の子どもが早い段階でやめてしまい、あいたところに待機をしていた子どもが入って待機児童が減っていったわけです。
もう一つ注目すべき結果は「何月にやめたか?」です。先ほど書いた「夏のニーズが高い」だとすると、やめる時期は「8月が終わってから」が最も多いはずですが、実は最も多いのは「1年生の4月でやめた」で、全体の16%にのぼりました。保護者の方にとっては「4月にやめる」はかなり想定外のはずなので、まさに『小1の壁』だったのではないでしょうか。
そうなると気になるのは「なぜやめたか?」ということです。こちらはやめた時期にわけて理由を整理しました。1年生でやめた最大の理由は「子どもが行きたがらなくなったから」で36%でした。その次の「働き方を変えたから(29%)」も何かしらの理由があってやむを得ずに変えたのかもしれません。「子どもが行きたがらない」理由は、フリーアンサーを見ると、子どもの声として 「楽しくなかった」「外遊びが少なかった」「うるさかった」「意地悪な子がいた」などのものがありました。本来確保されるべき居場所を失ってしまったのがこのような理由だとすると極めて残念なことです。
この調査は大規模な調査ではないので、もう少し検証が必要かと思いますが、少なくとも言えることは「学童保育を不本意ながらやめていく家庭」が少なからずいることです。そしてその数は当然「待機児童」に入っていませんので、冒頭の数字よりもさらに学童保育の数が足りていないという「量」の課題の大きさです。
そして夏の対策も必要性はありそうですが、それだけで解決するわけではなく、そもそも子どもが行きたがらない状況があるとすると、量だけではなく「質」の課題が見えてきます。小学生になると自分の意志も強く出てきますので、保育園よりもさらに「質」への配慮が必要です。逆に言えば「質が伴わないものをいくら整備しても量の解決にならない」とも言えます。
昨年にNHKで学童保育の課題が大きく報道された際に、「子どもたちにとって短くない時間を過ごす場である『学童保育』。なぜそれが、子どもたちにとって居心地がいい場に必ずしもなっていないのでしょうか?」という問いに、専門家の方が以下のように解説を書かれていました。
「原因のひとつは、学童保育がこれまで、親が働くことを主眼に整備が進められてきたところにあると思っています。子どもの側に立った視点が全くないわけではありませんが、親の視点に偏って議論されていて、“子どもにとって”学童がどうあるべきかという議論がちょっと後回しになってきた気がします。
日本は親が働いている場合に限り利用できるという制度になっていますが、海外は子ども自身に学童に通う“権利”があるという考え方で学童保育が整備されています。親が働いている・働いていないに関係なく、子どもたちが親から離れた場所で子ども同士で遊んだり一緒におしゃべりしたり、そういう時間をきちんと保障しなくてはいけないんだという考え方で施設整備をしています。海外では子どもたちの『遊ぶ権利』が非常に重視されているんです。こどもの権利条約31条では『子どもは休んだり、遊んだり、文化芸術活動に参加したりする権利をもっている』とされています。こうした精神にのっとり、学童保育も『親が働くため』ではなく『子どもたちにとって必要な体験を保障するため』に開かれています。親の就労状況にかかわらず、放課後に子どもたち自身が望む活動に取り組める時間を国として保障して、子どもたちが学校生活だけでは学べないことを学べる場を提供することを目的としています」
(日本総合研究所:池本美香さん(一部発言略)NHKHPより)
これまで日本では、学童保育は「大人が働くためにとにかく量を確保する」という議論に集中していたように思いますが、「子どもの声を聴いて質を改善する」という議論がもっと必要に思います。こども家庭庁はこども基本法に則って「子どもの声」の反映を推進していく施策を打ち出されています ので、その機運が高まることを期待します。
保護者の就労にかかわらず、全ての子どもがイキイキと過ごせる放課後の居場所が確保され、『小1の壁』という言葉がいつか忘れられる日が来ることを切に願っています。